47.げんち。
「ギルドとしては、拙者の呪術銃も量産して使わせたいようなのだが……」
「あの麻痺弾とか、暴徒鎮圧にはとても便利ですもんね。
むしろ、今までに、他の術式と同じように売りに出していない方が不思議な気がします」
「あの手の、直接精神に働きかける術式は、毒にも薬にもなり得る。
そもそもあれは、古来よりもうちの家に伝わる秘伝をベースにした術式でもあることだしな。
結局、術式の詳細は製造関係者以外には公開しないという縛りをつけてギルドの要請を認める方向で決着をつけた」
「出来るんですか? そんなこと」
「出来なくても、させるさ。
ほれ、シナク。おぬしの麻痺銃だ。
銃器類の術式用紙入れにでも入れておけ」
「あ。こりゃどうも。
手書き……ですか?」
「拙者、直々のな。この程度の短い術式であれば、そらでも書ける」
「そりゃ、考案者本人でしょうから。
……待てよ」
「どうした、シナク。
いきなり難しい顔をして」
「リンナさん。
こいつって、精神に直接干渉する術式、その一種といってましたよね?」
「そういうことになるな。
うちの方では、呪術系統と呼んで他の魔法とは区別しているが……」
「たとえばのはなしなんですが……この手の魔法で、特定の事柄について強制的に忘れさせたり、そこまでいかなくとも口外できないようにしたりする術式、というのは、存在しうるものなのでしょうか?」
「行動の条件づけに相当するな。
ごく単純な命令、たとえば、歩くときに必ず右足から足を踏み出させる……とかいう条件ならば、案外簡単に行う刷り込むことが出来る。
そうさな。
わかりやすくいうのならば、暗示や催眠術の一種ということになろうか。
ただし、たとえば、何十行にも及ぶ術式文を暗唱せよ、などの日常生活でもまず行わないタイプの複雑な挙動は刷り込むことが出来ない。
あと、家族や親友、恋人を害せよというタイプの、本人が禁忌として意識している行動を強要するのも、かなり難しいな。
本人が普段、絶対に行わないようなことを無理にやらせようとしても、無意識裡の抵抗にあって失敗することの方が多い」
「では、たとえば。
本人の意志で犯罪行為に手を染めて、その犯罪についての情報を絶対に口外しないように強制する、ということは、魔法で出来ますか?」
「おぬし……まさか……。
いや、いいたいことはわかるが……その場合、本人の意思でというよりは、言質を取る方が簡単になるな」
「言質を取る……ですか?」
「言霊。
本人に、しかじかのことをやる、と宣言させる。
その発言に、強制力を持たせる魔法ならば、ある。
本来なら、神前における誓約を助けるための魔法になるわけだが、いくつかの条件を整えれば、本来なら本人の意に添わない行動を無理にやらせるための魔法としても使用可能になる」
「いくつかの条件、といいますと?」
「その魔法をかけておいた上で、対象者にやらせたいことを宣言させる。
会話でさりげなくそういうように誘導してもよいし、人質を取るなどして無理矢理文章を読み上げさせてもよい。
どんな方法でもとにかく、しかじかの行動をしますと本人の口からいわせてしまえば、かなり強い強制力が働いて、その誓約を果たそうとする力が働く。
滅多なことでは、その誓約を外部から解除させることは出来ない」
「その誓約ってやつですが……たとえば、ナビズ族のような集団知性に対してかけることも可能ですか?」
「それは……わからんな。
なにしろ、前例がない。
実際にやってみないことには、なんともいえん。
仮に可能だとしても……かなり周到な準備が必要になるはずだが……」
「ですが、ヒト族や他の異族相手になら、比較的簡単にかけることが出来るわけですね?」
「簡単に……というと語弊があるが……この魔法はあくまで、本人がやりたがってことについて、貫徹させるための魔法だ。
先ほどもいったとおり、本人の意識が抵抗しない行動をとらせる限りにおいては、かなり有効だと思ってよい」
「薬物密売組織に足を踏み入れるときに、無関係の者には絶対に口外しません、秘密は厳守します……とかの誓約文を読ませることは……」
「可能だし、かなり強い強制力を持つな」
「……それ、かなあ……」
「可能性はある。だか、それだけでは弱かろう。
当事者たちが秘密を保持する説明にはなるが、外部の目撃者などが出てこない理由にはならない。
これまで、薬物中毒であることが判明した連中の周辺もかなりしつこく洗っているのだが……」
「入手経路、はっきりしませんか?」
「ああ。
さっぱり、だな。
全体像がつかめない、どころのはなしではない。
まるっきり、手がかりがないのだ。売人の尻尾もつかめていない。
ここまでなにもわからないとなると、かえって不自然に感じる。
交友関係とか普段接する人々、とにかくかなり広範な範囲にわたって洗い出しているのにもかかわらず、それらしい者の影にはかすりもせん。
これだけの被害者が出て来ているというのに、まるっきり手がかりがないというのは……」
「おっしゃるとおり、不気味だし不自然ですね。
そこいらに、なんらかのからくりがありそうな気がします」
「だな。
さて、食後の歓談がすんだら、ちょいと行ってみるか」
「行くってどちらに?」
「王子様のところへ、薬物撲滅キャンペーンへの協力のお願いに、だ。
仮装文でアポは取ってある」
迷宮内、迷宮日報編集室。
「と、いうような次第で、こちらの日報にもご協力を仰ぎたいところなのだが。
そちらにとってもイメージの向上に繋がるし、決して悪いはなしでもないと思う」
「確かに。
少々の紙面を割くことで社会貢献を果たしている……というアピールが出来る。日報にとっても、悪いはなしではないな。
そもそも、迷宮が薬物などに汚染されていくのは、余の望むところではない」
「では、ご承知いただけるのだな?」
「……だが!」
「だが?」
「タダで、とはいかん」
「もちろん、広告枠をギルドが購入するという形で、相応の対価を用意することが前提になっておるわけだが……」
「いや、そういうことではなく、だな。
いやいや、むろん、金子は大事だぞ。その広告代金は正当な権利としていただくわけだが、それ以外にも……」
「他に、なにを望む」
「せっかく、こうしてぼっち王と魔法剣がそろって余に会いに来たのだ。この機会をのがしてなるものか!」
「……つまり、王子様は、おれたちになにかやらせたいことがおありになるわけで?」
「はなしが早いな、ぼっち王。
おぬしらにやらせたいことは、興業への参加だ」
「……興業?」
「ぼっち王よ。
おぬしが発案した、剣闘士興業よ。
余の日報が主たる金主となり、諸国の戦士を集めて誰が最強かを競い合わせる。
ちょうどいい具合に、今の迷宮ならば各国精鋭の兵士が集まっている」
「あれか。
おれたちに、競走馬の代わりになれってはなしか」
「そう身も蓋もないいい方をするな。
もちろん、参加者に賭けて貰うわけだが、その収益の大半は水竜作戦被害者の救済活動に当てさせて貰う。
単純な金儲けというよりは、これも立派な慈善事業よ」
「……なんだって、いいですけどね。
すでに探索作業では冒険者全員が競走馬扱いですし」
「拙者らが、そのふざけた興業に参加して競走馬の代わりをつとめれば、薬物撲滅キャンペーンに注力してもらえるのだな?」
「約束しよう。
冒険者の間でもネームバリューのある者に参加して欲しかったところだ」
「その程度のことなら、よかろう」
「おれも、いいですよ」
「よし、言質を取ったぞ!」
「こちらこそ」