72.よろんそうさのじっさい。
迷宮内、鍛冶屋街。
「ああ?
ああ、新入りさんか。
今日迷宮に着いたばかりだと?
そんなことはどうでもいいんだ。なにしろ、見ての通り昼も夜も槌の音が絶えることがないほどの忙しさ。
今なら多少の心得さえあれば、それこそいくらでも稼げるぞ。腕がおぼえがなくったって、作った端からハケていくからな。安物には安物なりの需要ってのがあるし、業物にはいくらでも高くつく。雑念を捨ててひたすら槌をふるい続ければ、短期間で腕も上がる。周りには、技の盗み甲斐がある名人がいくらでもいる。地金はいくらでも使い放題。魔力炉なら温度の調節も自由自在。
まこと、このお迷宮ってやつは駆け出しの職人にとって天国みたいなところさ。
ああ。格安の賃料で炉つきの作業所が借りられるってのは本当だぜ。それもここの商工会に出来上がった商品を納めるのなら、賃料は後払いでいいってはなしだ。
炉の数はひとつでいいか? 広さは?
うん。
そういう条件でいいのなら、今からすぐに案内出来る。あ。これが、契約書な。しっかり読んで異論がないようだったら、仮契約を結んでくれれば工房は即座に使えるぜ」
迷宮内、医療所廊下部。
「この角を右でいいのか?」
(そー)(曲がってまっすぐー)
「はいよ。
しかし、哀れといえば哀れだよなあ、兵隊さんってのも。
遠い外国からわざわざ武勲をたてに来たってのに、こんな姿で里帰りってのも……」
「引き取り先が決まっているだけでもましさ。
負傷者の中には、母国に帰っても行くあてがないってやつがゴロゴロいるそうだぜ」
「しっかりと直る怪我ならまだいいが、二度と軍務につけない体となっちまってはなぁ。年金ぐらいは出るんだろうが……」
「それにしたって、雀の涙さ」
「そういうやつらも、動けるようになれば結局はこの迷宮にいついちまうんじゃないのか?
手足の一本や二本なくったって、ここなら仕事なんざいくらでもあるし」
「今のギルドなら、誰でも歓迎するだろうよ。
冒険者以外の働き手がまだまだ不足しているってはなしだし」
「聞くところによると、外国へも求人をかけているってはなしだな」
「職人を中心にな。
それと、街道や水路整備の土木工事や大規模農場への入植者も、大々的に募集しているらしい。夫婦者や家族も歓迎しているってはなしだ」
「まあ、ここのギルドがやることだ。最悪でも呼び寄せたやつらを全員食わせる算段はついているんだろうけど……」
「なんだかんだいって、そつがないからな。ここのギルドは。
おれだって、もう少し研修をがんばってみて、冒険者として目が出ないようだったらそっちに応募するつもりだし……」
「一攫千金を狙うんじゃなかったら、それもよかろうよ。
何年か畑仕事をすれば、自分の農地も買えるようになるってはなしだし」
「ずっと冒険者なんて危ない仕事を続けるよりは堅実なんだろうな」
(そこの転移陣ー)
「おっと。
それじゃあ、軍人さん」
「お大事にー」
しゅん。
「ええっと、次は……」
「とにかく一度、あの大病室に戻らなけりゃな」
迷宮内、治安維持隊本部。
「……最初に到着した事務員さんが、よりにもよって君たちか……」
「都合、悪いですか?」
「ママが……イオリスがこちらに来て学べることをすべて学んでこいといいました!」
「いや、悪くない。
手が足りないことは事実だし、手伝ってもらいたいことはそれこそいくらでもある。
……マスター、あとでとやかくいわないかな?」
「それについては、問題ありません!」
「パパ、ママのいうことには逆らえないから!」
「……あ、そ。
じゃあ……リルレイ。
とりあえず、この子たち預ける。
文具とか必要な備品を預けてこの子たちの席を作って……そうねー。
まずは、増援候補者のリスト整理をみんなでやって貰いましょうか」
「どういう風に分類しますか?」
「まずは、即戦力に投入出来そうなのとそうでないので二分して。
スキルランクをチェックして、だいたいで構わない。こちらで即戦力扱いした人たちも修練所に回してカスカ教官たちに見て貰うつもりだから。
ここで肝心なのは、あくまで技能不足が明確になっている者をまとめること。
あんまり未熟なのをいきなりカスカ教官のところに放り込むよりは、最初は歩哨組に回すなりある程度基礎的な部分を叩き直してから連れて行った方が効率がいい」
「つまりは、大雑把な足切りを一度ここでしてしまおうというわけですね?」
「そうそう。
必要なスキルについては、こちらの三姉妹に任せる。リルレイは、今回のお仕事に必要なスキルについて、三姉妹に出来るだけ詳しく説明してやってくれ。
以上の仕事を、四人で話し合いながらお願いします。
質問があったら、その都度聞いてくれて構わないから」
「「「「はい!」」」」
「さて、と。
おれは……歩哨組の手順書を見直して……っと。
んー……。
やっぱ、今使っているのだと、緊急時の避難誘導の箇所がずいぶん大雑把だなぁ。
さっきみたいな騒ぎが日常化することも想定して、もう少し詳しく書き直しておくか」
ギルド本部。
「と、うことで、大規模な地下組織摘発を行いたいのだが……」
「せっかくですが、剣聖様。
却下、でございます」
「……なんで!」
「そもそも、そうした捜査活動はギルドで引き受けるべき案件ではございません」
「だからそれは、わたしなり王子なりが発注した特殊クエストという形にして人を集めて、だな……」
「お金はどこから調達なさるご予定でございますか?
一流どころの冒険者を数百名単位で拘束するとなると、かなり莫大な人件費を用意する必要が……」
「それは、王子になんとか用意させる。
ほれ、例の闘技場があったであろう。
あれの収益をこちらに廻せばよい。あれは大金が動く賭場になりそうであるからな。
やつの迷宮日報も、今では大陸中に配布されているというではないか」
「……大陸中を巻き込んだギャンブルの収益で地下組織の壊滅を狙うわけですか?
そんなことをしたら、それこそこちらが剣聖様が潰そうとしている地下組織同様の存在になってしまうようなものではございませんか!」
「それの、どこが悪い。
それに、有害な薬物を扱わないというだけでもかなり大きな違いとなろう。
第一、賭博に溺れるのは本人の意志が弱いからだ。いわば、自業自得だ。環境のせいいにしてはいかん。
それに、違法な薬物については中毒症状というものがあるからな。一度はまってしまったら、生半可なことでは足を洗うことが出来ぬ強制力が働いてしまう。
この違いは、かなり大きいと思うがな。
だから、薬物の供給源を根本からばっさりと断ち切ってしまうのが一番手っ取り早いのだ」
「本当にそれで、薬物の被害を完全に止めることが可能だとお思いですか?
すでに薬物に依存している人たちは必死で調達をしようとするでしょうし、王国の外にいくらでも類似する組織があるわけですし……」
「それでも!
全くの無駄という事はなかろう。
こちらでの……迷宮内部での取り締まりや操作が、やりやすくなる。供給源の数が絞られれば、次の手も打ちやすくなる。
それに……一度冒険者の大量動員による強制捜査の成功例を作ってしまえば、それこそ大陸中で真似をしはじめることであろうし、そうなれば先行して成功例を作った実績を持つこちらのギルドにもとっても商売の種がまたひとつ増えることになる。
ノウハウを伝授してもよいし、直に同様の仕事を受けてもよい。
迷宮攻略以後のシノギとしては、それなりに魅力的だと思うのだが……」
「……剣聖様……」
「なに。
法的な諸問題については今調べさせて、なんとかクリアさせる。なにより、水竜作戦時に迷宮日報を通じて多額の医療費を出した篤志家であるこの国の王子が推進するのだ。
国際的な世論も、作りやすかろう」