77.ふくごうぼうぎょじゅつしき。
「ゼグスくんが使っている魔法……ってのは、例の魔王の権能ってやつか?」
「そう。
あれは、歴とした魔法。
それにシナクも、かなり変則的な形ではあるけど魔法を使いはじめている。
おそらくは、無意識的に」
「おれがぁ?
本当かよ、おい……」
「本当。
グリフォンの羽根は、他の術式アイテムとは異なり、特定の使用目的を設定されていない」
「元々あれは、人が開発した術式ではないからな」
「魔力を通せば周囲の空気を制御することが可能。
たまたま、そのような性質を持っていただけの物質。
その性質を活かして使えるようにしたのは、シナク自身の機転。
使いこなす課程で、自然と魔力を制御する方法を、シナクは学びはじめてた。
他の術式アイテムとグリフォンの羽根との大きな違いは、人為的な術式アイテムにはあらかじめ周囲の空間から魔力を取り込む機構が組み込まれているが、グリフォンの羽根にはそのような仕組みは内蔵されていない。
その証拠に、グリフォンの羽根をシナク以外の者に渡して使わせようとしても、うまく作動しないはず。
グリフォンの羽根は、使用者が適切な方法で魔力を送り込まないとうまく作動しない。
そのグリフォンの羽根をすでにシナクが使いこなしているということは、シナクは魔法使いとしての最初の難関をもうクリアしているということ。
それに、グリフォンの羽根だけではなく、シナクは他の術式アイテムにも自分の意志で魔力を送り込んでいる節がある。
シナクの縮地や攻撃範囲拡張術式などが、通常よりも柔軟かつ強力に作動しているのは、そのせいだと思う」
「そ……そう、なのか?」
「……なんだ、知らなかったのか。
どれ、シナクよ。
久々に、おぬしの装備をみせてみろ」
「リンナさん。
おれの装備って……」
「いいから、兜と胸当てを寄越せと。
……ふむ。
だいぶん、育ってきているな」
「予想以上。
もう、かなり使い込んでいるから……」
「……ルリーカ、リンナさん。
いったい、どういうこと?」
「コニスからなにも聞いていないのか?
おぬし専用に誂えたこれらの装備には、かなり特殊な防御術式が使われておると」
「ええ。
一応、そう聞いていますが。
定期的にこいつらをコニスに預けて、職人さんに見て貰っているわけですが……」
「これらの複合防御術式がどのように特殊かというとだな。
これらの術式は、状況に応じて自分自身を書き加えていく性質を持たされておるのだ。
かかった負荷に負けないように、自分を育てていくというか……」
「一言でいうと、激しい攻撃を受ければ受けるほど、頑丈になる」
「そう。単純にいえば、そのような機能だ。
おぬしはだいたい、迷宮攻略の最前線にいるからな。
おぬしの術式の育ち具合を見て、職人たちは次の製品に活かすべき防御術式の種類を知ることが出来る」
「シナクは、いわばいい実験台」
「……とはいえ、おぬしははしっこくてなかなかまともに攻撃を受ける機会がないからな。
物理防御がなかなか育たないと、この間コニスがこぼしておったぞ」
「……はぁー……。
だから、あのケチがタダでこいつを寄越したわけかぁ……」
「それで、だな。
この複合防御術式、魔力吸入の部分が、異常な育ち方をしておる。
現在、迷宮内で関知できる魔力量の、ざっと三倍以上の魔力を一度に吸い込むことが出来るようになっておる」
「つまり……どういうことですか?」
「迷宮内の魔力だけではなく、おぬしの体内にある魔力もまとめて吸い上げて最大出力をあげておるのだろう。
防御としてみればそれだけ硬く、より大きな負荷に耐えられるようになっておるわけだ」
「おれの体内の……魔力、ですか?」
「ああ。
おぬしの体内魔力は、平均よりもかなり多めだからな。それに回復速度も、なかなか良好であるらしい。
多少使いすぎても、すぐに補填される」
「ルリーカの魔力は魔法使いの平均よりもかなり少な目なので、シナクの体質が正直、うらやましい」
「ま、持ち主に合わせて、これらの複合防御術式もかなり特殊な発展を遂げておるということだな。
こうなってくると、この術式をシナク使わせたのも良かったのか悪かったのか。
性能がかなりあがっているのは重畳だが、これほど激しく魔力を消費する術式となってしまっては、他に転用する際に支障が出よう」
「そうとも限らない。
今、こうしている間にも、迷宮内の魔力量は増大している。
将来的には、今の複合防御術式が消費する程度の魔力が普通に偏在するようになるはず」
「なるほど。
今のシナクの状態が将来の通常仕様となるわけか。
となると、やはりコニスには、拙者よりも先見性があったということになるか?」
「ルリーカとしては、魔力消費量よりも気になる部分がいくつかある。
例えば、この術式の部分。
飛翔体用の防御術式を応用し、気体や液体など、流体の抵抗までを減らすように書き換わっている」
「……空気抵抗を減らしているのか!」
「それも、頻繁に進路を変える、シナクの精妙な動きに対応できるよう、かなり反応がよくなっている。
シナクの足捌きと縮地術式に対応しようとした結果。
これにより、シナクは、この術式を使用しないときよりも素早く動けるようになっている」
「確かに……これは、かなり面白い育ち方をしておるな。
本来は防御用であった術式が、移動力を補助するために機能しておるわけか……。
ふむ。
流石に、このような特殊な育ち方をするとは、コニスも想定していなかったであろう」
「それから、ここ。
熱や光、音などを軽減するための術式が……その逆の、必要に応じて微細な気配を察知してシナクに伝えるための機能を付加している。
この機能などは、完全に防御術式本来の用途からはずれる機能」
「おお、本当だ。
必要に応じて、感覚器を鋭敏にするための機能というわけか!
やけに、モンスターの気配に聡いとは思っていたが……」
「むろん、シナクが平常から周囲の変化を敏感に感じ取ろうとし続けていなければ、術式もこのような育ち方はしない。術式は、使用者であるシナクの意図を読みとって、そのような機能を発達させていっただけ。
今となってはこの複合術式は、かなりの部分、シナクの個性に合わせて特化したものとなっている。
いわば、生きているフルカスタマイズ品」
「……はぁー……」
「どうした、シナクよ」
「いや。
思っていたよりも、ご大層な代物だったんだなー、って……」
「関心している場合でもなかろう。
おぬし以外の者が使い続けたとしても、ここまで育つこともなかったはずであるからな。
この術式を育てたのは自分だと胸を張っていればよいのだ」
「シナク以外の者に預けてもここまで育たなかったし、同時に、ここまで特殊な育ち方もしていなかったはず。
この複合防御術式は、唯一無二、オンリーワンの、シナク専用装備。
迷宮内のどんな防御術式よりも進化している、最先端の術式装備」
「踏んでいる場数の質と量が違うからな、シナクは」
「これまでシナクが経験してきたことがすべて、この複合防御術式に反映されている。
これの読み方を知っている者が見れば、どれくらいの修羅場をくぐってきたのかも一目瞭然。
コニスがこの術式をシナクに託したのは、やはり正解であったとルリーカも判断する」
「改めて……すごい方だったんですねえ、シナクさん」
「ぼっち王よ。
あんた、本当に生身の人間なのか?」
「一応な。
おれがそんなに異常な存在だったとしたら……とうの昔にあの全裸に解剖されてらぁ」