36.ていこくぐんからのしょうたい。
水竜作戦終了から数日後。
迷宮内、射撃場付属合宿所、最上階秘密会議室。
「招待……ですか?」
「帝国軍の本隊がようやく撤収にかかるそうでの。
その前に、ぬしらおもだった水竜作戦の参加者を招待して直々に労いたいと、父上はそのようにもうしている」
「帝国軍は、もう撤収するのですか?
他の多国籍軍将兵は、かなり迷宮に入り込んでいるようですが……」
「なにしろ、被害が大きな割にはろくな戦利品もない、不毛ないくさであったからの。
せめても、迷宮で土産を調達していこうという腹であろう」
「ギルドだって進んで手を貸してくれるとあれば、相手が誰であろうと断れる状況でもありませんしね」
「水竜作戦被害者の始末でかなり人手を取られているものの、探索業務や迷宮破壊活動の計画も人員が及ぶ範囲で進めておるしな。
戦闘員であれ非戦闘員であれ、ギルドもえり好みをしている余裕もなかろう」
「それはいいのだが……」
「なんだ?
ゼグスくん。なにか問題が?」
「多国籍軍の兵士は、全般に気が荒いような気がする。
冒険者だって元魔王軍兵士だって、決して品行方正というわけではないのだが、彼らが本格的に迷宮に出入りするようになってから、喧嘩や小競り合いが増えていると管制がこぼしていた」
「多くの仲間を失い、あるいは負傷し……ですからね。
彼らにしてみれば、荒れたくもなるでしょう」
「気持ちは分からなくもないが……そういうのは、アレだな。
下手に暇にさせておくとろくなことがないから、どんどん仕事を与えてこき使ってやれ」
「すでに多くの多国籍軍兵士が冒険者登録を済ませているそうです。
あまりにも人数が多すぎて、昨日今日あたりは登録作業が大変だったようですが、明日か明後日頃には実際に迷宮入りを果たす人が出始めるのではないでしょうか?」
「軍人としての訓練を受けているのなら、ずぶの素人を一から叩き上げるよりはよっぽど簡単だからな。
持っているスキルによっては、そのまま通用する人材もいるだろうし……」
「それはいいとして……どうします?
シナクさん。
帝国軍の招待に応じますか?」
「断る理由もないだろう。ってか、断ったらかなり失礼にあたるんじゃないか、この場合。
ここ数日、怪我人の世話とか移送ばかりやらされてうんざりしていたところだし、それもようやく落ち着いて一息ついたところだ。
いい気分転換にもなりそうだし……」
迷宮内、某所。
「……なんだとぉ!」
「言葉通りに解釈するがよい」
「水竜作戦に参加しなかったおれたちを……腰抜けだと抜かしたかぁ!」
「だから、言葉通りに解釈するがよいと申しておるに」
「野郎ども!
機銃具現化だ!」
「「「「「おうっ!」」」」」
「ものども、抜剣!」
「「「「「はっ!」」」」」
「麻痺銃!」
ドン! ドン!
「あ」
「え?」
「……ふぅ。
下らぬことで手間をかけさせるな、このうつけ者どもめが。
事情はゆっくり、一人一人に聴取させていただく。
拙者はギルドより迷宮内の治安維持活動を委託された冒険者のリンナだ。
全員、おとなしく縄につくように。
抵抗しても構わぬが、その際にはここに転がっている頭目格二名と同じ目に合うと思え」
翌日。
荒野。多国籍軍陣地。
「おおー……地面に、でっかい水たまりが出来ている……」
「何発か、メテオフォールの術式を使用したそうですからね。
あの程度のクレーターくらいは残るでしょう。
それに、それ以外にも無数の大規模攻撃魔法が使用されたようですし……」
「……そういや、おれ、こっちの戦闘の様子は、ほとんど知らないんだよな」
「シナクさん。
迷宮日報はご覧になっていらっしゃらないんですか?」
「……最近はバタバタして目を通してなかったな。
何故か、おれが売店を通りかかると売り切れていることが多かったし」
「あれの特集に、かなり詳しい状況が解説されていたんですけれどもね……」
「それについては、わし配下が直々に解説をさせていただこう。
そのかわり、転送作戦の詳細についても当事者から直に聞かせていただきたい」
「……これは……」
「皇帝陛下!」
ざざざっ。
「苦しゅうない。皆の者、面をあげい。
いくさは終わったとはいえ、ここは陣中である。
無礼講……とはいかぬだろうが、平常よりも砕けた感じでいこうではないか」
「は……はあ……」
「……とことんマイペースな皇帝陛下だな。
ティリ様のお父上でいらっしゃるだけのことはある」
「どういう意味じゃ? シナクよ」
「いえ、別に」
「うわぁ……偉そうなおっさんたちがぎっしり……」
「多国籍軍に参加した各国の将校ですよ、シナクさん」
「ああ。各国のお偉いさんか。
道理で、みんな偉そうだと思った」
「みな、今回の作戦で少なからぬ被害を被った連中ばかりなわけだ。
聞くところによると、水竜の転送作戦においては一人の被害もなく速やかに作戦を遂行したとのことであるが……どうにも、それが信じられないようでな」
「おい、レニー司令官。
出番だぞ」
「わかっていますよ、シナクさん。
とはいえ……ギルドに提出した資料と迷宮日報の特集号を読めば、当日の経緯はおおよそご理解いただけると思うのですが……」
「こういうときはだねえ!
百聞は一見にしかず、実際に当日の様子を見て貰うのが早いよ!」
「そうでした。
ピス族の映写機械を預かってきていましたね。
それでは、コニスちゃん。
準備の方をよろしくお願いします」
「はいな!」
どごん!
「なんだ……」
「今、どこから出した?」
「あんなに大きなものを、いつの間に……」
「お静かに。
彼女の鞄は、どんな大きなものでも収容できる特別なマジックアイテムです」
「準備できたよー、レニーくん!」
「それでは、こちらのモニターに表示される映像をご覧ください。
今映写しているのは、当時周辺を操作していたピス族の無線誘導式回転翼調査機で撮影した映像を編集したものになります」
「え……絵が、動く!」
「なんの魔法だ、これは!」
「まるで、実物を目の前にしているかのような精巧さではないか!」
「お静かに。
ええ、今映っているのが、狙撃組が乗り込んだカヌーになりますね。
ここで、調査機の高度があがります。まだまだ、あがります。
はい。
ここまで距離を取って、ようやく水竜の全体像が見えてきました。
わかりますか? 他の水面と色が違う部分が認められますね。
これが、全部水竜の体ということになります」
「た……確かに。
こちらに転送されてきた水竜も、かなり巨大ではあったが……」
「お静かに。
はい。
水竜への狙撃がはじまりました。ほぼ同時に、水中帆と浮子も展開。水竜の後を追うような、無数の影がいきなり出現しましたね。
はい。
水竜の体が、転移魔法陣の描かれた防水布の下にさしかかりました。
もう少しで、転移魔法が発動します。
……はい、転移魔法、発動しました。
あとは、みなさまの方がよくご存じの通りになるわけです。
少なくとも、一体の水竜に関しては。
はい。
作戦は無事成功と思いきや……はい。
異変が起きました。
なにが起きているのか理解していない狙撃組、いち早く異変を察知して動き出すシナクさんや北方自由騎士団の方々。
はい。
この三角帆が見えますね。それと、水の上を走っている人たちも。
これが、冒険者のシナクさんや北方自由騎士団の方々になります。
彼らの動きが不自然に早くみえるのは、作戦の参加者だけ高速化の魔法をかけられたからです。
はい。
見えましたね。
まるで生きているかのようにうねる雷。
あれが、これまでわれわれが水竜と呼んでいたモンスターの片割れ。こちらでは、雷竜という名で呼ぶことにしています。
水竜が意志を持った水であったように、あの雷竜は意志を持った電気みたいな存在であるようです」