63.まつりのあと。
ギルド本部。
「同時多発案件の、その後の推移については?」
「現在、ほぼ収束に向かっているそうです。
ただ、問題点がいくつか。
特に初期の混乱時に少なからぬ負傷者が出たこと、それにより医薬品の不足にさらに拍車がかかることになります。
寝台については容態が落ち着いて母国に帰っっていった多国籍軍兵士たちの分が空きはじめていたので、不足することはないと思いますし、医療従事者に関しましても水竜作戦に備えて集めた方々がまだ大勢残っていらっしゃるので、まず問題はないかと。
それと……」
「まだなにか、あるのですか?」
「おそらく、これが一番の重要事になるかと思うのですが……。
今回の件で、これまでの経験則を逸脱する事例が報告されております。
ことによると、迷宮の攻略法を根本から揺るがされるような事態になるかもしれません。
これまでのモンスターは、迷宮の奥で出現して出口へと向かってくるものでした。今までの報告を参照する限り、例外はありません。
しかし、今回、巨人たちは同時多発敵に大量発生したモンスターに対処する冒険者たちの背後にいきなり出現しています。冒険者たちよりも出口に近い位置に、です。
それに、巨人たちが出現すべき場所とタイミングを計ったように選択したように見えることも気にかかります」
「……何者かの意志が介在している、と?」
「そう考えた方が、自然だと思います。
迷宮そのものの意志なのか、それとも別の何者かがこちらに干渉を行いはじめたのか、そこまではなんとも判断できかねる状況なわけですが……」
「いずれにせよ、微妙にルールが変わった……というわけですね。
その何者かが、迷宮の内外を問わず、どこへでも自由にモンスターを出現させることが可能だとすれば、これまでに蓄積してきたギルドの方法論は無意味になります。
共用部をはじめとして安全圏として設定された場所にいきなり強大なモンスターが出現するようになったら、かなりの被害を覚悟しなければならなくなりますし、対外的なギルドの信用も大きく損なわれます」
「今回の件で一番の問題点は、結局はそこにつきるかと」
「……これについては……どうにもわたしたちの手には余る問題のようですね。
連絡を取って、今夜にでも塔の魔女さんにでも相談してみることにいたしましょう。
それ以外の対処法を思いつきません」
「それでは、次に王国警邏隊から、薬物関連の捜査活動をいつから初めてよいのかという問い合わせが届いております。
彼らの希望としては、明日からでも開始したいようですが……」
迷宮内、管制所。
「現在の大量発生案件数、六……五……四……」
「……もう、大丈夫のようですね?
現在、待機している人たちは普段の人数のみを残して解散、通常業務に戻るように伝えてさせてください。
その際、貸与した新型術式の回収も忘れないように。
あれについては使用条件その他、性能以外の部分でまだまだ詰めなければならない部分が残っていますので、このまま使わせるわけにはいきません」
「……モンスターの討伐数が、凄いことになっていますね。
一人頭、五百とか千のオーダーがごろごろしています。それも、ベテランの冒険者ばかりではなく、迷宮に入るようになってから日が浅い人たちもかなりの成績を収めています」
「数多くの魔法兵が参加していますし、貸与した新型術式の成果もあるのでしょう。
それに、お相手のモンスターが大量に発生しているのですから、それぐらいのオーダーにはなるかと……。
はぁ。
この件も、後始末が大変そうですね。
魔王軍を相手にしたとき以来の大仕事になりそうです」
「モンスターの死体に関しては、片っ端からナビズ族が転移札を貼りまくっているそうですが、一時置き場がもう満杯だそうです」
「……急ぎ、空いている部屋をいくつか確保してそこに転送するように手配してください。
その部屋が満杯になったら、魔法使いの人たちにお願いしてまとめて凍らせてしまいましょう。
モンスターの死体を処理するための人手も有限です。一度にこんな大量のモンスターを処理することは、現在のギルドの体制では事実上不可能です」
「とりあえず、凍らせて先送りですね?
それでもかなりの余剰が出ることとみこまれますが……」
「町の人たちが希望するのなら、まとめて上げちゃってください。
それと、渉外さんにも連絡して、欲しい人にはどんどんあげちゃいましょう。
加工作業を自分たちで負担してくださるのなら、誰にでも無料で差し上げますよ。どのみち、こちらではすぐには処理できないわけですし……」
「お裾分けですか。これだけの大漁ですし、たまにはいいかも知れませんね」
「水竜作戦の際に、ギルドに対して悪感情を持った国々も決して少なくはないそうです。こんなことで人気取りの代わりになるとも思えませんが、こちらの懐が痛まない限りには大盤振る舞いをしてもいんじゃないでしょうか?
絶対的に食料が不足している地域もまだまだ多いわけですし……」
「そういう地域でうちのギルドの聞こえが良くなれば、長い目で見れば徳になりますか?」
「なると……いいんですけどね」
迷宮内、某所。
「ふぅ。
こちら、シナク。
管制、次は、どこに行けばいい?」
『シナクさん、お疲れさまです。
事態はほぼ収束に向かっています。
現在交戦中の場所も、すでに手助けが参入していますので、これ以上、シナクさんの手は借りなくても済むようです。
そのまま帰投して通常業務にお戻りください』
「……了解。
やれやれ、終わったか。
しかし……いつもの大量発生とは、かなり勝手が違っていたな……」
迷宮内、入り口付近。
「……うわっ!
人、人、人。
混雑がひでえな、おい。
魔王軍騒ぎの直後を思い出すぜ。今回は動ける冒険者がほぼ全員参加したってはなしだから、これくらいにはなるのか。
……こりゃ、共同浴場なんかはもうあふれかえっているだろうな……。
しゃあない。
着替えだけして、治安維持隊の本部に戻るか。
あそこなら関係者以外誰も入ってこないし、少しは落ち着けるだろう」
迷宮内、射撃場併設合宿所。
「シナクさん、お疲れ様です」
「あ、どうも。イオリスさん」
「今回も大変だったそうですね。
迷宮探索事業がはじまって以来の大量動員だとか……」
「魔王軍を相手にしていたときと比較しても、人数が増えていますからね。
相手のモンスターがあまり強力なのがいなかったこともあって、今回は楽に対処できましたよ」
「そりゃ、シナクさんなら対外のモンスターは楽に対処できるんでしょうけど……」
「いや、そういう意味ではなく、新型術式もあったしこっちも大勢いたりで、一人頭の負担は以前と比較してかなり軽減されていたと思いますよ。全般的に」
「着替えに戻ったんですか?」
「ええ。
見ての通り、全身に返り血を浴びていますので……こちらの浴室も?」
「すでに満杯で、順番待ちの列が出来てます」
「考えることはみな同じ、か。
ま、着替えて汗だけでも拭いてきますよ」
「帰りに厨房に寄ってくださいね。
ギルドから無料のお肉がいっぱい届いたんで、こちらでも肉料理の無料サービスを行っておりますのでー」
「はいはい。
着替えたらすぐに別の場所に移動するんで、テイクアウト出来るのをお願いします」
「はいー。
用意しておきますー」
「……予想してはいたが、こっちもすでに満杯状態か。
みんな、祭りの後の、興奮さめやらぬ状態なんだろうな」




