68.きんきゅうしゅつどう。
びぃー、びぃー、びぃー……。
「はい、シナクです。
また、なにかありましたか?
はい、はい。
……わかりました。
すぐに急行します。近くのナビズ族に座標を送ってください。
ちょうど今、修練所にいるところですので、ここにいる人たちを何名か引き連れて対処します。
武装した巨人が……今のところ、六体ですか?
ただし、場所が場所だから、例の新型術式みたいな派手な術式は使用できない。
はい。
あとは、現地に行ってから対応を考えます。
まあ、モンスターの人数と特徴からいっても、おれ一人で十分抑えられるものと思いますが……」
「また緊急出動か? シナクよ」
「商工会の見本置き場会場に巨人六体が出現。
外見からの特徴からして、今日、迷宮に出たやつと同じタイプらしいです」
(シナクー)(出来たよー)
「じゃ、行ってきますので。
リンナさんは予備戦力とか見学者とかをまとめてからお願いします」
しゅん。
迷宮内、商工会の見本置き場会場。
しゅん。
「おい! そこの歩哨組!
外来者の避難は済んだのか?」
「あ、はい!
避難誘導は、だいたい……あの、あなたは?」
「冒険者のシナク。
ギルドの要請でこっちに出現したモンスターを討伐しに来た」
「あなたが!」
「……いいから、とにかく人を近寄らせるなよ。
それと、君自身もさっさとさがってあいつらと距離を取って!
さて……と。
ちゃっちゃと片づけちまいましょうかねー……」
ひゅん。
「よっ」
ざっ。
「……え?」
ざくっ。ざっ。
「足を止めてないで! ここから離れろって!」
「は……はいっ!」
ぶおん。
ずしゃ。
「……相変わらず大振りだなあ、こいつら。
懐に飛び込んで、手足の腱を斬っていけば……簡単に無力化出来る」
「は……速い。
それに、あの足裁き……」
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。
「……ほい。制圧完了。
介錯は……どっか別のところに転移してからにした方がいいのか?
これ以上、ここで出血させると、掃除が大変そうだし……。
ええっと……あー。どうも、シナクです。
巨人六体の制圧、完了いたしました。
それで、ですねえ。
こいつら、今身動きできないように手足の腱を斬って転がしている状態なんですけど、最終的にどこで始末しますか?
今ここでこれ以上の出血をさせてしまうと、ええ、後始末が……。
あ。
今から専用の転移札を用意してこっちに来てくれますか?
ああ。
はいはい。
では、こちらでお待ちしています。
……ふぅ。
ん?」
パチパチ。
パチパチパチパチパチパチ。
「……ありゃ。
遠巻きにして見物していた外来者の人たちが……」
しゅん。
「おお、シナクよ。
もう片づけてしまったのか?」
「シナク教官。
修練に参加していた人たちへの、いい見本になると思っていましたのにぃ」
「いや……そんなことをいわれましても、被害が大きくなる前にこいつらを無力化するのが先決ですし……。
しかし……今まで、いきなりこんな場所に現れたモンスターもいなかったんだがな……」
迷宮内、作戦小会議室。
「……早速、現れてしましましたねー……」
「共用部に。
しかも、外来者が多い商工会の見本置き場に」
「モンスター発見と同時に避難誘導を開始したため、人的被害は皆無。
展示物への損害はそれなりに出た模様ですが、商工会からは弁済の必要はなしとのお言葉をいただきました。
どうやら……たまたま居合わせた人たちとの商談が予想よりもかなり有利に進んだようです」
「……モンスターを見たこともない人たちからみれば、ものの数秒で六体の巨人を地面に転がしたシナクさんの手際は、魔法かなにかのように見えたことでしょうね。
他の冒険者だったら、ここまで短時間で静かに制圧できたかどうか……」
「その意味ではよかったですよね、シナクさんの体が空いていて」
「その案件はそれでいいとして……。
とりあえず、不意打ちのようなモンスターの出現に備える必要は、今回の件で確認出来ましたね」
「治安維持隊の役割に追加、といったところでしょうか?」
「共用部を重点的に、巡回と歩哨業務。
薬害撲滅の捜査と見回り。
それをあわせて……常時千名以上が稼働できる体制を用意しておいた方が無難みたいですね」
「交代要員を含めると、千五百名くらいは欲しいところですか?」
「カスカ教官から、多国籍軍から流れてきた人のうち、戦闘技能を持ちながら探索業務に向かない人を振り分けてはどうかという提案がありました」
「いいですね。
カスカ教官や剣聖様もすでに人を集めて修練を開始しはじめたようですが、それ以外にもその条件に当てはまる人たちはまだまいると思います。
まずはそういう人たちをリストアップしていきましょう」
「では……ナビズ族さん。
こちらの仮想巻物に該当する方々の詳細を表示してくださいますか?」
迷宮内、修練所。
「さっきのは……いったいどうやって?」
「いや、だから。
手足の腱を片っ端から斬っていっただけだって……」
「簡単にいいますが、相手の攻撃をかいくぐって適切な攻撃を当て続けるのは至難の技でして」
「そんなもん、慣れですよ慣れ。
強いていえば、縮地術式の性質をよく理解して使いこなすことがコツといえますかねー……」
「……いやいや。
生半可な修練では、あれの真似は出来ぬと思うが……」
「同感です。剣聖様」
「とはいえ……ここいらにいる有象無象どもを、これからシナクの半分とはいかぬまでも三分の一くらいには使えるようにしなければならぬわけであるしな。
錯乱した武装冒険者だけではなく、あのようなモンスターも周囲への被害を最小に留めて無力化するとなると、これはかなりのスキルを要求されることになるぞ」
「シナク教官の真似は到底無理ですからぁ、常に数名で取り囲むように仕込むことになりますがぁ」
「それがいい。
まずは、安全確実に必要とされる任を果たすことこそが肝要であろう」
「ただ単にモンスターを倒せばいいというだけでしたらぁ、それこそ待機組を呼び込んで数に任せして始末すればいいだけですしねぇ」
「そこまでしたら、モンスターは始末できても後始末が大変なことになろう。
迷宮の未踏地区とは、事情が異なるのだ」
「まったくですぅ。
そのためにも、はやいところ、こちらの方々を多少なりとも使えるよういたしませんとぉ」
「そうだな。
では……修練中の諸君、全員集合だ!
これより修練を再開する!」
「迷宮内の治安維持に関しては、あの方々にお任せするとしまして……」
「われらは、薬物撲滅について詳細を詰めていくべきですな」
「ここからは、腹を割っていきましょう。
薬物を流通させている組織について、多少なりともなにかを掴んでいらっしゃいませんかね?
なにかしらの手がかりさえあれば、こちらとしてもやりようというものがあるのでございますが……」
「その心当たりがあれば、こちらも動きようがあるのであるがな。
どうも……今回は、これまでの地下組織を相手にしているときとは、かなり感触が異なるようだ。
薬物の被害にあった人間や流通している薬物そのものを発見することはあっても、背後にいるやつらに届くまでの証拠がまるで集まらない」
「かけらも……で、ございますか?」
「かけらも、だ。
今回のような例は、こちらとしても初めてのことでない。
正直なところをいえば、かなり戸惑っている」
「では……周辺地域の……いや、王国中の薬物を扱っている組織を、片っ端から潰していけばいいではないか」
「……剣聖様……」
「そこの警部とやら。
察するところ、おぬしは迷宮内の薬害撲滅活動に際し、それなり裁量権を与えられているのだろう。
つまり、名分はある。
必要な兵隊は、こちらで揃えることが可能だ。
王国中のおもだった地下組織に一斉に手入れをすれば、迷宮へ流れ込む薬物も自然と抑制することが出来る道理よ」