80.てぃりさま、きかん。
しゅん。
「……ふう。
ようやく、解放されたか」
「おお。ティリ様。
今夜は、ずいぶん遅いおでましで」
「いや、なに。
父上と母上たってのご所望で、ちょっと帝都まで顔を見せにいっておった。
徒歩で何ヶ月もかかった旅程が一瞬で終わってしまうというのは、魔法というやつはどうにも風情が欠けておるな」
「おやまあ、皇帝閣下のところへですか?」
「ああ。父上だけがわらわの顔を見てずるいずると母上が駄々をこねたそうでな。
スケの送迎つきでちょっとばかし行ってきたわけだが……」
「たまにはご家族に顔を見せるのもよろいいでしょう。皇帝様だろうがなんだろうが、その辺の人情はあまり変わらないことと思いますが……」
「いや、それ自体は、どうでもよろしいのだが、な。
今度は、な。
母上が、迷宮見物をいたしたいと、このようにいいだしてな。
父上では水竜作戦にかまけた分、滞っていた政務を片づけておるのでしばらくは動けぬが、ことによると数日中に母上がこちらにやってくるかも知れん」
「それが、なにか問題が?
仮にも、やんごとない身分の方だ。
護衛の数名でも引き連れてくるだろうから、間違いはほとんど起こらないことと思いますが……」
「安全面での不安は、ほとんどないといってもよかろう。それこそ、帝都仕込みの護衛たちだ。よほどの相手でなければ後れを取るとも思えぬ。
不安なのは、母上のご気性よ」
「……なにか、問題でも?
はっ。
まさか、剣聖様のような無敵系の方なんですか?」
「シナクよ。おぬしは仮にも皇后を、一体なんだと思っておる。
それ以前になにより、あんなのがそこいらにホイホイいてたまるか」
「では……なんの問題が?」
「母上は、な。
あー。
とことん、邪気がない。そして、思いついたら吉日の、奔放な行動力を持ち合わせておる。
一度興味を持った対象には興味をなくすまでにとことん食らいついてはなさぬし、好奇心を満たすためにはどんな無茶も平気でしでかしてしまう方なのじゃ。
そんな母上をいまだに不可解なことだらけのこの迷宮にお連れすれば、いったいどのような騒ぎを巻き起こすことか……」
「……どっかで聞きおぼえがあるような……。
ティリ様の母上、魔法を使えたり何千年も生きていたり巨乳だったりやたら服を脱ぎたがったりしやしませんよね?」
「あんな露出狂とわらわの母上を一緒にするな!
……魔法も使えぬし、何千年も生きてはおらぬ。おそらく、たぶん。
胸は……そこそこ、あるな。ゆえにわらわの将来性も、まだまだ、ある」
「そんなことはどうでもいいんですが……」
「そんなことはどうもいいとな!」
「で、一体なにが問題なんですか?
ようは、多少好奇心がお強いご婦人ってわけでしょう?
他の濃い連中と比較すれば、さほど困ったことにはならないと思いますが……」
「……まあ……こちらの連中も、色々とナニがアレしておるからな……。
それと比較すれば、母上はまだマシであるか……」
「ええ。
ティリ様の考えすぎだと思いますよ」
「……まあ、そういう風に思っておこう。
目下のところ、母上の最大の関心事は、シナクよ。おぬしになることであるし……」
「……え?」
「そんなことよりも、今日も例によって色々とあったのであろう。
一通りはなしてみよ」
「ええっと……本日最大のトピックスといえば、あれだ。
同時多発大量発生案件」
「……なんじゃ? それは」
「名前そのまんまの案件なんですがね。
詳しくは、こちらの日報をご覧ください」
「……おい! おい!」
「……ティリ様? いかがなされました?」
「なぜにわらわは今日、この場にいあわせなかったのじゃ!
なぜに、わらわが留守にしたおりにこのような面白いことが起こる!」
「……ティリ様も、立派な母上のお子様でいらっしゃいますな……」
「……おおよその概要は把握できた。
よくぞこれほどの困難を短時間で収束できたものじゃ」
「ここの冒険者たちも、突発的なトラブルには、かなり慣れてきていますからね。
それに、今は前例がないほど、稼働冒険者数が多くなっていますし……」
「なるほどのう。
例の、水竜作戦の余波もあるのか」
「それに、新型術式の実験的な投入とか、色々重なって、今回はかなり運が良い結果になったと思います。
今回の件ももう少し時期が前にずれていたら、最終的に収束できたにせよ、そうなるまでにもっと時間を要したと思いますし……」
「こうなると、その運も実力のうち、じゃの。
同時に多発した大量発生を鎮圧している間に現れた巨人たち、というのが、どうにも引っかかるのだが……」
「ティリ様も、ですか。
みんな、そこに引っかかるんだよなあ。
タイミング的ににても、どうにも、何者かの意志が働いているように思えてならないし……」
「例の、迷宮を制御しているゲームマスターとかいうやつかの?」
「それでなければ、他の世界からの干渉者か。
理屈だけならばいくらでもでっち上げられますが、それを証明するとなるとかなり難しいことになる。
今の時点では予断を持たないように留意して、次になにが起こっても驚かないように身構えるより他、対処のしようがないでしょう。
少なくとも治安維持隊は、その線で動くことにしています」
「相変わらず、シナクは堅実に動こうとするのであるな」
「極力冒険をしない冒険者を目指していますからね、おれは。
だから、剣聖様のような無駄に壮大なクエストには、正直、あまり首を突っ込みたくはないんですが……」
「国内の、違法な薬物に関わりのある組織を全部潰すという、あれか。
気宇壮大だとは思うが……仮に成功したとしても、すぐに代わりの悪党が運びって、空いた穴を埋めるだけだと思うぞ」
「剣聖様も、そのへんはわきまえておいででしょう。
それでも、一時的にせよ危ない薬の犠牲者が減るのであれば、やる意味はある。
あの方ならば、そのように考えるかと思われます」




