43.いまここで、こけつにはいるいみ。
「………………」
「ギリスさん、どうかしましたか?
顔色、悪いですよ?」
「今……ルリーカさんが見たり聞いたりしたことを、わたしにもそのまま伝えてくださっているんですが……」
「は……はぁ」
「………………見るんじゃなかった……」
「第一回、今後この場でどうしましょうか会議ぃー。
……ってかさ。
なんでおれが仕切るの?」
「なんといいましても、この場所に一番のりしたのはシナクさんですから」
「それにさぁ。なんだかんだいいて、シナクくんの状況判断は、これまでもそれなりに的確だったしねえ」
「この場にいる人たちは、全員、お互いの手の内を把握しあっている。誰がまとめても同じような結果にしかならない」
「わはははははは。
おれはあれだ。考えるのはパスだ」
「……ま、いいけどな。
最初にぶっちゃけちゃうとよ、あの人狼、このまま見捨てちゃうのが一番面倒なくてよくね?」
「わっ! シナクくんがいきなり黒くなった!」
「黒くなったっていうより、そもそもおれたちゃ冒険者だろ?
おれたちには軍隊みたく縦型の命令系統があるわけでもなし、しかもあいつはおれの忠告を無視して自分の判断であそこにいったんだ。おれたちが自分の身を危険にさらしてまであいつを救いにいくのってえのも、なんか筋が違わなくね?」
「それなりに、一理ありますね。
でも、ゼリッシュさんの身の安全とは別に、あの門から出てきた大型モンスターとか、あの門についてもいつかは調査する必要があるわけですよね?」
「それは、そうなんだろうが……。
でもそりゃあ……別に、今すぐにやらなければならない、差し迫った仕事でもないだろう?
ただでさえ今は、混乱している状況なわけだし、もっときっちりと準備を整えてからでも……」
「欲をいえば際限はありませんが……それでもぼくは、今、この場にいるメンバーは、現在のギルドの中でもベストに近い構成だと思っています。
防御力に定評のあるバッカスさんに、攪乱と速度に秀でたシナクさん、柔軟な支援ができるぼくとコニスちゃん、それに、魔法使いで強力な火力を期待できるルリーカさん。この構成はバランスが取れていますし、なにより誰もが他の人の足を引っ張りません。
確かにこれから時間をかけて準備をすれば、もっと人数は増やせますが……その場合、増えた人たちの安全を確保もしなければならず、結果としてこちらの防御力とか集中力が、それだけ分散されることになります」
「第一、シナクくん、こんなことでもなければ、他の人たちとパーティ組むことはないよねー」
「お、おう……。
でも、おれなんかと組んでもあまり益がないっつうか、助けにならないっつうか……こと、攻撃力とか打撃力でみる限り、このメンツの中でおれが一番弱いぞ。
さっきの鰐もどきですら持て余すのに、その鰐もどきを平気で餌にしているあんなデカ物を相手にするなら、おれ一人いてもいなくても変わらないと思うけどな」
「こういってはなんですがシナクさんは、ご自分を過小評価する傾向がおありです」
「そぉかぁ?」
「シナクくんはさぁ、誰よりも早く反応できるし、判断も的確。おまけに、自発的に危地に飛び込む度胸と、無駄に危険な行為を行おうとしない慎重さ、両方をちょうどよく持っている。
そういう冒険者って、意外に少ないんだね!」
「そういうシナクくんが、攪乱と援護を率先して引き受けてくれれば、他の人たちの火力も数倍の威力となります。それが、パーティの力というものです」
「パーティのはなしは、まあ、それでいいとして……もう一度確認するけど、本当に今のタイミングで、おれたちがあそこに入る意味はあるのか?」
「では、今までにあげた、ゼリッシュさんの救助とパーティプレイの有用性、門の周辺を調査するために障害となるモンスター群の排除……以外の要因をあげてみましょう。
すでにはなしたとおり、ここにいるメンバーは、現在のギルドの中でも最高の組み合わせだと、ぼくは思っています。そのギルド最高のメンバーの力が、はたしてどれほどのものか……あの巨獣にも通用するのかどうか……自分たちの力を、今、この場で、試してみたくはありませんか?」
「……あー……」
「わはははははは。
シナク、もう、いいんじゃないか?」
「シナク……ルリーカたちと一緒に、戦いたくない?」
「……コニス……。
おれなんかよりも、お前の旦那のが数倍黒いぞ……」
「あったりまえだよ、シナクくん! むしろそこがいいんじゃないか!」
「……あー、そうかいそうかい」
「そうと決まれば準備だね!
シナクくんのメイド服もボロボロだし、使えそうなものを片っぱしから出しておくよ!」
どさどさどさ。
「……相変わらず便利だなあ、お前の鞄……。
それにしてもどうすっかなあ。
あの図体を相手にするんなら、生半可な刃物じゃどうにもならんし……」
「そうそう、そういえば、出来たばかりの試作品も預かってたんだった。これらなんかはシナクくんなら使いこなせるだろうし、今回のミッションにぴったりだと思うね!」
「いや、おれ、こういう機動力が落ちそうなのは、ちょっと趣味じゃねーなー……」
「そのかわり、攻撃力というか破壊力は抜群だよっ!」
「わははははは。
ルリーカ、ちょっとこっちも見てくれるか。
このバトルアックス、かーちゃんと組むときはかーちゃんの剣が、こー、むにゃむにゃーっといって魔法で強くするんだが……」
「確認した。
魔力を通すと質量はそのままに、攻撃範囲を増大させる術式が組み込んである。今の迷宮内の魔力濃度なら、問題なく術式を起動することが可能。
……できた。
これで、迷宮内にいる限り、このバトルアックスの攻撃範囲は、バッカスの思うがまま」
「わははははは。
わかった」
「……あの人狼さん、変身して鰐もどきを振り回しながら逃げ回っているっすね」
「半獣人形態ですね。
完全に変身すると身体能力は増大するけど、代わりに知性も獣並になりますから、あの形態でしのいでいるのでしょう。
身長でいえば十倍以上、体重でいうなら百倍以上の開きがあるであろうあの巨獣相手に、よくやっている方だと思いますよ」
「……助けにいかないんすか?」
「今、助けにいくための準備を整えているところです。
あなたのような吸血鬼やゼリッシュさんのような人狼、いわゆる人外の人たちは、確かにその能力において、普通のヒトよりずっと秀でているでしょう。
だけどわれわれヒトも、脆弱な分、その不利を知恵とか勇気とか周到さでカバーする方法を学習しているんですよ」
「……はぁ……」
「それよりも、吸血鬼さん。
そんなにゼリッシュさんが心配なら、一足先に助けにいっても一向に構わないのですが……」
「……謹んで辞退させていただきます。
あ。
あの大きいの、また出てきた」
「形だけをみれば、例の大量発生モンスターとよく似ていますねえ。かなり長いしっぽがありますけど……」
「骨格の構造から判断するに……どうもあれは、向こうの世界の学者たちが暴君と呼んだものらしいな」
「……ひっ!」
「暴君、ですか……」
「ああ。わたしも、化石になったものしか知らないから確証は持てないのだが、たしか、あの世界、あの時代ではもっとも凶暴な肉食獣だったはずだ」
「あっ。また、その暴君が増えた」