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57.ほうこくとぶんせき。

 迷宮内、羊蹄亭支店。

「ん?」

「どうした?」

「仮想文が届いた。

 こんな半端な時間に、誰からかな……と。

 お。

 ティリ様だ。

 なになに……皇帝様が合宿所の最上階で待っているから、早く来いってさ」

「帝国軍の本隊は帰ったというのに、まだいたのか?」

「……本隊が来る何日も前に、お忍びでこっちに来る人ですからね。

 この店もぼちぼち込んできたし、河岸を変えましょうかね」


 迷宮内、射撃場併設合宿場、最上階秘密会議室。

「おお。来たか、ぼっち王。

 まあ、こちらに来て座れ。

 なに、先ほどから剣聖殿みずから過去の武勲について承っていたところでな」

「遅いぞ、シナク。

 いったいどこで油を売っていた!」

「……なんか、見ていて不安になる組み合わせだ」

「「……なにかいったか?」」

「いえ、なにも」

「それで、実際のところなにをやっていたのだ? あれから」

「あー……。

 なに、と、いわれましても……お仕事ですよお仕事。

 今日のまとめとか今後の課題とか、ギルドへの報告書とかを羊蹄亭で書いてました」

「酒場でそんなクソ面白くないことをやっておったのか。

 相変わらず野暮なやつだ」

「酒場といっても、おれ、あまり飲めませんからね。

 適量以上飲むとすぐに寝ちゃいますし」

「それを野暮だというのだ。

 どれどれ、貸してみよ……むむ。

 分かり切ったことしか書いてないではないか!」

「報告書というのは、えしてそうしたものですよ、剣聖様。

 当事者には分かり切ったことを、まったく別の仕事に就いている人にも理解できるようにまとめて読めるようにするのが肝心なんです」

「くだらんな! 実にくだらん!

 もっとこう、血脇肉踊るような報告書は書けないものか!」

「……これから警邏隊と歩調を合わせていこうという時期から、そんなに多事多難だとこっちの身が持ちません。

 それに、おれとしては変に事が荒れるよりも平穏無事名馬、このままなにも起きないくらいの方が楽が出来ていいとさえ思っていますが……」

「ということは……楽が出来るとは思っていないわけだ」

「残念ながら。

 普通の捜査活動でも、こんちは専門外ですから慣れないうちは大変だと思いますが……場合によっては、それ以上の困難に遭遇することもあり得ると考えております」

「……これだな。

 なになに……迷宮内あるいは別世界の知的生命体による攪乱ないしは妨害工作の可能性について……だと?

 ……ずいぶん、突拍子もないことを考えるな、シナクよ。

 これは、おぬし一人で思いついたのか?」

「ルリーカと話し合っているうちに、そういうこともあり得るかなーって……もちろん、確信はまるでありません。

 あくまで、そういう可能性があるってだけのことでして……」

「警邏隊のやつらにはしばらく伏せておいた方がよかろうな。

 ああいう職種のやつらは、たいがい頭が固いものだし、迷宮がどのような場所であるかもよくわかっていない。

 こんな線を知らなくとも、しばらく通常の捜索活動に邁進しておればよいのだ。

 あまりにも不自然な状態が長く続き、自分たちの見識によって強い疑念を持つようになってからならば、問題はなかろうが……」

「今の段階で相談しても、こちらの正気を疑われるだけでしょうね」

「そういうことだな。

 しかし……そうか。

 迷宮内のことでなら、そのような線も考えられるのか……」

「いずれにせよ、しばらくは、警邏隊と歩調を合わせて普通の捜査活動に専念するだけですよ。

 犬を使って薬物を探し出す。

 中毒患者や流通に関わっている者を捕縛する。尋問する。

 そうした地道な活動をおろそかにせず、黙々とやっていく。

 ただそれだけも、薬物被害はそれなりに軽減出来るはずです。

 人数こそ増えましたが、実際に人が出入りしている領域は迷宮内でもかなり限られた空間です。虱潰しに当たっていけば、それなりの成果は上げられるはずです」

「……やあやあ。

 みなさん、お揃いで」

「おや!

 今夜は皇帝様や剣聖様もおいでだね!」

「レニーとコニスか。

 お前ら、今なにやってるの?」

「ぼくは、待機組の指揮ですね」

「わたしは破壊工作班の指揮だよ!」

「待機組はともかく……破壊工作ってのは、なんだよ?」

「迷宮の特定部位を破壊すると、どうやらモンスターの出没を抑制できそうだっていうはなしなんだね!

 まだまだ実証実験段階で、確かな結論は出ていないんだけど!」

「マジか?

 だとすると……これ以上の探索作業が、無用になるわけか?」

「そううまく行けばいいんですけどね。

 今の時点では、ここにこれだけ風穴を開けたから特定種別のモンスターがいくらか減ったかな……という感触を得ている段階でして、それもまだ実験を開始してから日が浅いですから、なんらかの結果が得られたとしても偶然かも知れませんし……」

「成果も、まだ確定ではないってことか?」

「ええ。

 それに、迷宮の方がこちらの工作に対してなんたかの対応をしてくるかも知れませんし……」

「……迷宮がそんなことをするんだったら、それこそ鼬ごっこだ。

 いつまでたっても攻略なんて終わりやしねえ」

「そうですね。

 ただ、迷宮の隘路の形状になんらかの意味があると確定すれば、それだけでも価値はあるかと。

 根気よく迷宮を壊していけば、迷宮を迷宮たらしめているコアな領域をいずれ見つけられるのかも知れませんし……」

「それもまた、気が長いはなしだな」

「まったくです。

 そんなわけで迷宮の全容を知るまでにはまだまだ時間がかかりそうですから、ぼくらの仕事は当分尽きそうもありませんね」

「いいことなのか、悪いことなのか」

「いいことなんでしょうね、どちらかといえば。

 ぼくらは報酬をいただけますし、他の方たちにとっても、ぼくらが頑張っている間はモンスターが迷宮から溢れてくることを憂慮しなくてすむわけでし」

「何万単位の冒険者とそれに数倍するバックアップ人員に支えられた平穏、か……」

「水竜作戦は、こういってはなんですが、迷宮から出現するモンスターの恐ろしさを、迷宮に対してそれまであまり関心を持たなかった人たちにも、かなり広く知らしめました。

 あれのおかげで、こちらのギルドや冒険者のことを軽視する風潮は一掃されたといってもいい」

「軽視なんかされてたのか?」

「あくまで、一部で、ね。

 大したことのないモンスターを相手に大騒ぎして、ここのギルドや冒険者が王国からがっぽりと補助金をせしめている……とかいう人も、一部にはいらっしゃいましたね」

「詐欺みたいなもんだと思っていたのか!

 ……実際にもそうだったら、かなり平和だったんだけんどな」

「ですよね。

 現実の迷宮は、遙かに殺伐としているわけですが」

「場慣れすればリスクはいくらか軽減できるけど、基本的には殺すか殺されるかの毎日だもんな」

「これからは、迷宮の現実ももっと正確に伝わっていくことと思いますよ。

 日報もかなり外にバラ蒔かれていますし、それに多国籍軍の人たちがそれぞれのお国に見聞してきたことを伝えるでしょうし……」

「それがいいことなのか悪いことなのかはわからないけど、ギルドは歓迎するんだろうな」

「実態を正しく把握して貰えば、各種交渉もやりやすくなるでしょうしね。

 ちょうど今も、一気に増えすぎた負傷者と人員が必要とする物資を巡って、色々と交渉しているところだと思いますし」

「……ギルドの人たちも苦労するよなあ、色々と。

 あ。

 そうだ。

 せっかくここに皇帝様がいらっしゃるんだから、駄目元で頼んでみるか。

 今、迷宮内での薬害を一掃する準備を進めているところなんですが、帝国の人たちにもご協力いただくよう、お口添えをしていただけませんかね?

 帝国も迷宮内において一定の権益をお持ちのはずだ。

 ここにきて、くだらない薬物なんかにひっかき回されるのも、面白くはないと思いますが……」

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