38.それぞれの、たたかい。
迷宮内某所。
「……おおかた、この近辺のモンスターは倒し終えたようですね。それではこのあたりで、わき道の様子も見ておきましょう。まだ誰か、そちらに人が残っているかも知れません。
なに、これまで通り、冷静に対処しさえすれば、さほど難しい仕事にはならないはずです。
まずは体勢を、一度整え直しましょう。
楯を持った人は前に出て……」
……ぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉんんん……。
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん……。
「……おや?
夜組の賞金王までおいでになりましたか。
これは、案外、早く事態が収拾するかも知れませんね……」
迷宮内某所。
「……タロウザ、シロウザ、ごはんはあとにおし。そこいらのダチョウもどきでよければ、あとでたらふく食わしてやるから。
今は先を急ぐんだよ。
おや、メリタとカリタが帰ってきた。
マチュア、この先に進んでも大丈夫そうかい?」
「……ん。
この先も、しばらくは今までと同じように、
手負いのモンスターが転がっているだけだって……」
「……おかーさーん。
こっちの脇道には、人は誰もいないってぇー!」
「こっちもー!」
「そうかいそうかい。
それじゃあ、このまま先に進むよ。
そこいらに転がっているのは、邪魔するだけ余力が残っているのだけにトドメをさしていって、あとは放置しておき。
放っておいても、どうせ、時間の問題だなんだから」
……ぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉんんん……。
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん……。
ビクンッ! ビクンッ!
「……人狼のゼリッシュまで出張ってきたのかい……。
なんか、妙に張り切っているようだけど……あいつの遠吼えを聞くと、モンスターだけではなく、うちの子たちまでおびえて、しばらく身をすくめちまうからね。
こっちにしてみれば、いい迷惑だね……」
リーチィー、デッシュ!
タロウザとジロウザを、落ち着かせてあげな!
ザッシュは、リーチィーたちのお友達を引き連れて、そのまま先行しておき!」
「おかーさーん。
メリタとカリタも、もう一度放しておくよー」
迷宮内某所。
「せいっ!」
「よっ!」
ガガッ!
けぇー! けぇー! けぇー!
「よっしゃぁあっ!」
「おりゃぁ!」
がっ。ずしゃっ。
「やったぁ!」
「またしとめた!」
「いやあ、矢が尽きたときはどうしようかと思ったけど、連携していけば、以外にいけるもんっすねえ」
「やっぱ、狩りの経験者いるとぜんぜん違いますわ」
「モンスターが増えているような気がしますけど、この調子でいけそうっすね!」
「さすまたで押さえ込んで、喉笛を掻き斬る。
全員で一匹一匹を相手にすれば、まだまだ行けそうっす。賞金を全員で山分けしても、今日だけでかなりの実入りになりそうっすよ!」
「猟師さんたちと組んだおれたちって、ひょっとして勝ち組?」
……ぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉんんん……。
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん……。
「兄者! この声はっ!」
「おう! これは……狼のもんじゃあ!
先ほどから不穏な空気は感じてあったが……何故、迷宮の中に狼が……」
「いやな予感がするのう」
「一度、迷宮を出て様子をみてみるか……」
「それがよかろう。
矢も尽きておるし、何事もなければ、また入り直せばいいだけのことじゃ」
迷宮内、入口付近広場。
「よもや、ギルドがこんな代物を隠し持っていようとはの……。
わかっておるのか?
これは……間違いなくモンスターと同類の、ふつうなら問答無用で討伐する側の……魔物に連なるものぞ」
「いざというときの保険として確保しておいたものですが……拘束術式は完全なはずです。
それに、今これを使わないで取り返しのつかない事態になったら、それこそ後悔してもしきれません」
「……本気か……。
なら、とめはせんが……念のため、わたしも剣は出しておくぞ」
「はい。
いざというときは……わたしもろとも、お願いします。
では……使役者登録儀式を開始します」
「ルリーカ!
お主も念のため、いつでも最大級の攻撃魔法を叩き込めるようにしておけ」
「もう、準備している」
「……ええっと……。
棺桶の蓋を開けて……呪文の詠唱……は、省略して、いいのか……。
結局、儀式といっても……この灰の上に、少量の血液を垂らして、復活したコレを真名で呼びつけるだけ……の、ようですね……。
指の先を切って……。
これで、いいのかな?
あ。
灰が、凝固して……人の形に……」
「……ふぁぁぁぁぁあ……。
よく寝たわ」
「……」
「そこなヒトよ。
血の臭いから察するに……おぬしがこのたびのわらわの主人かや?」
「そ、そうです。
吸血姫ヴァリツゥ……」
「こらこらこらっ!
こんな、衆人環視の中でわらわの真名を晒すなや! そんなことをせずとも、よほどこのとでなければ戯れの気散じに、おぬしの願いをかなえてしんぜように……。
ましてや、そこにいるのは魔法使いではないか!
術者の目前でわらわに絶対服従の術式をかけようとするとは……それは、わらわの側にしてみれば、あまりにもむごいしうちではないかや?
仮のあるじさまよ!」
「わたしのいうことを、聞いてくれますね!」
「そうすごまんでも、わらわは多くの同族とは違って、眷属を増やすことにあまり熱心ではないのでな。
条件次第では、服従術式なんぞ抜きにして、存分に働いてやろうぞ。それこそ、わらわらが暴走しそうになったら、即座に真名で縛るなりまた灰にするなり、好きにすればよかろう」
「そう……ですか。
先に、そちらの要求する条件をお聞きしておきます」
「慎重じゃの。それくらい用心深い方が、こちらとしてもやりやすいが……。
まずは、わらわが活動するために必要な、十分な量の生き血。さきほどもいったが、眷属を増やすつもりはないので、ヒトのものでなくともかまわん。
最低限の食い扶持くらいは、保証して貰わねばの」
「家畜の血でも、構わないのですか?
それなら、ここには……それこそ、捨てるほどありますが。
ほかには?」
「そうさの。
……これでもわらわは、だいぶん長いこと生きておっての。いささか、長すぎる生に飽いて、退屈しきっておる。
その退屈を吹き飛ばせるほどの気散じがあれば……例えば、そこの知性剣を構えているにょしょうのような強敵を与えてさえくれれば……いくらでも、存分に、働いてみせようぞ」
「剣聖様とあなたとを、今、戦わせるわけにいはいきませんが……。
これからあなたが赴く場所には、かなり高い確率で、われわれヒトでは容易に対抗し得ない、強敵が待っていることと……すくなくともわたしは、そう予想しています。
万が一、その予想がはずれたとしても、この先、あなたの手を借りなければならないような敵は、今後いくらでも出現することでしょう」
「ふん。
血の臭いから察するに……嘘やはったりでいっているわけではなさそうじゃの。
それでは、仮のあるじさまよ。これで仮の契約が結ばれた、と、することにしよう。
わらわの名は……そうさの、かりそめに、ヴァリスとでも名乗っておこうかの」
「わたしのことは、ギリスとお呼びください。
さっそくですが……ヴァリス……さん、に、最初の命令です。
この方たちと一緒にいって、協力して、そこにいるはずの敵を倒してください」
「心得た。
戦い、か……まさに、わらわにうってつけの命令じゃの。気に入ったぞ!」