70.ちあんいじたい、ほんかくてこいれかいし。
「そりゃあいいですがね、王子。
そのかわり、前にお願いした事務員の斡旋の方、お願いしますよ」
「任せておけ。
こちらへの世話は、ギルドにも頼まれておるのでな。
まず、明日には数名確保してこちらに送るように手配をしているところだ」
「お願いします。
で……さっきの、商工会の見本置き場に出現した巨人制圧についてでしたっけ?」
「そう、それよ。
なんであのような場所にいきなりモンスターが出現するのか?
そもそも、ギルドの言い分を信じるならば、人通りが多い場所ほどモンスターの出現率が抑制されるというはなしではなかったのか?」
「一般原則としてはその通りなんですが、それも、あくまで傾向、であって絶対的な法則ではございません。
記録に残っている例こそ少ないながらも、今までに人が多く行き交う場所にいきなり出現してきたモンスターが皆無であったというわけでもなく……」
「可能性のはなしにすり替えてごまかすのか?
昼前にあった同時多発大量発生案件も色々と異例ではあったが、あのときもあれに似た巨人が衆人環視の中で複数の場所に同時に出現していると聞くぞ。
迷宮の中で、なんぞ起こっておるのではあるまいな?」
「……妙なところで鋭いな、この王子」
「なにか?」
「いえ。こっちのはなしで。
えーと……迷宮の中でなにか起こっているのではないか……という件につきましては、こちらからいえることは特にございません。
仮説に仮説を重ねた憶測ならありますが、証明のしようがないものですし日報の紙面を飾るには不適切であると判断します」
「……ふむ。
今の時点では、そういう態度を取るより他ないか。管制に取材して、妙に口を濁されてごまかされたし……。
では、さっきの巨人の件について、詳しく聞かせて貰おうか?」
「……といった次第でございます。
ごく短時間で鎮圧が出来ましたので、読み物としてまことに盛り上がりにかける展開となりましたが……」
「いや、それでよい。
第一、おぬしにとってはそれが日常であるのかも知れぬが、大多数の日報の読者にとってはわずうか数秒で巨人数名を相手に圧勝する冒険者の存在は十分に読む価値がある」
「そんなもんすかねぇ?」
「そんなもんだ。
では、余は帰って早速この記事をまとめることにする。
今から急げば次の入稿時間にギリギリ間に合いそうだからな。
おぬしと次に合うときは闘技場の件についてはなしあうことになろうな」
「ああ。お帰りになられますか?」
「では、さらばだ」
しゅん。
迷宮前広場。
「おい、ゼグス。
そんなところで分厚い本なんか読んでないでこっち来て肉食え肉!
食いきれないほど貰ってきたぞ!」
「さきほど十分に食べた。
それに、この本はルリーカからの借り物だ。
煙の匂いがつくと返すときに困る」
「ルリーカ……っていうと、あのちっこい魔女か?」
「ああ。
やはり、転移魔法くらい使えるようになっておかないと、なにかと不便だからな。
おれにも体内魔力とやらがあるようであるし、待機の時間を有効活用して少し本気でおぼえてみようかと……」
「なるほどなあ……って。
お前が魔法なんかおぼえてこれ以上の万能キャラになってどうすんだよ!」
「……万能、にはなれないだろうな。
付け焼き刃は所詮付け焼き刃、専門職には勝てぬ」
「そりゃあ、そうなんだろうが……今のままでも十分に万能だろうが! お前は!」
「そうか?」
『……お待たせしました。
これより、迷宮内探索事業の業務受付を再開いたしまます。
しばらくは受付窓口が混雑すると予想されますので、お急ぎでない方は時差申し込みにご協力ください……』
「お!」
「ようやく業務再開か」
「いくぞ」
迷宮内、警邏隊本部。
「というわけでしてぇ……」
「帝国大学の……リリス博士でございますか?
しかし、なんで帝国大学の学者先生が……」
「勅命でございますからぁ。
実はわたくし、副業でこういったお仕事もしておりましてぇ」
「……これは!
は……はじめて見るが、帝室影組の紋章……」
「帝国と事を構えてくないのなら、この件はくれぐれもこの場だけのご内密にお願いしまーすぅ。
上からは、こちらの薬物撲滅運動に関して、全面的に協力するように命じられているわけですけどぉ……」
「そ、そうですか……それは……重畳……と、いってよいのか……」
「とはいえ、こちらも別件を抱えて動いている身でございますから、協力こそさせていただきますが主導権はあくまでそちらの警邏隊で握り、こちらはそちらの指示に従う形を崩さないようにお願いいたしますぅ」
「は……はぁ。
では、そのような形で……まずは、現時点ではこちらで一切の手がかりを得ることが出来なかった、薬物を流通させている組織についての調査をお願い出来ればと……」
「そうですねえ。それが順当でしょうかぁ?
まずは、迷宮内に限定して、で、かまいませんわねん?」
「それで、お願いします。
こちらも、犬を使用した一斉捜索を近日中に開始する予定ですので」
「それで、こちらの小隊長さんはぁ?」
「軍上層部の意向を確認出来次第、王国各地に飛んでその手の組織についての調査を開始する予定でございます」
「あらん?
そこまで徹底的にやってしまうのん?」
「なにしろ、剣聖様のお声掛かりですから。
実のところ実際にやるのかどうかはまだまだ本決まりってわけではないんですが、あのお方はなにしろ強引なところがございますから、結局は誰もが押し切られるのではないかと」
「……そうねん。
あの人が裏で糸を引いているんなら、最後にはそうなってしまう公算が高いわけねん。
わかりましたぁ。
そのような心づもりで、こちらもしかるべき用意をしておきますわん」
迷宮内、治安維持隊本部。
「はい、こちらシナク。
今度はなんですか?」
『流石に、今回は緊急呼び出しではありません。
治安維持隊関連でいくつかの連絡と確認事項がありまして……』
「あ。
こっちに回ってきた書類には目を通していますよ」
『では、はなしが早いですね。
維持隊の増員候補者のリストが出来上がったのですが……』
「仮想文か書類で……いや、念のために両方でこちらに送付願います」
『了解しました。
このうち、本人の了解が取れてすぐにでも修練に参加させたい方が百五十名ほど確保できているのですが……』
「カスカ教官と剣聖様が修練場でさっそく研修を開始しています。
そちらに連絡を取って合流させるようにしてください」
『了解しました。
それから、事務員の手配の件なんですが……』
「王子にもお願いして明日から数名ほどこっちに入れてくれることになっていますが、何名いても人手が余るっていうことはありません。
手配がつくようでしたら何名でも受け入れますので、よろしくお願いします」
『わかりました。そのように手配します。
それから、内勤業務を統括する頭脳種族をそちらに派遣したいと思っているのですが?』
「それって、こちらの事務処理全般を見渡して指揮をしてくれるってことですか?
そういう人が来てくれるのなら、こちらも大いに助かります」
『では、早速そちらに向かうように手配します。
シナクさん、今、治安維持隊本部にいらっしゃるのですよね?』
「ええ。
他が出払っていますし、書き物も残っていますのでしばらくはここにいます」
『では、頭脳種族の方がそちらにいらしたら、打ち合わせなどについてはよろしくお願いします』