31.さくせんかいし。
水竜作戦当日。
迷宮内、鍾乳洞。
『各員、配置につきましたね?
ここまで準備を積み上げて来たこの作戦も、いいいよ本番になります。
みなさんの役割は、直接討伐を担当する多国籍軍よりは危険が少ないものと予測されています。
ですが、何事も相手次第なわけですから、最後までなにが起こるのか予測できません。
落ち着いて、いつもの演習通りに進めてください。
いざというときは、ギルドに所属している冒険者の中でも突出した実力を持つ方々がみなさんをフォローします』
「……他人事だと思って、吹きやがるなあ。レニー」
『シナクくんはもう少し自分の評判を自覚した方がいいと思うよ!
最近冒険者になった子たちにとって、シナクくんは生きる伝説なんだから!』
「ああ、そうかい。
それでコニス。水中の様子はどうだ? なにか、変わったこととかはないのか?」
『今のところ、異常はないよ!
相変わらず心配性だねえ、シナクくん!』
「最後まで心配だけで済めば万々歳なんだけどんどな……」
『今、水中の観測班から連絡が入りました。
今日の回遊ルートはCになる模様。
C班は射撃の準備を、それ以外の狙撃組はC班の待機場所まで急行してください』
「C班、ね。
グリフォンの羽根……っと」
『もうすぐ水竜が最浅水域を通過します。
狙撃の準備をお願いします。
三十秒前……二十秒前……十秒……五秒。
四、三、二、一……発射!』
ダダーンッ!
『連射してください。連射してください。
マーキング術式が数多く体内に打ち込まれるほど、作戦の成功率が高くなります!
ルリーカさんは、氷結術式の発動をお願いします。
水竜の動きを阻害するアイテム群、放出します』
「おお。
巨大な水竜の後ろに、小さな影がいっぱい開いて……想像していたのよりも、ずっと大量だな、ありゃ。
あれくらいやれば、水竜の動きも多少は抑えられるか……」
ダダーンッ! ダダーンッ! ダダーンッ!
「集合してきた狙撃班も、調子に乗って水竜の影に撃ち込みはじめたか。
とりあえず、ここまでは予定通りだが……」
『ルリーカさん。
もうすぐ、魔法陣の下を水竜が通過します。用意の方をよろしくお願いします。
二十秒前。十秒前。五秒前。
四、三、二、一……』
しゅん。
「……成功……いや!
やばい!
レニー! 全員に高速化魔法をかけろ!
狙撃組は総員、脱出札を使用!」
荒野。多国籍軍陣地。
しゅん。
「転移してきた!」
「……なんと……なんと、巨大な……」
「驚いている場合か!
攻撃開始!」
「撃てぇー!」
「術式発動!」
「発射!」
迷宮内、鍾乳洞。
「グリフォンの羽根!
間に合えよ!
ええい!
高速化がかかると、音声でのやりとりが不可能になるからな!
レニーが察してくれるといいが……」
『シナクよ』
「ゼグスくんか?」
『術式ではなせば、高速化の影響は受けないようだな。
そちらのコインでも同様かと思うが……』
「試してみる。
見ての通り、転移魔法は成功したのに、水竜の影は残っている!
一体どういうこった、こりゃ!」
荒野。多国籍軍陣地。
どごーん! どごーん! どごーん!
「ええい!
噴煙で、見通しが利かぬわっ!
水竜はどうなった!」
「おおよそ考えられる限りの物理と術式による飽和攻撃が集中しています!
これで生き残れる生物がいるとも思えません!」
『……諸君、攻撃の手を緩めるな!』
「この声……皇帝か?」
「音声を拡張する術式かと」
『こちらの術者が確認した。
水竜はまだ動いている。
総員、反撃に備えよ』
「馬鹿な!」
「……あっ!
あれはっ!」
迷宮内、鍾乳洞。
ババババババッ!
「雷だ! 水中から雷が!
レニー、なにをやっている!
狙撃組をこの場から脱出させろ!」
『すでにそのように指示を出しています!』
「混乱して動きが鈍ってるか!
ええい!
無理矢理割り込んで……」
たっ、たっ、たっ……。
「はぁ?
誰かが、水上を歩いて……いや、こんな真似が出来るのは……」
「ほい」
ずしゃっ。
「水の壁が……狙撃組と雷との間に……」
「どうも、高速化魔法とやらがかかっている間は、いつもよりもずんと水の上を歩きやすくなるの」
「北方自由騎士団か!」
『雷が、水の壁に流れている間に……』
「いいか、まだ残っている狙撃組!
危ないから、即刻脱出札を使用してこの場から離脱しろ!
こいつは、お前らの手に負える相手じゃねー!」
荒野。多国籍軍陣地。
「ドグズル、ハリティ、ヌクライヌ各軍が……ほぼ一瞬で、全滅……だと?」
「各軍、戦闘不能状態にあるとのことです。
まだ確認されていないだけで、実際の被害はもっと大きいものと予想されていますが……」
「何事だ!
いったい、なにが起こったというのだ!」
「水竜による全方位攻撃と予想されます。
具体的な攻撃方法は……」
『……諸君。
こちらの観測班によると、水竜の攻撃方法は高い圧力をかけた水によるものだろいうことだ。
長生きをしたければ、遮蔽物の影に隠れることを推奨する。
例えば、前線に配置したわが軍のゴーレムの影などが手頃なのではないかな?
あれらは、動きは鈍い代わりに生半可なことでは破壊されん』
荒野。王国軍衛生兵団。
「おらおら!
さっそく、大漁だ!
片っぱしから応急処置をして魔法兵のところに持って行っいけ!
迷宮前まで転移させれば、間に合えば専門のお医者様がなんとかしてくれるさ!」
迷宮内、鍾乳洞。
ばずぅーん! ばずぅーん!
「……狙撃組が、ほぼいなくなったのはいいが……」
「水竜は、居残りのわれらに、狙いを定めたようじゃの」
「ああ。
あんたらの騎士団は、空っぽになった狙撃組のカヌーに乗り変えたわけか……」
「半ば凍った水の中を、いつまでも泳ぎ続けるわけにもいかぬのでな」
ばずぅーん! ぼずぅーん!
「はは。
いいのかい? 団長さん。
そっちは逃げなくて」
「いずれにせよ、この水竜とやらを誰かがおとなしくさせる必要があろう。
さもなくば、こやつは、際限なく暴れ回ることになるが……」
ばずぅーん! ぼずぅーん!
「これ見よがしに、わざと雷を命中させずに脅しつけて来やがる。
水竜ってやつの正体ははっきりしないが、ある程度の知能があることだけは確かなようだ」
『シナクさんは、脱出しないんですか?』
「レニーか。
元々、今みたいになんかあったときのためにおれが呼ばれているわけだしな。
とはいっても、こんなのの討伐法を、すぐに思いつきはしないんだが……」
「……ならば、おれが手を出しても構わぬな?」
「お?」
荒野。多国籍軍陣地。
「各国軍、帝国の軍用ゴーレムを楯にした上で水竜への攻撃を再開。
後ろに詰めていた帝国軍は、負傷者の後送を手伝った後、空いた陣地に詰めかけております」
「負傷者の後送……だと?
誰が? どこへ?」
「迷宮内に、異世界から異族の知識を利用した最新鋭の医療施設があり、おそらくそこへ。
それと、移送活動の中枢をなすのは地元王国軍を中核とし、若干の帝国軍将兵も加わっております。それに、もはや組織だった動きが不可能なほど人員を削減された軍の生き残りも、そちらに加勢している模様」
「……あれを見ろ!」
「なんだ、あれは……」
「ええい!
今度はなんだ!」
「流れ星です!
流れ星が、立て続けにいくつも……こちらに向かって落ちてきます!」