58.とんでももんどう。
しゅん。
「よっ」
「……おい……」
「なかなか面白そうなことになっているじゃないか。
どれどれ。
その報告書というやつを読ませてみろ」
「その前にその無駄に重い脂肪の塊おれの頭の上からどけろ!」
「無駄に重いからお前さんの下支えを必要とするんだ。ま、これを読んだら退く。
おー。
素人考えにしては、いい線いっているな。
これ、お前さんが自分で考えたのか?」
「ああ、そうだよ!
悪いか全裸!」
「いや、悪くない。
決定的なところで論拠に欠けているのが難点ではあるがな。
こういうのは相手のしっぽを実際に掴むまでは、仮説を証明することが難しいからな」
「塔の魔女さん、おひさしぶりです」
「ん。
ああ、水竜作戦のときの司令官やってたやつか。
どうもあれ以来、迷宮内に出歩いていると以前にもまして他人がわたしの顔をじろじろと睨んでくるのでな。
こうした隠れ家でなければお忍びで歩くこともままならない」
「それはいいんですが……先ほどから感心しているのは……」
「ああ。この、抱き枕の報告書にあった仮説とやらだな。
迷宮内に薬物をばらまいているのは、迷宮内から来た未知の知的種族によるギルドへの攻撃ではないのか、っていうやつ。
いいぞ、うん。
こういうぶっとんだ発想のトンデモ仮説は大好物だ」
「トンデモいうなぁっ!」
「思いつきだけで具体的な論拠がないのは確かなこったろ?
ただ、ではないか、で終わってその先がないあたり、まだまだ踏み込みが浅いな」
「その先……って?」
「その、未知の知的種族とやらは、なぜギルドを攻撃しようと思ったのか。その動機とかについての考察が甘い。というか、ほとんどない」
「動機、って……そりゃ、単純に、邪魔だったからだろう?」
「どうして邪魔になるんだ?」
「その……放置しておけば、ずんずん、迷宮の奥にまで手を伸ばしてくるから」
「迷宮の奥深くにまで入り込んでいくと邪魔に感じる何者か、とは、つまりはどんなやつなんだ?」
「ええっと……いくつか、考えられるな」
「順番に、列挙してみろ」
「まずは……迷宮の内部そのものを生活圏やテリトリーと見なしている場合。
次に、ギルドが今やっているように、迷宮内の探索の対象としている場合。
……あれ?
こんだけか。
もっと色々なパターンが、あるような気がしたんだが……」
「原住民説と、競争相手説だな。
では、迷宮の奥深くにまで入り込んでいくと邪魔に感じる何者、という条件をはずす。
無条件に、ギルドや冒険者の探索業務を阻害しようとする者を、何種類か思いつく限り列挙してみよ」
「まず、ギルドや冒険者がうまくやっていることが気にくわないやつ。
ギルドや冒険者が失敗をすれば儲けられるやつ。
あと……ギルドや冒険者とかには関心はないが、特定の個人を恨んでいて、そいつに被害を与えるために薬物をばらまいたりすることも……」
「最初のが感情的な反発説。次のが利害の不一致説。最後のは、怨恨による犯行のとばっちり説。
まだないか?」
「ええ……っと。
ああ。
肝心なのを忘れてた。
迷宮そのものないしは迷宮メーカーによる妨害。
モンスターの出現率が何者かに操作されている節があるのと同じ」
「ゲームメーカーないしはゲーマスターによる難易度調整説だな。
それを、忘れてはいけない。
で、今までに原住民説、競争相手説、感情的な反発説。利害の不一致説。怨恨による犯行のとばっちり説。ゲームメーカーないしはゲーマスターによる難易度調整説。
と六通りの犯人像が出てきたわけだが……」
「塔の魔女さん。
もうひとつ、肝心なのが欠けています。
外部の地下組織によって薬物が持ち込まれた場合。
これは、ギルドや冒険者については無関心で、単に景気がよさそうな場所に目をつけて浸透させようと試みていることになるわけですが……今まで出てきた中では一番無理がない犯人像になるかと思います」
「外部の組織的犯行説が追加。
これで、全部で七通りの仮説が出たわけだが、本命はこのうちのどれだと思う?」
「……わかんねーよ。
いきなりそんなこといわれても。
一番常識的なのはレニーが出した外部の組織的犯行説になるわけだけど。
現に、警邏隊もその線で捜査を進めるみたいだし……ただ、これだと流入ルートに関する証拠がまるで掴めていないという疑問が残る。
今の迷宮内は、そこかしこにナビズ族がいる。やつらの耳目を避けて大がかりな取引を行おうとするのは、事実上不可能に近い。
ただの地下組織にそんな真似が出来るか?」
「それで、未知の知的種族などというトンデモ説に飛びついたのか。
なんかわからないことがあったらすべて未知の種族の未知の魔法やらなんやらのせいにしておけば合理的な説明をする必要がないからな」
「あんた……わざと、嫌味ないいかたをしていないか?」
「……そんなことはないぞ。
事実、なかなかお前さんのトンデモ仮説もなかなかいい線をいっていると思っているし。
ただな。
せっかくここまで来たんだ、どうせならもっと突っ込んで捜査活動をしてみろと助言をしたくなってな。
もしかしたら、迷宮の今までには知られていない顔が見えてくるかも知れない。来ないかも知れない」
「おい全裸。
あんた、思わせぶりなことをいって、なにかをごまかそうとしてないか?」
「だから、そんなことはないってば。
そうだな。
もうひとつ、助言をしておくならば……捜査活動に入る前に、あの猫耳を引き入れていたおいた方がいいな、うん。
あれの能力は……いや、存在自体が、極めて特殊だ。
あれに単なるウェイトレスだけをやらせておくのは、極めて勿体ない」
「……あの、ぽやぽやーっとしたのに捜査活動なんてハードな仕事が向いているとも思わないのだが……」
「ぽやぽやーはともかく、あれの特性を有効活用すれば、世界だって征服できるくらいの代物だ。
そのことを忘れるんじゃないぞ」
迷宮内、羊蹄亭支店、厨房。
「……くしゅんっ!」
「どうした? 風邪か?」
「寒気とかはしていないから、たぶん違うと思います。
……なんなんでしょうね?」
「おれに聞かれてもな。
よし。
今夜のお客もだいぶ退けてきたから、今日はもうあがっていいぞ。
今日は昼間っからぶっ続けだったしな」
「あ。はい。
どうも、ありがとうございます。
それではまた明日に……」
しゅん。
「……いつまでたっても、あのいきなりぱっと消えていくのには慣れないもんだな」
迷宮内、試射場併設合宿所、最上階秘密会議室。
しゅん。
「あら。みなさんお揃いで。
……なんなんですか?
みなさんで、わたくしの顔をじろじろ見て……」
「……これが、本当にそんなご大層なもんなのか?」
「他人を指ささないでください、シナクさん」
「すまんな。
ちょっと動転してて」
「動転……ですか?」
「ああ。
この全裸がな。
あんたを捜査活動に組み入れろと、そういってきたんだ」
「塔の魔女さんが? わたくしを?」
「なんでも、秘められた能力だか資質だかがあるらしい」
「まあ、なんということでしょう!
冒険者になることはみなさまの強烈な反対に遭い断念いたしましたが……」
「いや、だって、ミルレイ。
あんた、この全裸といい勝負の運動音痴だろ?
そこまでどんくさいやつに冒険者は向かない」
「……失礼なことを平気でいいますね」
「……失礼なやつだな」
「事実だろ?
で……これが、ねえ。
本当に役に立つものなのか?」
「ま、使いようによってはな。
具体的なところは、少しは自分で考えろ」