82.もんすたーしゅつげんほうそくがへんかしたりゆうについてのこうさつ。
「まずな、ギルドの記録を整理して、これまでにモンスターが出現した場所と時間をチェックしてモデル化してみた。
それが、これな」
ぱっ。
「……なんだ? これは」
「迷宮の探査済み部分を3Dモデル化したものだ。
これに、モンスターの出現場所を光点と表示させる。
さらに、時間を早送りする。
時間軸まで取り扱うから、これはもはや4Dモデルというべきか」
「……後にいくに従って、光点が濃くなって奥の方に移動していくんだな」
「ときおり、一時的に通路部が白く塗りつぶされるのは、大量発生ですか?」
「そうなるな。
まあ、こういうモデルを作ってモンスターの出現アルゴリズム……法則性を割り出そうとする試みは、以前からやっていたのだ。
これまでは、割といい精度でようになっていたんだが……」
「……そんなはなし、聞いていませんよ。塔の魔女さん」
「次の出現位置を予想出来る、とはいっても、未踏地域に深入りすればするほど増える、とか、そちらの経験則で予想がつく内容でしかないからな。
ギルドへも、わざわざ報告しなかった。
ここで重要なのは、客観的にデータを洗い流して割り出した結論がそちらの経験則と一致した、ということだと思う。
ごくまれに、例外的に踏破済みの地域に出没するのが、いないこともなかったが……」
「割合としては、ごく少数ですね。
それでも、入り口付近とか共用部みたいに、人が多い場所に出てくるモンスターは今回が初めてでした」
「そう。
人がいる前で出現するモンスターも、ごく最近までいなかった。
モンスターが出現する場面を目撃したのは……」
「迷宮の壁面を破壊した現場で、がはじめての例になるそうじゃな」
「ああ。ティリ様、あのとき現場にいたっていってましたっけ?」
「目撃した、といったも、発破の粉塵でなにも見えなかったわけであるが……それでも、それまでなにもいなかったはずの場所から少なからぬモンスターが出現する場面には、ちょうど居合わせたことになる」
「そうだな。
やはり、考えられる契機としては、迷宮の壁面を破壊し、人為的に迷宮の内部構造に改変を加える実験を開始したことになると思うが」
「こちらが迷宮に手を加えたから、迷宮もこれまでの方法を変えた……ということですか?」
「まるで迷宮に意志があるように考えすぎるのも、無駄な予断を与えるようであまり推奨出来ないのだが……時期的なことを考えれば、そうなるな」
「……破壊工作の実験、中止しますか?」
「どうでしょう?
因果関係が直接証明されたわけではありませんし、第一、特定の形状をした通路を壊せば特定種類のモンスターの出現を抑制できるということが、ようやく証明されはじめたところです。
ここまで来ていまさら止めてしまったら、ここまで蓄積してきた実験データが無意味になります。
それに、メリットとデメリットを天秤にかけたら……」
「今すぐに破壊工作実験を中止することは難しい、ですか?」
「ええ。
ようやく掴んだ、迷宮への介入方法の手がかりですから。
正直なところ、多少のリスクは織り込んでも、実験を強行したいですね」
「迷宮を飼い慣らすおつもりですか? ギリスさん」
「まさか。
ギルドもわたしも、そこまでは自惚れてはいませんよ。
迷宮は……やはり、どこまでいっても予測が不可能なモノであると思います。飼い慣らすなんてそんな、大それたことは考えていません。
でも……出現するモンスターの種類をある程度制御出来るようになれば、冒険者さんたちの危険性は大きく減らすことが出来ます。
現状では、それだけでも大きな前進になります。
最終的には迷宮を完全に無害なモノにするのが当面のギルドの目的になりますが、一足跳びにそこに行けるという都合のよい幻想は抱いていません」
「一歩一歩着実に、ですか?」
「それしかないでしょう?
だって、迷宮って、相変わらずなにが起こるのか予測できない場所であるわけですし……」
「慎重になりすぎず。かといって、大胆にもなりすぎず……ですか?」
「他に、前に進む方法がありませんから」
「やはりギリスさんも、冒険者ギルドの職員さんなんだな。
冒険者みたいな判断力を持っていらっしゃる」
「え? え?」
「で、全裸。
この変化がなにに由来するのか、断言は出来なくても仮説くらいいくつか用意しているんだろう?」
「まったくないということもないのだが……現時点では、証明が不可能だからな。
まず第一に、さっきもいった、外部からの刺激に対応して迷宮自体が行動原理を変化させた、という内因説。
次に、このまま迷宮がギルドに攻略されることを好まない何者かが介入行為を行ったと見る、外因説。
大きく分けて二通りになるわけだが……そのどちらを取るにせよ、今のわれわれには検証が不可能なわけだ。
実質的には机上の空論になるから、ここで開陳する意味もあまりない」
「相変わらず、肝心なところで役に立たない全裸だ」
「理論家とは、えしてそうしたものだろうよ」
「とにかく、ギルドもこれまでの方針を変えるつもりがないということになりますと……」
「いつどこにモンスターが出現してもあわてず騒がず、対処できるように備えるしかない……ということになるな」
「ますます、治安維持隊が重視されることになるの」
「人材育成に関しては、剣聖様と教官方にお任せしますよ。
今回、治安維持隊に集められたのも、ある程度実戦経験がある者ばかりなわけですし、ずぶの素人を一から叩き上げるのよりは、多少は、楽になるかと……」
「それは……人によるな。
殺気が先に走って、どうみても治安維持活動に向かない者も少なくはないし」
「そういう人は、容赦なく外してやってください。
不向きな仕事を無理にやれせるのは、本人にとっても周囲の者にとっても、いいことなんざひとつもありはしません。
殺伐とした性格のやつは、モンスターを殺して回る探索業務の方が向いていると思いますし」