97.なれないかいぎ。
迷宮内、小会議室。
「今後増員が予定されている犬は、最大限に見積もっても三十頭そこそこになります。
無論、迷宮の広さを考慮すると、これではまだまだぜんぜん足りないくらいです。
ですが、警邏隊が現在動員できる犬の総数は百頭にも満たず、王国内の他の場所でも必要とされることを考慮すると、どのように見積もってもこれが最大限の頭数となります」
「ないもんは、どうにも仕方がないですね。
使える頭数を最大限に活用する方法を考えるしかないでしょう」
「そういってもらえれば、幸いです。
現在調教中の犬もいますし、もっと長期的な視野に立てばこちらで繁殖するすことも考えておりますので、半年先一年先にはもう少し状況が改善されるかと思いますが……」
「その、警部。
犬にとって、この迷宮という環境は、好ましいものなのでしょうか?」
「……なんともいえませんね。
王国内の他の都市よりは、よほど清潔に保たれていると思いますが……。
食餌と運動する場所に不自由はしないということだけは、断言できますが」
「モンスターの肉なら、有り余っていますからな」
「ええ。
食品加工工場から、売り物にはならない端切れ肉や骨を充分以上に供出していただいています。
おかげさまで、こちらの予算も当初の予定よりもかなり余裕を持って運用できそうな案配となっています」
「では、犬に関しては専門である警邏隊の皆様にお任せすることにします。
次に……おれたち治安維持隊との連携なんですが……どうにか、やっていけそうですか?
それから、そちらの方からなにかご要望とかがあれば、早めにいってもらえればこちらとしても対応しやすいです」
「薬物捜査活動時の護衛をしては、今の状態が最上であると思います。
人数もこちらが想定していた以上に出していただいていますし、それに、練度ついても、剣聖様の教練を見学した後だと、これ以上にいうべき言葉が見つかりません。
本職の警邏隊員でも、あそこまで過酷な修練は積んでいないはずです」
「は……はは。
まあ、あの剣聖様直々の指南ですからね。
やりすぎることはあっても、修練が不足することは想像できませんし」
「ところでシナクさん。
こちらの捜査活動はいいとして、何度か共用部にモンスターが出現したそうですが……」
「今のところ、そうした場合は、おれなり他の高ランクの冒険者なりがギルドの要請に従う形で討伐に駆けつけます。
現在のモンスターの強さを見ますと、事態を収めことにあまり問題とはなりません。
ただ……将来手においても同じことを断言できるかというと……」
「時間が経過するに従って、モンスターは強くなっていく傾向があるそうですね」
「そう。それです。
今のところ、少人数でもなんとか制圧できる強さに収まってくれているわけですが、それがいつまで続くかというと……何分、流動的なことが多くて、正直、なんともいえません」
「共用部でも、外来者の多い入り口付近とか商工会周辺とかにいきなりモンスターが現れたら……どうしたって、可能な限り少人数で、速やかに短時間のうちに事態を収集したいことでしょう」
「ええ、まあ。
おっしゃる通りなんですが……将来のことばかりは、かれわれギルドの関係者であまり遠くまで見通せない。
最悪の場合を考えた上で、最上の警戒体制維持し続けるだけです。
見回り組の修練についても、有事の際には一般人の避難を最優先するように指導しています」
「それについても、ギルドの方々に任せるより他、方策はありませんな」
「剣聖様直々に面倒を見ている以上、心配すべき要因はほとんどないと思いますが……いずれにせよ、迷宮内のゴタゴタは治安維持隊の領分です」
「ですな。
では……残る議題といいますと、例の……」
「王国全土への一斉捜査、というやつですか……」
「……そうなりますね」
「……本当に、やるおつもりですか?」
「やっていただければ、警邏隊としても万々歳!
と、いいたいところですが……現実的に必要となる人手や予算のことを考えますと、どうにも気宇壮大にすぎるといいましょうか……。
とにかく、王国警邏隊の人員と組織だけでは、とうてい手が回らないほどの大仕事となりますでしょう」
「で、しょうねえ……。
王国全土の主要地下組織を一網打尽、って……人手だけでも万単位が必要となるし、準備やら足並みを揃えるための打ち合わせやらなんやらの手間を考えると……」
「本来であれば、非現実的な企てであると一蹴して終わりでしょう」
「ですよねー」
「ですが、必要な人手や費用はこちらで工面してくださる、というおはなしでしたから……多少の非現実性にはいったん目を瞑って、そうした計画を実行に移した際、実際にはどれほどの人手その他のリソースを必要とするものなのか、ざっとでも計算してみることにしましょう。
王国内には、人口五万以上の都市が現在六つ、存在します。栄える場所に陰が差すのは世の習い、その六つの都市に構成員三百名以上の地下組織は現在警邏隊が確認しているだけで二十八ほど存在します。
大ぴらに看板を掲げて組織も、一般にはほとんど知るものがいないような組織もあります。
このような組織のほとんどが、なんらかの形で違法薬物の流通に関与しているものと、警邏隊はみております。
そうした情報を握りながら、なぜ今まで警邏隊が手入れをしてこなかったというと……」
「ひとつは、そうした組織が地元の有力者と強く結びついて、警邏隊では容易に手が出せなくなっているパターンがほとんどであること」
「恥ずかしながら、その通りです。
それと、もうひとつ。
……王国警邏隊の規模を考えますと、これらの組織を一斉に取り締まることは、事実上不可能に近い。
王国全土の警邏隊員をかき集めても、その総数は二万をようやく越える程度でしかありません。
もとより、日常的な違法行為については各地領主の私兵によって制裁が加えられることになっておりますので、警邏隊には充分な予算や人員が割り振られることがないのです」
「それで、その各地領主様の私兵とやらは、多くは地元の地下組織との結びつきが、多かれ少なかれあり……」
「わかりやすくいえば、ずぶずぶってわけですか?」