105.おうじ、かいしんげき。
迷宮内、迷宮日報編集室。
「……メインの記事は、水竜作戦負傷兵の追跡レポ、それと、ギルド主導で本格的に開始された、この町に外に広がる荒野での街道や農地の整備事業、並びに、水竜湖と名づけられた水竜作戦跡地周辺地域の大規模都市計画になります。
これらは、連日なんらかの続報がありますから、しばらくは継続的に紙面を埋めることになるかと。
冒険者の討伐数予想に関しましては……ここ数日、突出した討伐数を出すパーティが出ていないため、掛け金の集まりがかなり低調となっております」
「ちょうど今は、討伐数を稼いでいたベテランとか中堅勢力が、後続の育成や迷宮通路破壊工作実験の方に手を取られて、通常の探索業務から遠ざかっておる時期であるからな。
もう少し時間が経てば、各騎士団も探索業務に慣れて、まとまった討伐数を稼ぐようになるはずであるが……」
「そう願いたいものですね。
討伐数が低調ですと、日報の売り上げ部数も全般に低くなりますし……」
「今のうちに、各騎士団単位で優劣を競うよう、煽りをいれておけ。数日中には冒険者単独やパーティ単位だけではなく、騎士団単位での成績予想が出来るような体制が出来上がるはずだ。
その前に、せいぜい急送意識を煽っておけ。
多国籍軍から流れてきた者たちの間で競争意識が強くなれば、闘技場でも自然、熱心に争うようになるであろう。参加者が熱意を持てば持つほど、掛けをする観客たちの興奮も、自然に高まる。それだけ掛け金が集めやすくなる」
「心得ていますよ、王子。
広報関係は、違法薬物撲滅キャンペーンと近く開催される手はずとなっている闘技場での賭博についての予告記事になりますが……この二つについては、どの程度紙面を割くべきでしょうか?」
「当面は、闘技場に関する事柄を前面に押し出しておけ。薬物関連に関しては、しばらくは申し訳程度に掲載しておればよい。
多くの読者にとっても、直接的に利害を得られない情報については、さして興味を引かれるものでもあるまい。
今の時点では、行数や文章量よりは、継続的に薬物関係の情報を日報で流し続けることが肝心だ」
「……具体的な手入れが行われるその日までは、ですか?」
「ああ。
王国中の大掃除がはじまるその日まで、安穏としておればいいのだ。
こちらが本気だと多くの者たちが気づいたときには、すでに大概の状況が終わっていることとなる。
ふふふふ。
やつら……今の体制の上に安穏と胡座をかいている連中の、唖然とした間抜け面が目に浮かぶわ。
この余が、既存の権力とはまるで無縁の武力を持ち、名分さえたてばいつでもそれを振るうことが出来るチカラを得ていると気づいたとき、これまでに余のことを無力な狂人と見なしていた連中は、さぞかし慌てふためくことであろう」
「王子がイカレているのは間違いないと思いますけどね。
門閥貴族にまるで頼らずに国政を牛耳ることなんて、本当に出来ると思っているんですか?」
「現に、今のところうまくいっているではないか。
少学舎だって日報だって、実際にはじめる前はその効用がまるで理解されず、さんざん物笑いの種となっていたものだ。
それが、見てみよ。
今や、少学舎は有用な人材を継続的に排出し続ける登竜門となり、諸外国の大臣どもが連日視察にくる有様で、日報は日々莫大な資金を集めこちらが意図する情報を流布するための重要なツールとなっておる」
「それもこれも、迷宮という特殊な場所があってこそ、なんですけどね。
迷宮に集まってくる富、人、ピス族の知識、地の民の冶金技術、ナビズ族がもたらす情報処理能力……そのどれが欠けても、王子は現在の地位を築けなかったでしょう」
「なに、その運も実力のうちだ。
日報や少学舎によって育った、いいや、それらのシステムが当たり前にあることが前提となった世代が国民の中で一定以上の割合を占めるようになったとき、この王国はもとより周辺諸国、いいや、大陸中の政体や文化に重要な変化が訪れることになろう」
「その前に、なんらかの事情で失速しないといいですけどね。
例えば、思いの外はやくこの迷宮が完全攻略されてしまい、結果、王子は他に足場となるものがない高所で梯子を外された格好になるとか……」
「……そうなる可能性がまるでないとは、いわぬがな。昨今の趨勢を見る限りにおいて、そうなる可能性は、限りなく少ない。
それに、この迷宮が早期に完全攻略されるのであれば、そのこと自体はむしろ歓迎すべきことであろう。
少学舎や日報の機構の有用性は、すでに証明されているわけであるしな。
例え迷宮という便利な魔力供給源が断たれたとしても、これまでに育った人材が身につけて来た技能や知識は残る。
そうであれば、いくらでもやりようがある」
「本当に、そうだといいんですけれどね。
あと……これはまだ記事はしないでくれと商工会からいわれているんですが、例の簡易打鍵機の試作品、第一弾となる五百台がロットアップしました。
ギルドの事務方とこちらの日報、それに少学舎の方に百台以上づつ配られて、本日より試用が開始された。
それで改善すべき点をなどをチェックして手直しした後、本格的な量産体制に移行するようです」
「ふむ。
あれは、書き物や事務仕事をかなり効率化するからな。
実際に売りに出されれば、あっという間に大陸中に広まるであろう」
「それを見越して、商工会ではあれの部品だけを輸出して、組み立て工場は大陸各地に分散して設置、それぞれの現地で人を集めて行う予定だそうです。
迷宮内部の人件費も高騰する一方ですから、製造費もその方が断然安くあがるとか……」
「各地の雇用を確保するという観点からいっても、そうするべきであろうな。
経済的な見地からいっても、いつまでもギルド周辺ばかりが一人勝ちしつづけても、周辺から反感を買うばかりであるし……」
「そういえばギルドは、このたびの街道整備計画についても、大手商会からの出資や息のかかった商店の誘致を積極的に行っているそうですね」
「なんといってもその街道を頻繁に利用するのは、商人であるからな。
その施策にしても、既存勢力へのご機嫌取りという側面もあるのだろう」