74.けいかいけいじばん。
迷宮内、修練所。
「どうも。
どうですか? こちらの様子は?」
「あらぁ。いらっしゃい、シナク教官。
ご覧の通り、とりあえずは集団での暴徒の鎮圧に特化した修練を優先させてすすめております。今回は軍に所属していた方の割合が比較的多いので、号令通りに、とか、全員で息を揃えて、とかいうことは、かなり円滑にいくようですねぇ。
ただし、先の一件のような、いきなり出没するモンスターへの対処法は……」
「難しいでしょうね。
ただ討伐すればいいってものでもありませんし」
「周囲の被害を最小限で抑えて、というあたりが、どうもねえ。
そちらへは、探索業務で対モンスター戦の経験を積んできた冒険者を中心に専用の分隊を編成して演習した方が、よろしいかとぉ」
「そうなりますよねえ。
ま、今は冒険者同士の諍い、ならびに警邏隊の捜査活動を補助する目的の方に重点を置いて調整していきましょう。
少なくともそっちは、どういうスキルを養えばいいのかよくわかっているわけですから」
「今後確実に必要となるのは、どうしたってそちら方面になりますものねえ。
いつどこに現れるのかよくわからないモンスターが相手となると……」
「場合によっては、高いランクの冒険者を呼びつけて直接ぶつけた方が早かったりしますから」
「ランクが高くても、状況に応じて戦術を使い分ける頭がない者には勤まらないのですけどねぇ」
迷宮入り口前広場。
「そうか。あんたも水竜作戦に参加していたのか」
「鍾乳洞で、水竜を外に出す作戦に従事していました」
「その、銃器術式というやつでか?」
「ええ。
分厚く硬い装甲も貫通しますし、モンスター戦にはかなり頼りになりますよ」
「いまだに、術式で武器を具現化するというのに慣れなくてなあ。
いや、術式の威力については、今日の同時多発でいやというほど目の当たりにしたばかりだ。
疑う余地などどこにもないのだが……」
「わかります。やはり、実体を持つ武器の安心感というのはありますからね。
それに、経験を積んだ冒険者ほど術式に頼ろうとはせず、自分のスキルを磨き武器の手入れをすることに余念がない。経験が浅い冒険者ほど、派手な術式を頼りにしたがる。
最後に頼りになるのは、結局、自分で用意したものなのですがね」
「なるほどなあ。
軍とは違って、冒険者は自分で使う装備はすべて自分で用意しなければならないから……」
「そうです。
探索業務に入る以前、普段の手入れからして違っていますよ。今、身につけている装備がよく手入れされているのかどうかを見定めれば、ベテランの冒険者とそうでない者を見分けるは簡単です。
迷宮を甘く見ている者ほど、雑な身なりになる」
「それはいいことを聞いたな。今度パーティを組む者を選ぶときの参考にさせて貰おう。
昨日、仮想文で斡旋されたやつらと組んでみたのだが、いまいち折り合いが悪くてな」
「一日二日行動をともにしたくらいでは、相性の善し悪しは判断できませんよ。
それに、仮想文で斡旋されてくる相手なら、少なくとも能力面では釣り合っているはずでしょうし」
「そうなのか?」
「あの斡旋、各人の性格的な噛み合わせについては、周りに聞く限り、どうもあまり考慮されていなかったようですが……。
それでも、これまでに蓄積してきた戦績とか修練所のデータを参照して成功しやすい組み合わせを選んでいるはずです。
ここのギルドは、個々の冒険者の戦績や修練所の成績をかなり細かく拾って蓄積していますから、それなりに信頼は出来るかと思います」
「おれたち、多国籍軍から流れてきた連中はこっちに来てからまだ日が浅いんだが……そんなに信用できるのか? ここのギルドは?」
「信用できるというか……ここくらいなものでしょうね、あれほど執拗に冒険者のことを記録し続けているのは。
それと、このナビズ族とピス族の思考機械が連携した機構が、大量の情報を瞬時に処理している。この機構も、他の土地にはない特徴でしょう。
ここのギルドは、迷宮という化け物に対抗するため、大陸でも類例のない複雑な組織を作りつつあると思います。
おれたち冒険者も、その部品の一部です。
軍人さんたちが祖国に捧げる忠誠とはまた意味合いが違うのでしょうが、おれたち冒険者はギルドの能力を信頼しています。うちのギルドは、全力で冒険者のバックアップを担当してくれている、とね」
迷宮内、修練所。
「……というわけでして、このあと、今日明日中にこちらにも大量の人員が送られてくる予定になっていますので、どうかよろしく面倒をみてやってください」
「数百名のオーダー……で、ございますかぁ」
「ええ。
いきなり千名を越えることはないと思いますが……それでも最終的にはかなりの大所帯になりますので。
歩哨や見回り組など、短い修練期間で済む連中を早めに選別して現場に送り出し、その後、残った連中をじっくりと育ててあげてください」
「……いうのは簡単ですけどねぇ」
「いや、わかります。
おれも二万人の元魔王軍兵士を相手にしたことがありますから」
「今回は、シナク教官はお手伝いをなさってくらさらないのですかぁ?」
「お手伝いしたい気持ちはあるのですが、他にほいほいと用事を言いつけけられている身ですので、今の状況で長時間拘束される仕事をこなすのは無理かと」
「今日なんか、いろいろありすぎたくらいですものねえ」
「まったく。
おれなんかも、また、すぐにでも呼び出しがかかるんじゃないかっていつもビクビクしていますよ
それでこれが、治安維持体の召集に応じてくれそうな人たちのリストになります。あとからまた、追加が出てくる予定ですが……」
「はい、確かにぃ。
こちらはこちらで、教官たちや剣聖様と相談してやっていきますので、シナク教官も自分のお仕事を頑張ってくださいなぁ」
「はいはい。
それでは、こちらはお願いします。
なにか欲しいものとかが出てきたら、遠慮なく治安維持隊の本部へ申しつけてください」
迷宮内、治安維持隊。
「……迷宮内の共用部を一幕の仮想巻物にすべて表示できるか?」
(出来るよー)
「ふむ。
とびとびの部屋を転移陣で繋いでいるわけだからな。無理に地図として表示させようとしても、かえってわかりにくいか。
では、出入りする人数が多い順にリストアップして表示させよ」
(はいよー)
「さきほどのものよりは、わかりやすいか。
何事か非常事態が発生した場合は、このリストのうち、該当する場所の文字を点滅させ、どこで異常事態が発生しているのか、一目でわかるようにする。
そういうことは、可能か?」
(出来るよー)(管制のデータも、すべて繋がっているからー)
「よしよし。
その仮想巻物を壁際に拡大し、常時表示し続けるようにしてくれ」
(はいよー)
しゅん。
「……おや、今度はなにをやっているんですか? リンナさん」
「おお。シナクか。
これを見よ。
どこかで異常事態が起きたら、すぐにわかるようにしておいた」
「なるほど。こういうのがあれば、どこに何名を送り込めばいいのかはっきりわかりますからね。
ただ、こういうのを作るのなら、異常の種類とかそれを収めるのに何名が必要になるのかとかも一目でわかるようにした方が便利なのでは?」
「……出来るか? ナビズ族」
(出来るけどー)(異常事態の種別とー)(鎮圧に必要な人数はー)(管制の判断に従うとしてー)(こちらでは、どう表示すればわかりやすいかなー)
「異常事態が起こった場所の文字を、鎮圧に必要と予想される人数の多寡により大きく表示させる。
異常事態の種別は、モンスターの出現なら赤、警邏隊絡みの出動なら黄色、冒険者同士のいざこざなら緑……といった具合に、文字の色を変えて表示する。
出来るな?」
(出来るよー)




