33.けっせん。
迷宮内、鍾乳洞。
「つまり……水竜の転移作戦は、完全に成功していた。
ただし、向こうに転送されたのとは別に、水竜がもう一体残っていた……ということなのか?」
『そうなりますね。
ややこしいので、転送に成功した水竜をそのまま水竜、こちらに残っていた水竜を雷竜と区別することにしましょうか。
同種の雌雄なのか、それとも別種のモンスターがたまたま一緒に行動していたのか、そこまではわかりませんが……』
「……はぁ。
どうでもいいよ、そんなことは。
それで……肝心なのは、これ以上、また別の水竜が出てこないかどうかということで……」
『今、多国籍軍が交戦している水竜が最後の一体であるとは断言できません』
「……おい、レニー……」
『いや、今のところ、水中の観測班からは、それらしい大型モンスターの痕跡が確認されていません。
あれが最後の一体であると断言できないのは確かですが、当面の危機は去ったと判断してもよろしいかと……』
「最初からそういえよ」
『ですが……向こうは、まだまだ苦戦しているようですね』
「あの水竜、そんなに手強いのか?」
『総攻撃をかけて、一度はかなりいい線までいったようなのですが……その後、あの水竜が雨雲を呼んで自分の体を構成し直したようです』
「……はい?」
『あの水竜、どうやら、生きている水といってもいい存在なようですね』
「あ……ああ。
だが……天気を操るなんて、大規模な魔法……影響が大きすぎて、おいそれとは使えないと前に聞いたような……」
『そうですね。
ぼくも、禁呪に属すると聞いています。
もっとも、通常のヒト族が操れる魔力程度では、それほど大規模な魔法を行使できないはずなのですが……。
それで、シナクさん。
どうします? ゼグスさんに続いて多国籍軍に加勢しに行きますか?』
「……いいや、やめておこう。
すでに何万って兵隊さんが集まっているんだ。
おれ一人が今さら加わったところで、大勢に影響はないだろう」
『それでは、わたしらを送って貰うかな!』
「……ありゃ?
剣聖様、いたんですか?」
『いたよ! 最初からずっといたよ!』
「いや、今回は、やけに存在感がなかったもので……すっかり忘れてた」
『忘れるなぁっ!』
『わははははは。
こっちは、慣れない櫂使いでおたおたしているうちに、出番も引き際も逃がしてしまってな』
『だが!
陸の上ならばまだしも活躍の場があろう!』
「はいはい。
まずは岸まで漕いでいって、そこでルリーカに転送して貰ってください。
それまでに、水竜が討伐されないといいですね……」
荒野。多国籍軍陣地。
「……死屍累々ではないか……」
「縁起でもないことをいわないでください、王子。
この中の何割かは、止血して適切な処理を行えば、まだまだ十分に救命可能です。
さ。
今は、口よりも手を動かして……それ、傷口から心臓に近い側を、布できつく縛って……」
「待て待て待て!
そんなにきつく縛ったら、もはやその先を切断するより他……」
「このままロストするよりはマシです。
いいですか、王子。
ここは戦争で、われわれは一人でも多くの兵士を救うためにここに来ています。
感傷に浸るのは、別の機会にしておいてください。
ごらんの通り、われわれの手を必要としている人は、まだまだいくらでもいるんです」
「……ぐっ」
荒野。多国籍軍司令部。
「ほほう。
光線虫というのか、あのモンスターは。
それで、あのモンスターの群を操っているのが……」
「ゼグス。
なんでも、こことは異なる世界から来た冒険者とか。
銀腕とか一人魔軍とか呼ばれているそうでございます」
「ともあれ、あやつは実にいいタイミングで加勢してくれた。
ともすれば、多国籍軍の意気が挫けそうになっていたところを……」
「彼の加勢により、一度下火になっていたわが軍の攻撃が、盛り返しました」
「ナマモノであるからな、いくさは。
こちらの損害も無視は出来ない規模になるが、実際にはまだまだ戦えよう」
「さようでございますね。
観測班によると、作戦に参加した者の三割以上がすでに脱落しているようですが……」
「地元王国軍の将兵たちも、実に手際よく負傷者を運び出しております。
攻撃には加わっていないものの、その功績は決して少なくはないものかと……」
「生き残った各国の兵士たちには、いずれ盛大に感謝されることであろうな。
ともあれ、それはまだ先のはなし。
今、肝心なのは、目の前のこのいくさよ。
ゼグスの加勢により盛り返して……この先、どう転ぶと思う?」
「さて……こちらの攻撃も止むことなく、果敢ではありますが……」
「凍らせ、砕き、蒸発させる量よりも、雨水により回復する速度が若干、早いかと」
「いささかの、不利。
もしくは、長期戦になるか?」
「左様でございます。
いかがなさいますか? 主上。
王国軍とギルドから、それぞれ最後の手段があるとの連絡を受けているわけですが……」
「……むざむざやつらに貸しを作るのも業腹というものだなあ、カクよ。
それに、具体的な内容を全く開示しない、その最後の手段とやらがどうにも胡散臭い。
極力、このまま多国籍軍の力だけで押し切ることにしよう。
……多国籍軍の人員が、さらに二割ほど減っても勝敗が見えないようだったら、温存していた帝国軍による総攻撃を開始する。
その際には、多国籍軍を巻き添えにしても構わない。
これまで援護射撃のみにとどめておいた魔法兵も総動員し、周辺一帯を焼き払う大規模攻撃魔法を連発して、一気に片をつけてやれ」
「そうなりますと、帝国軍がかなり大きな汚名をかぶることになりますが?」
「構わん。
あえて汚名を負うのも、宗主国の義務のうちだ。
あんな非常識な超大型モンスターを野放しにするよりは、よほどマシというものだ」
「主上。
その決断をする必要は、どうやらなさそうでございます」
「……どうした?」
「剣聖とその従者、それに、水神の加護を得ているとかいう北方騎士団の騎士、二十名ほどが加勢に来ました。
小勢ながら、現在の状況を鑑みるに決して無視できない戦力になるかと……」
荒野。多国籍軍陣地。
ギュン。ギュン。ギュン。
「わははははははは。
こうしてみると、凄いな! ゼグスは」
「知ってはいたが……こうして空を覆うほどのモンスターをあやつ一人で操っているのか!
われらも負けてはいられぬぞ、とーちゃん!」
「わははははははは。
任せろ! かーちゃん!」
「水神の加護を!」
「「「「「水神の加護を!」」」」」
「おお!
水竜の攻撃が、力を失って無効化されていく!」
「なんだかわからんが……この隙に、いけいけぇーいっ!
残った砲弾、魔力をすべてあいつにお見舞いしろぉっ!」
……お……お……お……お……お……お……。
「喝! 喝! 喝!」
「優勢……に、なったのであるか?
こちらもたいがいにボロボロになっておるので、あまり勝ち越しているという実感はないのだが……」
「久しいな! ルテリャスリ!」
「カス兄ぃ!
いったい、いつ当地に……」
「たった今、到着した。
ここではどうやら、ずいぶんと楽しいことになっているではないか……」
「ま、待て、カス兄ぃ!
まずは、落ち着け!」
「これが落ち着いていられるか!
戦場こそが勇名を馳せるよき機会の場。王族であるわれらにとって、得難き機会ではないか!
ゆくぞ、ルテリャスリ!」
「だから、落ち着けというに!
余には負傷者の手当をするという重要な役割が……」
「行けぇいっ!
ルテリャスリ・アターックっ!」