35.せんごしょり。
迷宮内、臨時療養所。
「とりあえず、軽傷の人は片っ端からこっちへ……ねえ」
「この土砂降りの中、いつまでも迷宮前広場に置いておくわけにもいかんからの。
シナクよ。おぬしも傷口の縫合くらいは出来よう。
時間が許す限りやっていくがよい」
「やれといえばやりますが……いいんですか?
おれみたいな素人が縫っても?」
「本職の手がまるで足りないのだから是非もなかろう。
すでに大勢の冒険者たちが立ち働いておるし、後で医師たちの手が空けばこちらにも巡回するという。
なにか不都合があればそのときに直されるであろう」
「……それもそうか。
ここまで負傷者が多いと、どうしたって誰かが手をかけていかないと収拾がつかないし……」
「この場では、遅効よりも拙速を尊ぶべしっ! じゃな」
ギルド本部。
「迷宮日報の最新号、水竜作戦臨時号外になります」
「……意外と、詳細な記事になっていますね。
水竜討伐が終わってから、まだいくらもたっていないのに……」
「作戦についての詳細は事前にありますし、それに妙に仕事熱心な記者が何名かいるようでして、鍾乳洞と討伐戦の現場にも……」
「わざわざ、従軍したのですか?」
「どうも、そのようで。
とはいえ、実際の戦場からはかなり距離を取っていたようですが……」
「その場で記事を書いて早馬で印刷所に回して……ですか。
実際にかかる手間を考慮すると、驚異的な速度だと思います」
「同感です。
この迷宮日報は、今では大陸中の主要都市に配送されていますので、今回の作戦についての詳細も、明日には広く知られてしまうことになりますが……」
「それは、仕方がないでしょう。
永遠に、強制的に他人の口を閉ざすことは不可能ですし……これだけ大きな被害を出してしまったんです。
しばらくギルドへの風当たりがきつくなるくらいのことは、覚悟しましょう」
「それが……逆に、各地から義捐金とか救援物資が続々と送られてきているようなのですが……」
「……え?」
「自然災害や疫病の流行などがあったとき、ギルド名義で援助をしてきた土地を中心として、それ以外にも軍事力に乏しく多国籍軍に参加できなかった国々や、多国籍軍に参加した国からも、大小の差こそあれ、続々と……」
「それは……大変に、ありがたいことですね。
集まってきた物資やお金の扱いには、くれぐれも気をつけてください」
「本来の用途以外に流れることがないよう、しっかりと見張りをつけて……」
「ギルドの流通網を総動員して可能な限り迅速に迷宮に集め、出来るだけ公平に分配してください。
そうですね。
お金は医療関係の費用でおおかた消えてしまうと思いますが、物資の分配方法に関しては、生還した多国籍軍将兵に謀って一任してしまうのも一つの手かと思います」
「はい。では、そのように手配を。
そういう仕事がお上手な頭脳種族の方々に丸投げしてしまおうかと思います」
「いいですね。
あの方々は、頭が硬い分、公平で私心がありません。
この手のお仕事にはうってつけでしょう」
荒野。多国籍軍司令部。
「さて。
土砂降りの中、健在なお歴々にご足労を願ったわけだが……カクよ。
被害状況の正確な集計は終わっているか」
「残念ながら、いまだ混乱が多く、概算でしかなく。
それに、現時点では負傷者の救助作業を最優先に行っています関係上……」
「ふふん。
そうであろうの。
水竜討伐の完了が宣言されてから、まだいくらも経っておらん」
「生存者総出で負傷者の手当や搬送を行っていますが、なにぶん、数が数でございますのでまだまだ終わりが見える気配もなく……」
「……だいぶん、手ひどくやられたからな。
運悪く激しい攻撃に晒され、ほぼ壊滅状態の憂き目にあった軍も少なくはないとか」
「高圧水流による攻撃の威力はすさまじく、一閃しただけで数千数万単位の兵士が撫で斬りになりました。
あれは……もはや、いくさではありません。
とにかく攻撃を続行し、水竜に攻撃をする暇を少しでも与えぬよう努めたため、後半になるに従って被害もいくらかは軽減しましたが、緒戦での損害がとにかく大きく……ありたいにいってしまえば、無事に水竜を攻め滅ぼすことが出来たのは、僥倖であるといっても過言ではありませんでした」
「よくて、辛勝……といったところか。
いやいや、これだけの被害を負って、戦利品はほとんどなし。
得られたものはといえば、度重なる大規模攻撃により大きくえぐられた大地といまだ降り止まぬ雨だけ……となれば、これはもう、実質上は負けいくさといってもいいか……。
さて、各国お歴々の諸将に問おう。
此度の遠征、ここまで苦戦すると予測した御仁はおありになるのか、否か?
いや、責任を問おうという意図はないぞ。
それをいうのなら、真っ先に責任を追わねばならぬのは、立場からいえばこのわしだ。
ただ、な。
われらは、概して……いくら巨大でも、相手はたかがモンスター風情と侮り、事前に慢心しておったのではないのか……と、そのように思っての」
迷宮内、迷宮日報編集室。
「……ふぅ。
本当に、疲れたわ……」
「王子、よくぞご無事で」
「あいにくと、余は滅多なことではロスト出来ない特性持ちであるからの」
「あの……こちらの方は?」
「余の血縁で、大貴族でもあるカスクレイド卿である。
とはいえ、別にかしこまる必要もないぞ。
この者も、ここでは一介の冒険者に過ぎぬ」
「は……はぁ。
お茶、ここに置きます」
「ふむ」
「それよりも、王子。
大変ですよ、大変!」
「なんだ?」
「日報ですよ、日報。
水竜作戦の特集号が、飛ぶように売れています!
刷ったはしから捌けていますし、大陸各地からも追加注文が殺到しています!
日報はじまって以来の大反響ですよ!」
「ああ……それは、よかったな」
「それから、王子!」
「まだ、なにかあるか?」
「水竜作戦の戦後処理特集なんてどうでしょうか?
作戦の生き残り将兵に対するインタビュー特集とか、各国首脳部やギルド上層部へ談話を取ったり……まだまだ新しい切り口はたくさんあると思うんですが……」
「ああ……よきにはかれえ。
余は……ふぁ……少々、草臥れておる。
少し……休むことに……すぅ……」
迷宮内、物流配送所。
「だから、布だ!
乾いた布がまるで足りない!
せっかく助かっても出血して体温が下がっている上にこの大雨だ!
しっかり乾かして暖かくしなければ助かる者も助からないだろうがっ!」
「粥は食堂ではなく臨時療養所や迷宮の入り口に直接回してくれ!
いくらあっても余ることはないぞ!
咀嚼する力もない者には、喉に管つっこんで直接胃袋に流し込むそうだ!」
「治療する際、引っ剥がした武装や衣服はどうするかって?
そのまま持ち主枕元にでも置いておけ!
このクソ忙しい中、手癖が悪いのの見張りまでしてられるか!」
「多国籍軍はまだ外にいるのか?」
「さっきの伝令によると、重傷者の収容はほぼ完了しているとよ!
今そとに残っているのは、わざわざこっちに来るまでもない軽傷者と健在なやつら、それに文句のいいようもない屍だ!
野営地のほどんどは無傷で残っているから、仲間の見舞いとかの用事がなければこっちに来ることはないだろう!」
「誰か、こっちに来てくれ! 出来るだけ多くだ!
救援物資が次々と転送されて来てるんだが、さっさと仕訳して運ばないと場所をふさぐばかりで始末に悪い!」
「納品のチェックか?
今、頭脳種族が駆けつけて来るそうだから、そいつを動かすのはもう少し待ってくれ!」