102.けんせいさまのおもわく。
迷宮内、治安維持隊本部。
がちゃん。がちゃん。がちゃん。
がちゃん。がちゃん。がちゃん。
がちゃん。がちゃん。がちゃん。
「……お?
なんだなんだ? なんの音だ?」
「あ。お帰りなさい、シナクさん。
これ、商工会から回ってきた試作品だそうです。
簡易打鍵機といって……」
「ああ。
こーして、こーして……一文字づつ、紙に判子を押しつけて、文章を書くための道具か」
「そうです。
ちょっといじってみたんですけど、鍵盤の位置を覚えて慣れてくると、かなり早く文章が書けるようになりそうです。
手書きよりも、ずっといい」
「この音とか感触とか、意外に癖になりそうです」
「はー……。
色々と考えるもんだねー。
いや。
また、例によって、ピス族の世界に昔あった機械の復刻版なのかな?」
「そうなのかも知れませんね」
「事務仕事が楽になるのなら、復刻版でもなんでもいいです」
「そうだな。
楽をすることは、大事だよな」
「この試作品、組み上がったらまたいくつか持ってきてくれるそうです」
「代金は商工会持ち?」
「しばらく使ってみて、問題点とか使い心地を報告書にまとめて提出すれば、使用料は無料でいいそうです」
「問題なければ、渉外さん経由で大々的に売りに出すそうで」
「あの大がかりな活版印刷機も、売れているところにはかなり売れているそうだからな。
多少音がやかましいけど、便利な道具であることは確かだから、需要はあるのか」
「それで、シナクさん。
会議の方はどうでした?」
「うん。
思ったよりも順調に進みそうだ。
ただ、余波で徴税官のおじさんがぶっ倒れて、剣聖様が修練を闘技場ではじめるとかいいだしてたなあ」
「……はい?」
郊外、建設途中の闘技場。
「いいか!
ここに集まったのは、各国騎士団と平民の冒険者からなる治安維持隊予備軍だ。
これから、各騎士団と平民冒険者との組みに分かれて、勝ち抜き戦を行って貰う」
「失礼します、剣聖様!
質問、よろしいでしょうか?」
「なんだ? いってみろ」
「組み別勝ち抜き戦と治安維持隊の業務に、いかなる関連性があるのでありましょうか?」
「関連、か。
関連は、ない!」
「……は?」
「強いていえば……実戦形式の模擬戦を連続して行うことで、実戦に慣れて貰う。
それと、立て続けに試合を行うことで、体力を養成する。
最後に……ここは、あの王子が主催する闘技場の予定地だ。見ての通り、この今も鎚や鋸に造作の音が鳴り響いている。整地は済んでいるから、この場所は自由に使っていいといわれたがな。
つまりは……これから行われる模擬戦は、将来闘技場で行われるであろう剣闘の前哨戦か予行練習だと思え!
うまく勝ち進めればそれでよし。仮に負けて口惜しい思いをしても、それをバネにしてよりいっ一層の精進するがよい!
ここは迷宮からかなり遠く離れているから、各種術式はいっさい使用できない。
防具は各自の持ち物をそのまま使用してかまわないが、武器に関してこちらの棒か木剣のみとする。数には余裕があるはずだから、好きな得物を選らんで持つように。
武器が行き渡ったら……対戦相手の組み合わせを決めるから、各騎士団各組は代表者を決めてこちらに集合するように!」
迷宮前広場。
しゅん。
「ゼグス」
「小さな魔法使い、か」
「昨夜の約束通り、初歩的なことから魔法の概念を解説している参考書を持ってきた」
「すんまない。
しかし、いいのか?
こちらは別に急ぐ用件でもなし、忙しそうだったが……」
「かまわない。
むしろ、仕事を抜け出るちょうどいい口実となって、都合がいい」
「忙しい……のは当然なのだろうが、それ以上に……」
「……気疲れする。
大勢の、年上の魔法使いたちを前にして、偉そうな態度を保ち続けて……」
「このギルドで唯一の、魔法専門職。
そちらも、大変そうだな」
「だから、ゼグスも早く魔法を使えるようになって、ルリーカを助ける。
いつまでも魔法をおぼえようとしないシナクを引きずり込めば、なお、いい」
「……善処しよう」
ポロンポロンポロン……。
「仮想文か。
おれに来るのは珍しいな。
誰だ……と思ったら、剣聖か」
「郊外にある……建築中の、闘技場?」
「……また、なにを考えているのだ、あの女は……」
郊外、建設途中の闘技場。
「おお、来たかゼグス! それに、ルリーカまでおまけで!」
「おまけのルリーカは仕事をサボるついででここに来ている件」
「まあ、なんでもいい。
暇があるんなら、珍しいものが色々見物できるから、しっかり見ていけ」
「剣聖よ。
この騒ぎは一体なんなんだ?」
「見てわからぬか?
治安維持隊予備軍による、実戦形式の模擬戦だ」
「そうか。
おれはまた、むさいおっさんどもがいい年をして集団での喧嘩沙汰でもしているのかと思った」
「そのようにも見えるな。
それよりもゼグスよ、時間の方は大丈夫か?」
「待機状態だからな。
迷宮でおれが必要な異変があれば、どこにいようとも問答無用で呼び出される」
「それもそうか。おぬしは、Exランクのレアユニークスキル持ちであったな。
自由なのか、不自由なのか」
「どちらでもいい。
他にいくあてもないから、この土地に留まっているだけだ」
「それよりも……これが、実戦形式の、模擬戦?」
「なにかおかしいか? ルリーカ」
「おかしいというより……無様」
「無様、か。
確かに、そのようにいわれても反論できぬ醜態だな、これは。
たとえば、ほれ、あそこを見て見ろ」
「このぉっ!」
ばきっ。
「おりゃぁっ!」
どすっ。
「あの二人はな、さっきから延々と交互にどつき合っている。
体格に恵まれて、重装甲に包まれ、生来的に頑強に生まれついているのだろうな。
だから、多少の打撃程度では、倒れない。
あやつらも、ここ数日基本の素振りなどを指導したのが、付け焼き刃は役に立たないのか、武も芸もなく力任せにどつきあっているだけだ。
シナクほどの精妙な足裁きを見せて見ろとか、無理な注文をするつもりはないが……それにしたってあのふがいなさは、どうもなあ。
一方で……」
「……うぉぉぉぉぉっ」
「はいよ」
どさっ。
「うべぇっ!」
「あの男はな、元からの冒険者組であるのだが、ほれ、あの通り。
もっぱら楯を使って突進してくる騎士たちを軽々といなし続けている」
「……剣聖様ぁ!
まだこいつらの相手を続けなければなりませんかぁ?
こいつら、他愛ない癖に人数ばかりが多くて、こうして延々と相手をしていると、うんざりしてきます!」
「もう少し真面目に相手をしてやれぇ!
地面に倒すだけで終わらせるから、何度でも立ち上がって向かってくるのだ!」
「そうはいっても、こいつら、郷里に帰ればそれなりの身分なんでしょう?
そういう面倒くさいやつらの怒りを買いたくないっすよ、おれぇ!」
「それでも栄えある冒険者かぁ!」
「栄えあるもなにも、おれはしばらく食いっぱぐれなさそうだから冒険者になったんです!
食えない誇りとか矜持とかには、なんの興味もありません!」
「いくら際限がなかろうとも、モンスターを相手にするよりははるかにマシであろう!」
「マシというか……気迫からなにから、まるで違いますけどね。
だから一層、こちらのやる気もなかなか起きてこないわけでぇ……」
「と、いうわけだ。ゼグスよ」
「……どういうわけだ? 剣聖」
「合図をしたら、ユニークスキル抜きでやつらを片っ端からなぎ倒していけ。
やつらの心胆に恐怖を植えつけ、この世にはどうあがいても適わない相手がいるのだと思い知らせてやれ。
身体能力だけでも、おぬしならその程度のことなら造作もなかろう」
「……おれを、モンスター代わりの練習台にしようというのか?」
「やつらには、どうもな。
今ひとつ、真剣味とか緊張感が足りぬ。
このあたしが直々に許可を与えるから、たまにはヒト相手に暴れてみよ」




