52.げんしてきなそうごりかいほう。
迷宮内、某所。
びぃー、びぃー、びぃー……。
「はい。シナクです。
またなんかありましたか?」
『シナクさん、今、どこですか?』
「ちょっと、軍籍冒険者たちの責任者、グリハム小隊長に面会してきて、その帰りになりますけど……」
『本日……これまで、滅多になかったことですが、迷宮内部での冒険者同士の衝突が多くなっています』
「衝突?
パーティメンバー同士が喧嘩してるってことですか?」
『平たくいえば、そういうことです。
それも、一件や二件ではなく、同時多発的に何件も……。
今、治安維持隊の本部の方には?』
「ええっと……おれとリンナさんは外出中だから……。
ああ。そうだ。
カスカ教官と剣聖様、それにバッカスが、今後の教育方針を詰めるために留守番していたな」
『そうですか!
それは、不幸中の幸いです!
その三人ならば、興奮した冒険者の人たちも余裕で取り押さえられますね!』
「可能か不可能かでいったら、よほどの相手でなければ可能だろうけど……。
でも、人には適性ってものがあって……」
『では、トラブルが生じたパーティには、全員、脱出札を使用して一度外に出るように指導することにします!』
「……あっ!
ちょっと……。
って、通信、切っちゃったよ、おい……。
しかし、パーティ内での内輪揉め、多発……か。
……ナビズ族にパーティ構成員のマッチングをやらせたのが、裏目に出たかなあ……」
(なんかー)(間違えたー)
「いや、お前らのミスではないな。
能力のパラメータだけを重視してその他の要因についてあまり考慮しなかった、おれの判断ミスだ」
(難しいねー)(人間ってー)
「まったくだ。
……おれも、脱出札を使うか」
迷宮、出入り口付近。
しゅん。
「やれやれー!」
「騎士の根性をみせてみろー!」
「ダブズル!
手前ぇ、そんなのにやられたら元魔王軍兵士の名折れだぞー!」
「ぶん殴れー!」
「なんだ、なんだ。この騒ぎは。
こいつらは……まあ、今の時間にこんなところにたむろしているってことは、待機組の連中なんだろうけど……」
『……F級大量発生を確認しました。
出入り口付近に待機している冒険者の方は、ギルド職員の指示に従い、前から順番に二百名ほど転移陣までお進みください。
繰り返します……』
「なんだ、今回はF級か」
「最近、小規模のが頻発する傾向にあるな」
「ち。いいところで」
「喧嘩よりも仕事が優先だろ。いくぞ」
ぞろぞろぞろ。
「……やっぱり、待機組だったか。
さて、人が少しまばらになったところで……。
ちょと、前を通させてくださいねー、っと……」
「なんだ、シナク。
遅かったではないか」
「剣聖様。
なんなんですか? この騒ぎは?」
「どうもこうもあるか。
迷宮に入ってまでくだらぬ意地の張り合いをしておるから、見ての通り、ここでとことん話し合えと推奨してやった」
「……話し合いは話し合いでも、拳を使った話し合いですか?」
「相互理解のためには一番手っ取り早い方法であろう。
そっちが、元魔王軍の冒険者のダブズル、それで、こっちがムルキク王国騎士団所属のズラツラ。
いや、逆だったかな?
はははは。
双方、いやというほど顔が腫れ上がっているから、今となっては見分けがつかぬわっ!」
「……いや、あの……。
今さらいってもしょうがないんですけど……こういう解決方法ってのも……」
「そうはいうがな、シナクよ。
こやつらは仕事中に、それも命がかかった迷宮内での探索作業中に、自分の立場よりも感情を重視して仲間の命を危機に晒したという罪をすでに犯している。
いがみ合いたければ存分にいがみ合えばよいのだ。
しかし、その感情を仕事に持ち込んで仲間の命を危うくしてよいという道理はない。
それに、なに。
双方武器は取り上げて、素手でやり合うよう、し向けておる。いくらやりあっても当人が痛い思いをするだけで、大事には至るまい。
これくらい痛い目をみても罰としてはまだ釣り合わぬ」
「ご高説についての是非は、ここではコメントいたしませんが……。
結局、今日多発しているとかいう喧嘩の原因は、いったいなんなんです?」
「実に下らぬことでな。
騎士とか高貴なる身分の自分たちが、下々の者の指示に従うのが気に食わぬと、このような御託を口にして他のパーティーメンバーを自分の支配下に置こうとした。
そうした愚者が多かったということだな」
「ああ……そりゃ、救いようがない。
昨日今日迷宮に来た人たちよりも、他の冒険者の方が迷宮について詳しいのは当然のことだろうに……」
「おぬしも、そう思うであろう?
下に見積もられた冒険者たちは当然、反発した。迷宮内で素人のいうことを鵜呑みにして行動していたら、命なぞいくらあっても足りぬ。
やつらは、自分の意地を通すために自分と他人の命を危険に晒そうとしたのだ」
「……それで、ぶつかり合っているやつらに直接拳で語り合いをさせたってわけですか?」
「ああ。
体で判断すればよいのだ。
おのれが見下そうとした者たちが、本当に無力な存在であるのかをな。
あの手の馬鹿は、いくら理屈を並べて道理を説こうとも、自分の考えを改めようとせぬ固陋さがあるからな」
「そういうことなら、まあ……少々、いや、かなり荒っぽいけど、こういう方法もありですか。
でも……剣聖様。
今の時点でこの方法を選択するにあたっては、ひとつ、重要な欠陥が存在します」
「……シナクよ。
なんだ、それは?」
「水竜作戦直後の今、医薬品は極端に不足しております。
たかが傷薬ひとつといえど、こんな些事の後始末のために浪費するのは、あまりにももったいない」
「……あ……」
「まあ……動けなくなったら、水でもぶっかけてから消毒して、腫れたところを冷やしておきましょう」
「……そう……であるな。
それくらいなら……」
「その後で、しばらくして落ち着いたら、問題起こした高貴な方たちを集め、まとめて修練所に送りましょう。
あくまで本人に、まだ冒険者を続けたいという意志があるのなら、のはなしになりますが」
「……妥当な線であるな」
迷宮内、某所。
「……部屋を制圧。
ここで、このルートは終いじゃな。
本日の総討伐数は……おお。百八十七体か。
パーティーの構成員がほとんど初日であることを考慮すると、まあまあの成績であるな」
「ティリ様。
本日われらは、防御術式など、欠くべきではない準備を怠っておりました」
「そうであるな。
にもかかわらず、この討伐数。
まずは上々と評価すべきであろう。
いい時間になったことであるし、本日はこれにて上がろうかと思うが……。
父上。
それでよろしいか?」
「おう。よきにはからえ。
いや、今日はいい経験になった」
迷宮内、某所。
「もう、いい時間になりましたが。
みなさま、どうしますか?」
「今日はもう、いいだろう」
ピリピリピリピリ。
『これ以上やっても、討伐数はあまり延びないと思う』
「あはははははー。
移動距離が伸びないと、どーしてもねー」
「……貴様ら。
おれのせいだといいたいのか?」
「騎士様。
そんなこともご自分で判断出来ないんですか?」
「……このっ!」
がっ。
「……おやめなさい。グガヌの騎士様とやら」
「この! 話せ!
聞き及んでおるぞ!
おぬしら魔王軍兵士とは、こちらでいうところの戦奴に近しい身分の者だというではないか!
下賤な身で、おれに触れるな!」
「離せというのなら、離しましょう。
奴隷だったというのも、否定はしません。
もっとも、おれが元魔王軍兵士だったのは、おれの祖先がいくさに破れたせいで、おれ自身の責任ではありませんけどね。
第一……たとえ奴隷でも、ためらいなく女に手を挙げるやつよりははるかにマシです」
「……このっ!」
がっ。
ピリピリピリピリ。ピリピリピリピリピリピリピリピリ。
「ヒト族の戦士。やめておけ。拳までなら戯れで済むかも知れぬが、剣までを抜けば申し開きが効かぬぞ」