38.ふりつづける、あめ。
荒野。多国籍軍陣地跡。
「なんだったんだあ、さっきのは?」
「被害があまりにも大きかったですからね。
責任を押しつける先を、捜していたんでしょう」
「で、あてが外れたってか?」
「あまり大きな声ではいえませんが、ギルドの加勢がなければ、多国籍軍は全滅していてもおかしくはありませんでした。
感謝をされることさえあれ、避難されるいわれはありませんよ。
そもそも……水竜作戦に際して、討伐を自分たちで行いたいと圧力をかけてきたのは彼らの方です。
実際に被害にあった将兵へならともかく、作戦への参加を決定した各国首脳部や安全な場所で号令をかけるだけだったお偉いさんに対しては、同情する余地もありませんね」
「そんなもんかぁ」
「そんなもんです」
「で……水溜まりで水浴びしている、あれが象か。はじめてみるけど、本当に鼻が長くて大きな動物なんだな。
はは。奇妙な形をしていらあ。
それで、あそこの馬よりもでかいのが駱駝」
「水竜作戦においては、どちらも、移動砲台として運用されたようですね。
臨機応変に攻撃が手薄になった場所に移動し、援護射撃を行っていたそうです」
「そんで……戦死者とか遺物の回収を行っている人夫と……あ。
リザードマンやギルマンもいるな。
こんなところで、なにをやっているんだろ?」
「このクレーター、水溜まりの底をさらって、水竜のドロップアイテムを捜索しているそうです。
鍾乳洞においては、雷竜についても同様の捜索がなされているようですが……」
「ドロップアイテムねぇ。
そんな、あるのかないのかわからないようなもんを、わざわざ……」
「あれほど強大なモンスターですからね。
仮にドロップアイテムが存在するようでしたら、それはかなり強力な威力を持っているはず……と、考えているようですね。
彼らとしても、少しでも戦利品が欲しいところでしょうし」
「ああ……。
損害が、大き過ぎたから?」
「損害が、大き過ぎたから、ですね。
今回の作戦に参加した各国は、中枢となる戦力が大幅にごっそりと削られた勘定になります。
費用だけの問題ではなく、熟練した兵員がこれだけ大勢、いっぺんに損なわれたということになりますと……元の状態に戻すまでには、数年から十年以上の歳月を要するでしょう。
熟練した軍人というのは、国家に取っても貴重な財産であるわけで……」
「それを、こんな、やらなくてもいい作戦で無駄に散らしちまったのか。
考えてみれば、馬鹿なはなしだよな。
水竜なんて、レッドドラゴンやグリフォンみたいに、封印指定で放置しておけばよかったものを……」
「ですよね。
おそらく、今回の件で……少なからぬ国で権力者の交代劇が行われることでしょう。
水竜作戦への参加を後押しした人たちは責任を問われて更迭され、かわりに参加へ反対した人たちがそれまでよりも有利なポジションにつく。
この影響は、意外に大きなものになるかも知れません」
「ま。
おれのような冒険者には、あまり関係のないはなしだな」
「それはそれとして……この水溜まりは、このまま貯水池として利用されるようです」
「貯水池、ねえ……」
「いるギルドの主導による大規模農場、この水竜作戦の影響で実行が遅れていましたが、いいいよ本格的にはじまるようですね。
その前に、この作戦の戦没者を弔うための共同墓地を作るそうですが……」
「そういうのは、それぞれの出身国でするもんじゃないのか?」
「ある程度身分が高い人や、遺体の身元がはっきりとわかっている場合はそうなりますが……この混乱ですからね。どこの誰ともわからない遺体も、意外に多いそうで……」
「ロスト……か。
そういうのは、この場で弔うしかないのか」
「そういうことになりますか。
迷宮の中で散った、冒険者や元魔王軍兵士の共同墓地に葬るのも、筋が違うような気がしますし……」
「いずれにせよ、これだけの死者が出たら、放置するわけにはいかないしな」
「そういうことです」
「しかし、まあ……いつまで続くんだろうな。この土砂降り。
水竜が雲を呼んでからこの方、少しも晴れる気配がない」
迷宮内、魔法統括所。
「静かに。
こんなにいっぺんに、いっぱい来られても、対応が出来ない。
ナビズ族。
ギルドに救援を要請。
頭脳種族を呼んで、ここにいる魔法使いたちを整理して貰って」
(わかったー)(すぐ来るってー)
しゅん。
「今度はいったい何事であるか?
こちらは救援物資や負傷者の手当に必要な物資の振り分けでかなり忙しい状態であるのだが……」
「彼ら。
ここに来た魔法使いたちの目的を聞いて、整理して。
魔法統括所の予算を使って、人を雇ってもいい」
「これは……数百……いや、千名以上は……」
「多国籍軍に参加していた魔法兵。その生き残り。
せっかくここまで来たのだから、冒険者としてモンスター討伐の経験をしたいとか、テオ族の魔法について学びたいとか、動機はいろいろ。
いずれにせよ、現状の魔法統括所では、処理能力的にこの人数の要望に応えることは不可能。
しかし、魔法を使える人材は貴重。ギルドとしてもおろそかに扱って、むざむざ手放したくはない……はず。
だから、彼らの声に耳を傾け、彼らを適所に割り振る機構を作って欲しい。
それが、合理的な選択」
「わ、わかりました。
ギルドとも連絡を取って、早急に手配をします」
迷宮内、管制所。
「迷宮内にお住まいをお探しで?」
「ああ。
いちいち野営地まで戻るのも時間の無駄だし、町中の宿はもうふさがっていると聞いた。
だとすれば、迷宮の中にねぐらを求めるより他、道はなかろう」
「冒険者向けの宿泊所も、ご利用いただけますが?」
「そちらも確認済みだ。
寝台が払拭して、しばらくはこれ以上の利用者を受けつけられないらしい」
「だとすれば……少々、お金はご入り用になりますが、その分豪華な館も、用意しておりますが……。
何名か共同でご利用いただければ、その分、お手頃にはなるかと思われます」
「なに? 館があるのか?」
「以前、身分のある方向けにしつらえた物件が、何件か空いております。
そちらでよければ、ご紹介出来ますが……いかがなさいますか?」
「それでよい。
なに、金なら腐るほどある。
水竜作戦の仇をこの迷宮で晴らしてくれようぞ!」
「では、今から案内の者をお呼びいたします。
しばらくお待ちください」
迷宮内、羊蹄亭支店。
「なになに……新規冒険者登録数、連日更新……寝台不足が深刻……医療従事者も、圧倒的に不足……探索業務、再開。しかし、希望者殺到でギルドが対応しきれずにすぐに窓口を閉鎖……か。
相変わらず、混乱したままだなあ」
「迷宮日報ですか。
水竜作戦が終わったから、まっすぐ故国に帰ろう……なんて殊勝なことを考える方々は、どうやらかなり少数派だったようで……。
兵科にももよりますが、砲兵などの方々は、あっさりと帰っているそうですが……」
「思うように武勲をたてられなかったから、半ば意地になっているんじゃないのか? やつら」
「はっきりいって、それはあると思います。
せめて迷宮内だけでも、モンスター討伐の実績を作ってから帰らないと面目が立たない……とか、いったところでしょうか?」
「それぞれの国の精鋭だってはなしだから、実践能力についてはあまり不安がないだろうけど……」
「下手に自信があるからか、その分、イケイケで慎重さが足りない傾向があるそうです。
うまく経験のある冒険者と組み合わせてパーティを組ませるよう、ギルドも働きかけてはいるそうですが……」
「あ」
「どうした? コニス」
「ルリーカちゃんから仮想文が届いたよ!
魔法関連統括所でも、多国籍軍から何百人も魔法使いが殺到してきて、大変なことになっているそうだよ!」
「……弱音なんか滅多に吐かないルリーカが、愚痴の仮想文を送ってくるのか……」
「シナクさん。
これは……」
「ああ。
ぼちぼち、ギルドが泣きついてくる頃合いかなー……」