30.さくせんぜんじつ。
水竜作戦前日。
荒野。多国籍軍野営地。
「……結局、帝国軍は一番最後になったか?」
「多国籍軍総出で出迎えをしろ、だとよ。
いったい何様のつもりだ?」
「帝国軍様、だろう。
大陸でも随一の興隆を誇る宗主国様の軍隊だ。今回参加しているどこの軍よりも充実しているだろうよ」
「かなりの大軍、になったそうだな。
途中で膨れ上がって、三万とも四万ともいわれている」
「各地方面軍から精鋭を引き抜いて、当初の予定よりもかなり水増しをしたってはなしだな。
そんな寄せ集めで、はたしてまともに統制がとれるのかどうか……」
「しっ。
そろそろ時間だ。
くるぞ。
三、二、一……」
しゅん。
「……お、おい……」
「なんだ、これは……」
「ま、魔法兵だけで……千名は超えているではないか!」
「どんな国も、これほど多くの魔法兵を抱えてはいないぞ!」
「しかも……」
ぱおー! ぱおー!
「戦象に、駱駝兵……。
軍用ゴーレムに、カタパルト、バリスタ……大がかりな攻城兵器の群れ……。
やつら、一国を攻め滅ぼすつもりかっ!」
「それにあれは……皇帝旗!
なんだって……辺境のモンスター退治に皇帝自ら親征する必要があるんだよ!」
「数を揃えただけではなく……帝国はこの件について、すっかり本気だってことなんだろうな」
「お……おい。
水竜ってのは……そんなにやばい相手なのか?
超大型モンスターとしか、聞いていないんだが……」
「帝国が、本気になる必要があると……そう判断するくらいには、やばい相手なんだろうな。
ひょっとすると……この出迎えは、おれたち多国籍軍に覚悟を決めさせるためにあえて行った、帝国のパフォーマンスなのかも知れないぞ」
荒野。多国籍軍司令部野営地。
「出迎えご苦労。
して、さっそくであるがこの度のいくさの、軍議に入るとしよう。
総司令官はのわしでよいのだな?」
「「「「「ははぁ!」」」」」
「ふむ。
急ぎ陣容を整えた故、当地に来るのがすっかり遅くなってしまったのだが……ここまで時間が逼迫すれば、布陣もおおかた決していることと思われる。
帝国軍は諸国の軍の背後に回り、各国軍の援護に専念しようかと思う」
「それで……本当に、よろしいのですか?」
「遅参した身で、手柄だけを好きに切り取るわけにもいくまい。
水竜討伐の功績は、先に到着して準備を整えていた諸国に譲るべきであろう。
ただし、少々の例外は認めて欲しい。
軍用のゴーレムについては最前線に配置し、水竜からの攻撃に対する楯とする。ゴーレムならば、人の身では近寄れぬ場所へも存分に配置することが出来るのでな。
それ以外の帝国軍は、後方からの支援攻撃と、それに万が一、被害を受けて戦列が崩れた場所が出た際、そこを持ち直すための予備兵力として備えることにする。
これに異存があるものはいないか?
いないのであれば、軍議はこれにて終了とする。
諸国よりここに参集した皆の者も、すでにおのおの目算が立っていることであろう。
それぞれ、当初の予定に従って励むがよい。
帝国軍はおぬしらの軍の動きは阻害することはなく、もっぱら支援に専念するということをここに誓わせて貰おう。
他に質問か意見を持つものはおらぬか?
……おらぬのであれば、この軍議はこれにて解散するものとする」
迷宮内、迷宮日報編集室。
「大変です! 王子!」
「なんだ、うるさい」
「帝国軍が、帝国軍が転移してきました!」
「ようやくか?
予定よりはかなり遅れたが……帝国軍が派遣されることは、ずいぶん昔に決定していたことであろう。
なにをそこまで慌てる必要が……」
「帝国軍総数、五万五千!
うち、魔法兵一千、戦象五百体、駱駝千体。
その他、ゴーレムや攻城兵器多数!
五万五千ですよ! 王子!
当地に駐留している王国軍よりもまだ多い!
王国軍は半分以上が城塞の建築にかり出されていますが、帝国軍は全員が戦闘要員です!
多国籍軍の規模だって、今時ありえないくらいのものだったのに……」
「……ふむ。
帝国は、水竜の脅威をそこまでのものと判断したわけか……。
さて、その判断は、果たして正当なものかどうか。
それとも、そのように判断するだけの材料を、帝国は事前に掴んでいたということか……」
「水竜の資料は関係者には早くから公開されていますし、こちらの編集部もギルドから真っ先に知らされていた口です!
でも……水竜って、そこまでしないと討伐できないモンスターなんですか!」
「それは……明日になってみれば、否が応でも知ることになろうな」
荒野。多国籍軍、ダグズレイ王国陣地。
「水竜の転移場所と転移予定時刻に変更はないな?」
「はっ!
先ほどギルドと司令部に確認してきました!
予定に変更はないとのことです!」
「魔法兵!
メテオフォール術式の敷設状況は?」
「大きすぎず小さすぎ、ちょうどよい質量の宇宙塵を五つほど、すでに衛生軌道上に捉えております!
少しこちらに引っ張れば、いつでもお望みの場所に落とすことが可能であります!」
「結構!
水竜にとどめを刺すのはわがダグズレイ王国と知れ!
大陸中にわが王国の勇名を轟かすのだ!」
荒野。多国籍軍、トレズスレ教国軍陣地。
「「「「「怨敵退散! 御味方勝利! 怨敵退散! 御味方勝利! 怨敵退散! 御味方勝利!」」」」」
「「「「「怨敵退散! 御味方勝利! 怨敵退散! 御味方勝利! 怨敵退散! 御味方勝利!」」」」」
「「「「「怨敵退散! 御味方勝利! 怨敵退散! 御味方勝利! 怨敵退散! 御味方勝利!」」」」」
「「「「「怨敵退散! 御味方勝利! 怨敵退散! 御味方勝利! 怨敵退散! 御味方勝利!」」」」」
「……なんだ、ありゃ?」
「加持祈祷だとよ。
ああやって何十人分ものの魔力を一点に収束して、なんらかの魔法を使うつもりらしい」
「あの国の魔法は、独特だからな」
荒野。多国籍軍、ダメリ国陣地。
「榴弾に爆裂弾、貫通弾に……」
「おい。
本当に大丈夫なんだろうな?」
「任せておいてください。
転移してくる地点と時間がはっきりしている以上、はずしようがありません。
水竜ってやつにどんな砲弾が有効なのかがはっきりしていないのが、強いていえば不安材料ということになりますが……。
うちの砲兵と大砲は、大陸でも最先端を行っています。
こいつばかりは帝国軍にも遅れをとる気がしません。
うちの大砲で破壊できないものがあるのなら、きっとどこの大砲でも破壊できませんよ」
荒野。王国軍待機所。
「いいか。いよいよ明日だ!
今まで教えてきたことをそのまま実行すれば、最悪の事態は避けられるはずだ!
明日一日だけ、どんなことが起ころうとも動揺だけはするな! してもいいが、手は動かせ!
お前らの働きいかんで多国籍軍の被害が左右されることになる!
明日一日、大勢の命を預かるんだと、そう思え!」
ギルド本部。
「水竜作戦、討伐軍総司令、皇帝、スジャラスタルである」
「水竜作戦、転移作戦軍総司令、冒険者のレニーといいます。閣下」
「ふむ。
それで、早速だが……こたびのいくさ、勝てると思うか?」
「転移作戦までは、まず確実に。信頼できる相談役も十のうち九以上の確率で成功すると、そう断言してくれました」
「では……その後は?」
「さて……どうなんでしょう?
肝心の水竜のことが少しも明瞭にならないので、なんともいいようがありません」
「ふふ。
正直なやつだ。嘘でも世辞でも、多国籍軍の勝利を確約できぬと申すか?」
「そもそも、今回の作戦は、ギルドはあまり乗り気ではなかったと聞いております。
水竜についても、本当に討伐しなければならなくその日まで、封印指定をして放置する予定だったとか……」
「それを欲に駆られた諸国が欲しがり、だから討伐するまでのお膳立ては整える。しかし、結果までは保証出来ない。
と、そういうわけだな」
「ええ。
水竜を欲したのは、あくまで外部のみなさんになるわけですから」