98.わるだくみのみつもり。
「警邏隊の規模を考慮すると、王国全土の地下組織を一斉に取り締まることは、とてもではないが現実的な構想とはいえません。
仮に、必要となる労力や予算などの現実的な問題を度外視したとしても、下手につつけば地方領主の逆鱗に触れ、最悪の場合は内乱を誘発する可能性すらあります」
「……虎の尾というか、虎口というか……」
「分の悪い博打どころのはなしではなっすねー」
「それでは、ここで問題を整理しましょう。
今回の企てに際してネックとなるのは、大ざっぱにいえば以下の事柄になります。
まず第一に、王国全土に広がる二十八以上の組織を一斉に包囲して押さえ込むに足だけの人的なリソース。
ひとつの組織に三百名以上の構成員がいるということですから、ざっと計算して八千名以上の無法者がいる勘定になります。
これが王国全土の散らばっているとなると、確かに二万人前後の警邏隊では容易にどうにか出来はしないでしょう」
「なあ、レニー。
仮に……だ。
剣聖様が前にいったとおり、大勢の冒険者を雇ってそのクエストに従事させるとして、だ。
実際のところ、どれくらいの人数が必要になると思う?」
「そうですね。
ひとつの組織を包囲するのに少なく見積もっても五百名以上は欲しいところです。
それ以外に、居場所が特定できずそこいらをうろついている無法者に対処する必要もあるますし、連絡要員や後方支援も必要でしょうし……。
最小の編成で二万、欲をいえば三万、万全を期すのならば五万は欲しいところです」
「五万人、か。
今、治安維持隊の日当が金貨二枚だから、純粋な人件費だけで一日あたり金貨十万枚必要になるな。
もちろん、事前の準備も必要だろうし、人件費以外の諸経費も必要となる。
一日金貨十万枚以上を消費することに耐えられるだけの財源を、今から構築できるもんなのか?」
「そのへんは……そこの王子様の領分でしょう。
剣闘場の賭試合で、果たしてどれくらいの収益が見込めるものと想定しているのですか?」
「……ふむ。
こればかりは……実際に蓋を開けてみないことには、なんともいえぬな」
「やっぱり」
「とはいえ、明るい材料もそれなりにある。
まず第一に、今ではわが迷宮日報は、大陸中の主要都市で販売されて掛け金も大陸中から集まってくるということ。集金と払い戻しのためのシステムはすでにあるということだな。
次に、今までの冒険者の成績予想と違って、剣闘場での賭は一試合ごとに精算される、つまり、結果が出るまでの時間が短いということ。
これは、賭の対象となる剣闘士への人気不人気が短期間のうちに変動すること意味する。このあたりをうまくつつけば、払戻金の倍率やら最終的に集まる金額もそれなりに操作することが可能であろう」
「……イカサマやるよ、ってことね……」
「イカサマではない。演出だ。
ショービズにこの手の演出はつき物だ。
毎回毎回ガチンコで勝負していたのでは、命などいくらあっても足りぬ。
最後に……今、迷宮には大陸全土から騎士団が集まってきていること。
それぞれに競争意識はあろうし、金を賭ける側にしてみれば地元出身の剣闘士を応援してみたくなるのが人情というものであろう。
それだけヒートアップしやすいし、結果として掛け金が集まりややすくもなる」
「悪辣だよなあ。色々な意味で」
「なに。
支払われる金額以上に楽しませてやるさ。
現在、ピス族の技師と相談しておるのだが、うまくいけば音声による生中継も可能となる」
「……音声による、生中継?」
「大陸全土に散らばる数百十も数千ともいわれるギルドの渉外支部、そこにな、音声を送り届ける仕掛けをつけて、大音量で実況中継してやるのよ。
思いっきり扇情的な調子でな。
その中継を聞いた聴衆は、一試合ごとに一喜一憂し、掛札をちぎって投げたり換金にいったり……。
とにかく、大勢で、同時に同じことに関心を持ち、喜怒哀楽を共有することになる。
こうした経験をこの世界の者たちはほとんどしておらぬはずであるから……うまくハマれば、大陸全土が興奮の坩堝に放り込まれることになる」
「……ああー……。
なんだかよくわからないけど……なんとなく、想像できるような……」
「とまあ、そのような次第で、実際にやってみないことにはわからない部分は多いとはいうものの、明るい材料はそれなりに多い。
肝心の剣闘場であるが、整地はもう完了しておる。今、簡単な席やらなんやらをしつらえている最中であるな。
早ければ数日中には、試験的に興行を開始することが出来るぞ。
なに、最初のうちはそれほど本格的なことをする必要もない。
しばらくの間は、せいぜい修練場の模擬戦を公開の場で行う程度のことでもいいのだ。
最初の幾日かは試験期間と見るべきであろうしな。そこで問題点を洗い出して改良してから、本格的に始動すればよい」
「ちなみに、王子。
今の日報を通しての予想賭けは、一日あたりどれくらいの収益があるんですか?」
「さて、今は……どれほどであったかな?
日に日に増していることは確かなのだが、どうせ入ってきてもすぐに少学舎や水竜作戦負傷者への医療費に消えていくわけであるし……。
そうだ。
水竜作戦の直前で、払戻金や諸経費をさっ引いた残りの純益が、確か、白金貨二千枚程度だったような……」