99.せいぎのあくとうたち。
「……白金貨……」
「……二千……」
「……枚……って……」
「なに、半分以上は問答無用で税として取られていくからな。
実際に運用できるの千枚に満たないわけであることだし、別にたいした金額でも……」
「あるよ!
なんだよその非現実的な金額は!」
「そうはいうがな、ぼっち王。
個人の財貨としてみればなるほどそれなりの金額であろうが、きちんとした事業に継続的に費やすための予算として見ると、これでなかなかに心細いもので……」
「いや!
今は、そういう心証についてはいいから!
とにかく……王子。
その剣闘ってのは、今やっている冒険者の成績予想と比べると……金を集めやすそうなのか?」
「掛け金は、集まるだろう。
所詮、金を賭けるのは人間だ。どうしたって、感情移入しやすい方に、より大きな金額が動くことになる。
そして剣闘は、ドラマを作りやすい」
「よしわかった。
実のところはあまりよく理解していないのかも知れないけど、王子がそれだけの収益が見込めると踏んでいることは理解できた。
これで……金については検討する必要はないよな」
「ですね。
これ以上は、王子様の奮闘次第ということで」
「あ……ああ。
その……」
「……大丈夫ですか? 警部さん。
青くなったり赤くなったり、先ほどから顔色がコロコロ変わっておりますが……」
「いや……大丈夫……と、いうことに、しておきましょう……。
しかし……白金貨、二千枚……しかも、一日で……」
「それでは、資金については王子の働きに期待するということで……皆様、よろしいですかな?」
「なにかご意見がありますか?
小隊長」
「意見というか、それだけの資金が見込めるのならば、事前の調査もばばーんと景気よく大人数を投入した方が、このクエストの成功率が格段にあがると思いましてね」
「遺漏のない情報収集が作戦の正否を分ける。
戦場でのことなら、セオリーではありますね」
「そういうこってす。
で、わが小隊は元々、その手の潜入操作は得意とするところであるわけです。
捜査対象となる組織の構成員として潜入して詳細な情報を収集してから、一気に急所を突き崩して組織を瓦解させる。そういう手口がね。
この手の潜入捜査は、準備期間が長くなればなるほど成功率が高くなる。
潜入した期間が長ければ長いほど、捜査対象組織内における潜入した者への信頼度が、格段に跳ね上がるからです」
「つまり……もう、その潜入捜査を開始したい、と?」
「そういうこってすな。
ここでの冒険者家業も、気づけば随分と長いことになりましたが……うちの小隊の連中も、ぼちぼち、元の仕事に帰しておきたいと思っていたところでしてね。
あまりブランクが長くなると、勘働きを取り戻すのに苦労する」
「治安維持隊として、異議はないけど」
「……警邏隊としても、反対すべき理由はありませんな。
ただ……」
「なんですか? 警部」
「今の時点で、何名くらいを投入するのか?
また、この際にかかる諸経費は……後で王子が精算するにしても、当座は誰が負担するのか?」
「具体的な人数とか、誰をどこへ……とかいう情報は、ここでは伏せさせておいてください。
この手のお仕事は、秘匿すべき情報はとことん秘匿しておいたほうが、後顧の憂いがありません。
大事を取っておくことにこしたことはない」
「買収や裏切り、暗殺防止というわけですか?」
「ま、そんなところで。
ただ……ここにいらっしゃる皆さんを安心させるためにも、漠然とした人数だけはこの場で伝えておきましょう。
百名以上、千名以下。
まあ……数百名単位だと、思っておいてください」
「貴君の小隊は……そのような大人数だったのですか?
その規模では……もはや、小隊とはいえないのではないか?」
「いや、正式な肩書きは別にして……うちの小隊の連中が見所のあるやつを選りすぐって鍛えておいたのが、それなりの人数揃っていましてね。
まさか、こんなに早く活躍の場を与えられるものとは予想していませんでしたが……」
「……つまり……。
軍籍冒険者の管理責任者としての立場を利用して、こっそり子飼いの部下を増やしていたわけね……」
「へへへ。
まあその。
おおむねご推察の通りでして、ぼっち王さん」
「……この不良軍人めが……。
その調子だと、それなりの隠し資金くらいは余裕で蓄えているんだろう?」
「ご想像にお任せしますです」
「……あー……もう。
お聞きの通り、こちらは任せておいても問題なさそうです。
というか、この手の仕事はこちらの小隊長さん以外には出来ないから、やりたいようにやらせておきましょう。
手助けが必要な場合は、相談してくるだろうし……」
「そのようなときが訪れましたならば、そのときはなにとぞよろしくお願いしますです、はい」
「すると……後は……」
「各地の地下組織と地元有力者の癒着問題が、残っていますね」
「そうだった。
とはいっても……そういうのは、お前得意だったろ?
元大貴族のレニーさんよ」
「ええ、もちろん。
王国内の大都市、王家直轄地である王都を入れれば七都市になるわけですが、こちらに存在する地下組織と各地の有力者との分断工作はお任せください。
ガシマルを収めるズレドクスリ公は五年以上前から山間にこっそりかなり広大な開拓地を拓いて王都にはその届けをうっかり忘れていらっしゃいますし、バスザルの領主であるブラブズレイ公は婿養子であるあるのにも関わらず奥方に内緒の愛人が五名ほどいらっしゃり……」
「つまり、叩けば埃の出る連中ばかりで決定的な弱みをいくつも握っているわけね」
「それはもう、山ほど。
そのうちの幾つかを書簡にしたためてこっそり手渡して差し上げれば、こちらの手入れを見て見ぬ振りをする程度の融通はきいてくださるものと確信しています」
「汚い!
流石元大貴族、汚い!」
「既存の勢力を無視していきなり中央集権制に移行しようとする王子様ほど浮き世離れした理想主義者ではありませんからね、ぼくは。
必要とあればどんな汚い手だって使いますよ」
「……まあ、その分なら、そっちはレニーに任せておいていいだろう。
後は……一斉に手入れをするときの、具体的な手順とか段取りだが……」
「まだまだ具体的な情報が確定していない以上、今の時点で話し合えることは少ないかと」
「ですね、警部さん。
そっちの方の細かい打ち合わせは、もう少し詳細が集まってからやった方が効率がよい、と。
だとすると……今日話し合えることは、こんなもんなのかな?」
「いいんじゃないっすか? 今日のところはお開きで」
「で、あるな。
互いに多忙な身、今の時点でこれ以上の会合は無意味であろう」
「ぼくの方も、これ以上特には」
「本日は……色々、勉強になりました。
世界は広いというか……蒙を拓かれた気分です」
「では、異義が出ないようなので、今回はこれで解散ということで……」
「……あ、あの……シナクさん」
「はい? そうかしましたか? 書記さん」
「今回の議事録……そのまま公開しちゃっていいんでしょうか?」
「そのまま公開……ってわけにはいかないよな。内容が、内容だけに。
そうさな。
それが書き上がったら、おれが直接ギルド本部に持参して提出しておくよ」
「……お願いします。
これ……ただの事務員には、荷が重すぎる内容ですし……」




