65.いぬのおまわりさん。
「それで、いながらにして遠くの者と連絡がつくのですか?」
「文章ならば、ね。
音声通話は、今のところ管制所と冒険者の間でしか出来ません」
「……はー……。
そんなアイテムが余所でも普及すれば、かなり便利な世の中になりますな」
「使用に際し、魔力を必要といたしますので、さきほどもいったようにこの機能は迷宮の中でしか使用できません。
それに、迷宮内での文書の送配なら、トトライダーのメッセンジャーに申しつければいくらもしないうちに届きますよ」
「あの、ケバケバしい色合いの鳥モドキに乗った子どもたちのことですか?」
「やつらの給金は基本、ギルド持ちで利用料金を別に負担する必要はありませんが、定期的に小遣い銭程度のチップでも渡しておけば、一日に二、三度、こちらにご用聞きに来るようになります。
最近では書類のやりとりもずいぶん多くなりましたから、やつらもかなり儲けているんじゃないかな?」
「……なるほど。
あまり重要ではない案件については、書類のやりとりだけで済ませることも出来るわけですか」
「ギルドもこれだけの規模になってきますと、口頭での指示だけでは回らなくなってきますからね。
その他、王都へ書状などを送付する際には、ギルドが向こう宛の荷を送る際、便乗して一緒に送って貰えばかなり割安で時間もかからず送ることが出来ます。
一日……今、四回だったけか?
とにかく、定期で一括転送する便がありますので……詳しいことは案内所か管制所でお尋ねください」
「はぁ……。
いや、非常に参考になります。
こちらは……王都などよりも色々な面で進んでいるようですな」
「特殊な環境ですからね、迷宮は。
今となっては、他の場所とはかなり違って来てしまいましたが」
「本題に戻っていいか?
実際の捜査活動の際、こちらが負担すべき作業についてなのだが……」
「あ。
はい。
捜査活動といいましても、犬の数もそろっていないことですし、最初のうちは人が集まる場所や荷捌き所の警戒を中心に進めていくことを考えています」
「その、犬というのは……どれほどの距離から薬物の匂いを嗅ぎ分けられるものなのだ?」
「どれくらい……といっても、説明が難しいおころなのですが……迷宮前広場と入り口付近、それに管制所周りを常時五頭で警戒する予定です」
「あの広さを、たった五頭でカバーできるのか?」
「うちの犬たちは一度目当ての匂いを嗅ぎつけたら、どこまでも食らいついていきますからね」
「で……実際に、薬物の匂いをつけていた者を発見したら、こちらで用意した冒険者たちに取り押さえさせれば良いのだな?」
「それがよろしいかと。
王都から来た警邏隊が取り押さえるよりは、こちらの人たちが取り押さえる方がまだしも反感が少なくなるでしょうしね。
首尾よく目当ての人物を確保できたら、尋問などはこちらにお任せください」
「それは、無論。
そもそも、こちらには尋問のスキルを持つ者がおらんしな。
ただ……ギルドの者が、尋問の内容を知りたがるかも知れぬな」
「……こういってはなんですが、かなり、見苦しいですよ。
警邏隊は、薬物被害の根絶については本気で取り組んでいます。容疑者の人権よりは、流通組織の壊滅の方を望んでいる。情報の入手に関しても、なりふりは構っていられない」
「わかっておる。
しかし、こちらもそれなりに事態を深刻に受け止めておる。
実際の人的被害も怖いが、それ以上にうちのギルドは奇麗事が大好きでな」
「民事さんの方から、いろいろ噂は聞き及んでいますよ。冒険者同士の諍いにわざわざ干渉をしたギルドは、この王国でも初めてでしたしね。あのときは王都でも、かなり噂になりました。
……どうします? 警部」
「いいでしょう。
尋問の際、見学を望む方があるようであれば、可能な限り許可する方向で検討しましょう」
「そういってもらえると、ありがたい。
あとは……荷捌き所、か。
人が集まる場所と荷捌き所を監視しても、転移魔法を活用すればどこからでも、どこへでも、薬物を運べるわけだが?」
「それは、もちろん考慮しています。しかし、まるで監視をしないよりは、する方がいい。
その場で検挙出来ないにしても、牽制と予防にはなります。
いくつかある荷捌き所も、三頭づつの犬を常時配置します。量的なことを考えるとひとつひとつの荷を改めることは不可能ですが、常に荷捌き所に犬がいる体制になれば、薬物の流通もかなりの遮断できる。
とにかく、まずはおおっぴらに薬物が持ち込み難い体制を作ることが肝心です」
「すると……休憩させる頭数なども考えるあわせると、犬の数が足りなくなりはせぬのか?」
「今日届いたのは二十頭ですが、王国中から続々と追加が来ますよ。
調練が終わっていないのまで含めると、最終的にはあと五十頭は来る予定です。
こちらで繁殖を行うことも考えておりますし、最終的には数が足りなくなるということはまずないはずです。
あとは、外来者が多い共用部にも何頭か配置して……」
「残りが、捜査に回るわけか」
「その予定です。
犬とそちらの方々、体制が整ったあかつきには、定期的に迷宮内をくまなく捜査するのがよろしいでしょう。
こういうのは、一度や二度、突発的に行っても意味がありません。この迷宮内で違法な薬物の存在と使用を絶対に認めないという意志を、誰にでも理解できるように明示して、取り締まりも実際に行う。
それくらいしませんと、根絶は難しい」
「専門家は、そちらの方だ。
こちらとしては、そちらの判断に従うしかないな」
「ご協力、感謝します。
正直にいいますと……王都でもこれほどよい条件で捜査活動を行えることはほとんどありません。
周囲が協力的でないということもありますが……その、予算とか権限とか、色々としがらみがありますものでして。
警邏隊も、その、役人の一種でしかないわけで……」
「どんな仕事にも、それぞれに苦労はあろう。
それで、警戒すべき場所に配置する犬の方はそれでよいとして、別に捜査活動を行う犬の方だが、随行する人員はどれほどと考えればいいのだろうか?」
「通常であれば、犬二頭と調練士二名が最低の編成になります。
それ以外に、捜査には直接関わらない、しかし、いざ容疑者を確定したらその者を取り押さえる人員が何名か必要となります。
うちの犬たちも、調練士が合図すれば、容疑者の手足を噛んで取り押さえるよう、調練は施してありますが……」
「犬二頭と調練士二名、それに、こちらから冒険者五名か六名ほどをつけておけばいいのか?」
「とりあえずは、それで十分かと。
ただし、その何割かは女性の方が好ましいかと思います」
「現在稼働している冒険者のうち、三割ほどが女性だ。自然と、幾分かは女性になるはずであるが……。
女性がいないと、なにか不都合が?」
「捜査には、女性も男性もありあせん。
こちらには、不都合はないのですが……でも、捜査をする範囲内に、女性の方が都合がよい場所がそれなりにあるのではないのでしょうか?
宿舎とか、浴室とか、厠とか……。
うちの教練士も、四割ほどは女性になっております」
「あ……ああ。
その通りであるな」
「捜査の性質上しかたがないとはいえ、なにぶん、私的な空間に犬をつれてづかづか乗り込んでいく仕事なわけですからね。
疎まれるのには慣れていますが、だからってまるで配慮なしでいるよりは……」
「……確かに。
配慮も、しないよりはしておいた方がよかろう」