116.しんいりたち。
迷宮内、入り口付近。
「着いた。
……ついに、ついた……」
「長い旅だったなー」
「行く先々でバイトして旅費を稼いで……」
「噂を聞いてからたどり着くまで何ヶ月もかかったけど……」
「ここが……」
「タダ飯が食い放題の迷宮かぁ……」
「ええっと……ずいぶん、広いな……。
まず、誰に声をかければいいんだろう?」
「そこいらの人に聞いてみれば?」
「……そうだな。通りかかった人に……。
すいません!
おれたち、今ついたばかりの冒険者志望の者なんだけど……」
迷宮内、受付。
「ええっと……冒険者志望の方が、四名、ですね。
サインは……」
「あ、おれたち、字を書けるのはこのナナイしかいなくて……」
「代筆でも結構ですよ。
サイン以外に、拇印もいただきますし……」
「拇印?」
「親指の指紋です。
個人認証には、最適なので……」
「……ふーん。
なんだかよくわからないけど……」
「そちらのナナイさんという方は、文字が読めるわけですね?
それでは、こちらの契約内容をよく読んで、異論がない場合に限りここにサインをして拇印を押してください」
「はい!
それから、ここにくれば飯と風呂が使い放題って聞いたんですけどぉ!
それ、本当ですかぁ!」
「本当です。
冒険者となるための修練を受けている限りにおいては。
それ以外の人は、有償になりますが……」
「有償?」
「タダじゃないってことだよ!」
「ああ、そうか。そりゃそうだよな。うん。
なにもしないで飯にだけありつこうってのは、調子が良すぎるってもんだ」
「それよりも、ナナイ。
その契約書ってやつを……」
「ああ、しっかりと読まなければ……って、ずいぶん細かい字だな、おい!」
「みっしりと……」
「おれたちは読めないんだから、声に出して読み上げてくれ」
「あ……ああ。
いくぞ……」
「名前書いて拇印も押したぞ」
「これでいいのか?」
「はい。全員分、ありますね。
では、これから宿舎に案内します……と、いいたいところですが……」
「なにか?」
「ごめんなさい。
今、迷宮内の寝台がすべて塞がっていまして……すぐにはご用意出来ないのです」
「ああ」
「いいよいいよ、別に」
「それくらい、なあ」
「ここまでだって、ずっと野宿してきたわけだし」
「どっか邪魔にならない隅っこを貸してもらえれば、勝手に寝るから」
「は……はぁ」
「それよりも、早速、メシか風呂に案内して貰えないかなあ……」
迷宮内、某食堂。
「ここが、食堂になるが……」
「すげぇー!」
「暖かい食い物がいっぱいっ!」
「これ全部、タダで食えるのか?」
「全部は腹に収まらないだろう。
好きなときにいつでも来て食えばいい。
冒険者として独り立ちしたとき、あるいは冒険者となることを諦めて別に生計を立てると決めたときは、そこの壷に銅貨の二、三枚でも放り込んで使えばいい。
研修中は、長く修練に参加していないと金を取られるようになる。
決まった料金は設定されていないからそのときの懐具合によって好きな金額を入れていけばいいが、ここが無料で使用できるのはあくまで冒険者を志望する研修生だけだ。
それと、人目がないからといってもズルすようともしないほうがいい。ナビズ族をはじめとして、この迷宮では必ず誰かが見ているものだからな。
そのツケは、遅かれ早かれ後で支払わされることになる」
「じゃあ、今から……」
「その前に、体を洗った方がよくはないか?
こういってはなんだが、お前たち、かなりにおうぞ」
迷宮内、某共同浴場。
「ここが、風呂場だな。
使い方は、中にいるやつらに聞いてくれ。
着替えはもったな?
その一揃えだけはギルドから配給されるけど、後は自分でやりくりして揃えてくれ。
たとえ研修中であっても稼げる仕事は、ここではいくらでもあるからな」
迷宮内、修練所。
「……はぁ、はぁ」
「くそっ。
結局、半日以上素振りのし続けかっ!」
「……はぁ、はぁ。
あのマテリスとかいうおっさん、あれで近接戦闘がCランクだっていたな」
「おそらく……ですが。
本番の探索業務のときに、直接モンスターを討伐する機会があまりなかったのではないでしょうか?」
「……どういうことだ、マスチス」
「討伐数を稼がないことには、スキルランクは上下しませんから。
マテリスさんが本番で近接戦闘をしない期間、他の冒険者が討伐数を稼げばそれだけランクが下がりますよね?
スキルランクは、冒険者全体の実績を偏差値でならして決定されるわけですから……」
「ああ、そういうことか……。
だがそれは、戦闘管制スキルがそれだけ十全であり、滅多なことでは後衛に危機が及ばなかった、ということでもある」
「……みなさま、調子の方はどうですかな?」
「マテリス……か。
噂をすれば陰だな」
「こちらに、明日より皆様方とともにパーティを組んでくださるという、同志を連れて参りました」
「これは……」
「おぬし……本気か?」
「こちらのパーティに不足している遠距離支援と魔法攻撃を行うために最適の人材かと思っております」
「だが……まだ子どもではないか!」
「それでも、銃撃と術式については一人前以上の働きをしてくれます。
強いて不安面をあげるとするなら、体力面に若干不安がありますが……皆様方にしてもまだまだ迷宮には不慣れな様子。
しばらくは、長時間継続する探索業務はしない方がお互いにとってもよろしいかと思います」
「ここでは……こんなに年若い者もモンスター討伐に参加するのか?」
「必要な能力さえ備えていれば、誰でも。
とはいえ……今回の場合、皆様方と組んでも良いと首肯してくださる必要スキル持ちが皆無でありましたので、しかたがなくこの子たちに声をかけたような次第ではありますが……。
ほれ。
お前たち、こちらの騎士様方に挨拶をせよ」
「狙撃銃使いのバズ」
「術式使いのガボス」
「おぬしら……年は?」
「十歳」
「十二」
「お互い、他の者たちの信用を得ることがかなわず、なかなかパーティを組めない者同志。
明日よりひとつ、仲良くやっていきましょう。
しばらく一緒に働いて実績をあげれば自然とランクもあがり、また別の人たちと組む機会にも恵まれましょう」