109.かぜになれ。
迷宮内、某所。
しゅん。
「どうする? シナクよ。
やつら、かなりの移動速度だというはなしだが……」
「すれ違いざまに話しかける……ってのは、現実的ではないか」
「数は、数十から百体以上。
無差別に討伐することを前提にするのなら、相手にすることは造作もないのだが……」
「倒すことはいつでも出来るから、まずは交渉を試みる方向でいこう。
ゼグスくんは、足の速いモンスターを呼び出せる?」
「……地を走るものの中では、猫科の大型モンスターが一番速いな。
空を飛ぶものも含めるなら、また別の選択しもあろうが」
「迷宮の通路で空を飛ぶのは危ない。
その猫モドキを呼び出して乗ってて」
「そちらはどうするつもりだ?」
「……あー……。
走って、話しかけてみる。
場合によっては、やつらに取りつく」
「取りつく?」
「馬よりも大きくはないそうだし、うまく背に乗れるんじゃないかなー、って……おっ。
音が。
あれかな?」
ドドッドドドドドドドドドドドド……。
「正面から見ると、なかなか迫力があるな。
いでよ! 最速の獣!」
「……はなしが通用してくれると、楽が出来るんだけどなー……。
あー。
皆さーん!
聞こえますかぁー!」
ドドッドドドドドドドドドドドド……。
「応答なし。
どうする?」
「跳ね飛ばされないようにいったん道を譲って、その後に追跡して話しかけてみましょう」
「了解した。
隧道の端に寄って……」
ドドッドドドドドドドドドドドド……。
「……確かに、優に百体以上はいそうだな」
「行く手を塞いでいない限りにおいては、攻撃的な行動を取ることもないようだ」
「かといえって、この勢いのまま迷宮の外にこいつらを出して野放しにするわけにもいかんしな」
「追いかけるか?」
「予定通りに。
おれは走るから、ゼグスくんは、追いかけながら話しかけ続けて」
「了解した」
ドドッドドドドドドドドドドドド……。
「聞こえるか? 聞こえるはずだ。
こちらは、冒険者ギルドのゼグスとシナク。
知性がある種族であれば、なんらか返答を乞いたい。
さもなけばわれらはお前たちを攻撃せねばならない!」
ドドッドドドドドドドドドドドド……。
『走ル走ル走ル走ル走ル走ル走ル走ル走ル走ル走ル走ル走ル走ル走ル走ル走ル走ル走ル走ル』
『風ノヨウニ風ノヨウニ風ノヨウニ風ノヨウニ風ノヨウニ風ノヨウニ風ノヨウニ風ノヨウニ』
「応答なし。
こいつら、単純な知性しか持たないらしい。
走り続けようとする意志しか持っていない」
「それでも意志があるんなら、やりようはある!」
「シナク! なにを?」
「やつらの背中に乗る!
そして、説得の続き!」
「……片っ端から倒していく方が、よほど手早いだろうに……」
「このぉ……っと。
もう一度っ!」
「……投げ縄などの用意をした方がよくはないか?」
ドドッドドドドドドドドドドドド……。
「……惜しいっ!
もう少しっ!」
「……よくこの速度についてこれるものだ。
こいつら、馬などよりはよほど速いぞ」
「……よっ……と。
取りついたっ!」
「……乗った……」
ドドッドドドドドドドドドドドド……。
「こいつらの体の表面、思ったよりも硬いな。
だけど、金属のように冷たくはない」
「昆虫の仲間か?」
「どうかな?
レッドドラゴンにコインを貰ってからこっち、試しに虫系のモンスターにはなしかけてみたことも何度かあるけど、こいつらみたいに明確な意志を感じ取れたことはないからなあ」
「車輪で移動するだけではなく、その他の部分でも他の生物とは隔絶した存在だというわけだな」
「いや、そこまではわからんけど。
そもそもこいつら、生物なのかどうか……」
「より速く走りたがっている意志は、先ほどから感じ取れるわけだが」
「意志を持つ無生物だっているかも知れない。
ピス族の知性機械の例もあるわけだし……」
「あれは、意志とはなくて、決められた手順に従うように作られただけの機械に見えるな。
その手順が細かく複雑に組み上げられているので、ときとして生物めいた挙動をすることもあるようだが、少なくともあれからこいつらのような意志を感じ取れたことはない」
「ピス族の機械については同感だが……こいつらは、なんなんだろうな?
以前、重くてデカくて幅広の、ローラー型のモンスターが出現したことがあるけど……あのときも、正体不明のまま鍾乳洞の地中湖に放り込んだっけ。
あの全裸がいうことには、この迷宮のような地面に起伏が少ない環境で発生し、発展してきた生物ならば、そのような移動手段を持っていても不思議ではないとか」
「うむ。
場合によっては、車輪を移動手段とする生物が発生することもありうるのか」
「全裸は、そういっていたな。
仮にこの二輪車が生物だったとしても、おれたちの知識では分類できない種類の生物なんだろうよ」
「それで、シナクよ。
……この後、どうするつもりだ?
こいつらを討伐もせず……となると……。
いつまでもその背にしがみついているわけにもいかないだろう」
「……そーねー……。
意志の疎通が図れるのなら、共存共栄といきたいところなんだけど……」
「共存共栄……だと?」
ドドッドドドドドドドドドドドド……。
「大きさとか速度とか乗り心地とか、ちょうどいい感じなんだよな、これ。
その……迷宮内外の足代わりに、さ。
家畜のように、飼い慣らせないもんかな?」
「……馬のように、か?」
「そうそう。
今の感触だと人を乗せてもそんなに負担にならないだろうし、鞍と鐙、手綱に相当する道具を工夫すればうまく乗りこなせるんじゃないかなー、と……」
「こいつらの生態や習性がもっと詳しくわかれば、やってできないことはないんだろうけど……」
「習性……か。
もう一回、今度は趣向を代えて話しかけてみるか。
……おい。
二つの車輪で地を駆ける種族よ。
もっと広い空の下、どこまでも続く地平線、嶮しい山道とかを走ってみたくはないか?
迷宮の外にも、もっと多様な、広すぎるくらいの世界が開けているんだぞ」
ドドッドドドドドドドドドドドド……。
「お、おい……シナク」
「ドラゴンのコインは、種族を超え距離を超え、使用者が伝えたいコトを直接的に伝えるんだ。
言葉以外の……おれが今まで見てきた世界、そのすべての光景をこいつらに見せる!
ほら見ろよ、二輪車族!
お前たちはまだ知らないだろうが、世界はまだまだこんなに広いんだぞ!」