50.ひとあつめ、かいし。
迷宮内、魔法関係統括所。
「ルリーカ殿。
そろそろ探索業務に赴いた魔法使いたちの成績が集計されてくる時分ですが……」
「後でチェックする」
「しかし、ランク分けは急務なのでは?」
「急務というほどでもない。
軍に勤務する魔法兵だったら、最低限の働きは出来るはず。
少なくとも攻撃魔法に関しては。
差が出るとすれば、その他の細々としたところに気が回るかどうか」
「細々としたところ……で、ございますか?」
「例えば、自分の魔力を使わずに迷宮内に充満する魔力を使用することを思いつけるか、どうか。
これに気がつくことが出来るのと出来ないのとでは、精神的肉体的疲労度に大きな差がつく。
余裕の有無は、いざというときに他のパーティーメンバーをフォローできるかどうかの差となってあらわれる。
これらの根拠に基づき、表面的な成績データとよりも、魔法使いと組んだ他のパーティメンバーがどれだけ快適に業務をこなすことが出来たのか、談話により直接確認してランクを分けた方が実効的な基準となりうるものと判断する。
よって、ランク分けを行うのは今日一日の様子を見て、その後に関係者への聞き取り調査を行ってからの方が効率がよいものと判断する」
「は……はあ……。
なるほど」
「それより、頭脳種族。
ルリーカは魔法関連以外のことにはあまり知恵が回らないし知識もない。
魔法関連統括所の今後の組織作りについてはそちらに一任したい」
「少しお待ちを。
こちらは逆に、魔法に関する知識が圧倒的に不足しております。
その任につくには不適切であるかと」
「それでは、お互いに不足する部分を補い合ってなんとかやっていくしかない。
とりあえず、大本の構想だけでもわかりやすくまとめておいて。
なにをやるにしても、はなしはそれから」
「はっ。
急ぎ、素案を作成します」
迷宮内、某所。
「……うぉぉぉぉぉぉうっ!」
ぶぉぉぉんっ。
「よりによって、カクがやられるとはな……」
「ティリよ。
これは……」
「呪術の一種であるらしい。
精神操作系の魔法であるな、父上。
なぜか筋力に優れて戦う技に秀でた前衛職ほど、この手の術にはまりやすい。
スケよ。解呪は可能であるか?」
「試してみないことには、なんとも。
なにぶん、この系統の魔法はあまり研究されおらず」
「頼むぞ。
そちが解呪に失敗したら、このデカいのを三人で黙らせねばならぬ。
……せめて、呪われたののが父上であったなら、取り押さえるのも簡単だったものを……」
「さりげなく親不孝な発言があったようだが、おそらくわしの空耳であろう。うん」
迷宮内、治安維持隊本部。
「人集めについては、どのみちすぐにどうこうできるものでもなし、後で改めて相談することにしよう。
シナクにもリンナにも心当たりがあるようであるし、どうにでもなりそうな気がするし。
それよりも、捕縛術についてどのように考えているのかが気になるな」
「剣聖様。
ですから、そのためにわざわざカスカ教官をお呼びたてしたのですが……」
「カスカの技で、足りるか?
相手は薬物中毒者だ。
末期症状に至ると、錯乱して見境なく暴れ回るぞ」
「……あ。
そっちも心配しなけりゃならないのか……。
捜査活動の補助までしか視野に入っていなかった……」
「今までに聞いたはなしによると、あまり表面化していないだけで、現状でも、もうそれなりに浸透しているということなのであろう?」
「……です、ね。
周囲の者にそうとわかるほど重篤な中毒者は、まだ数十名程度しか出ていないそうですが……」
「今後、もっと増えるおそれがある、ということで、今回もわざわざ警邏隊が出てきたわけだ。
武装して見境なく暴れ回る冒険者を取り押さえる術も、教練しておく必要があるのではないか?」
「まったく、おっしゃるとおりで」
「即戦力を求めたいところであるが……そうなると、難しくなるか」
「いや、歩哨組と警邏隊の捜査活動に随行するやつらに求められる資質が異なるように、暴発した重篤中毒者を捕縛するための組も分けて教練した方が手っ取り早いんじゃないかな?
特に最後のは、しょっちゅう出番があるというわけでもないんだし」
「しょっちゅう出番があっても困るがな。
とはいえ……最後のが、教練に一番時間がかかりそうなのは確かなことだ。
捜査協力組とは分けて教練する案には賛同する」
「……と、いうことは……また、人数が増えるのか」
「なんなら、今稼働している歩哨組の人員の中から元気なのをピックアップして捜査協力組に組み込み、代わりに新たに徴募した人員を歩哨組に回してもよいしな。
歩哨組は、目立つところに姿を置いて犯罪行為を抑制することこそ最大の目的。
こういってはなんだが、さほど高い練度が必要となるわけでもない」
「そこいらについては、実際に人が集まってから詳しく考えましょう」
「ま、今の時点でどうこういっても、せんなきことか。
それで、拙者が考える徴募先というのは……」
迷宮内、安酒横町。
「なあ、聞いたか?
迷宮内に幽霊が出るって噂」
「幽霊だって?
新手のモンスターなんじゃないのか?」
「それが、違うんだってよ。
顔を隠した幽霊が、迷宮の中で何度も目撃されているんだ。
目撃者がいることに気づくと、ふっつりと姿を消すそうだ」
「ソロで入った魔法使いかなんかじゃないか?」
「迷宮の未踏地域に、だぞ?
別のパーティとかち合わないよう、ギルドが出動する場所を調整しているし、ソロで迷宮入りする魔法使いのはなしなんてこれまでき聞いたこともない。
ギルドを通さないで勝手に迷宮入りするようだったら、魔法使いでなくても自殺行為だ。
第一、探索業務や討伐報酬が目当てでなかったら、いったいなんのためにあんな危険な場所にわざわざ入っていくんだ?」
「……いわれてみりゃあ、そうだな」
「だから、よ。
噂ではもっぱら、あれは幽霊じゃないかっていわれているんだ。
目撃された場所もまちまちで、かなり広い範囲に散らばっているそうだし……」
「ま……迷宮だしな。
なにがあっても、今さら驚きやしないが……」
「昼間っから酒を酌み交わしながら、なかなか興味深いはなしをしておるな、おぬしら」
「なんだ……って、あんた。
魔法剣のリンナか。
あんた、今日はオフなのか?」
「そういうわけでもない。
ここへは、仕事で来た」
「……仕事?
真っ昼間っから? こんな場末の酒場でか?」
「そっちだって、真っ昼間から酒場で飲んだくれておるわけだろう。
デラクに、アジフ。それに、ムルルイといったか?」
「あ、あんた……おれたちのこと、知ってたのか?」
「ネタをばらすとだな、さっきナビズ族に照会させて教えて貰った」
「……なんだぁ。
驚かせるなよ」
「それぞれ、探索業務において心身に傷を残し、今となっては賭博と昼酒に浸りながら貯金を食いつぶす毎日……という境遇であるそうだな」
「そ……それがどうした?
それで、あんたに迷惑でもかけたか?」
「お、お、お……おれたちは、だな。
もう十分に働いた!
一生、遊んで暮らせるだけの金もある!
こうして、楽に暮らしていてなにが悪い!」
「いやいや。
悪いともいわぬし、責めるつもりもない。
おぬしらがそれで満足をしているというのならば、なにもいわぬ。
ただ、な。
まだまだ若い身空で、そのように怠惰な暮らしに身をやつすのがいかにももったいないと思ってな」
「い、い、い……いやだぞ、おれは!
もう二度と、迷宮には入らないんだ!
そう、決めたんだ!」
「それなら、それでいい。
おぬしらに紹介したい仕事は、迷宮に入る探索業務ではない。
それよりももっとずっと楽な、ほとんどたっているだけの仕事だ」
「……たっているだけ……だって?」
「ああ。
基本的には、多少、見栄えのするお仕着せの制服を着て突っ立っていればいい。
場合によっては他にも細々としたことを手伝って貰うこともあるが、基本的にはただそれだけで金が稼げる。
もちろん、楽である分、探索業務ほどには実入りはよくないが、それでも平均的な迷宮外の仕事くらいには、稼げるな。
なにより、昼間っからこんな安酒場で腐っていなくてよい」
「おめえ……おれたちに、なにをさせたい?」
「なに。
少々、交代制の歩哨をな……」