27.くんじとうわさ。
迷宮内、軍籍冒険者用修練所。
「さてと、てめーら。
今日集まってもらったのは他でもない、例の水竜作戦に関することだ。
朝方、珍しい参謀総長に呼び出されてな。
ありがたいことに、おれたち王国軍も外の多国籍軍へ参加せよとのお達しだ。
必要となる物資もすべて最優先で手配され、現在迷宮内で活動している兵士と城塞建築に従事している作業用人員を併せ、三万人を越える人員を王国軍として参加させる運びとなった。
よしよし、静かに。静かに。
ま、ここまではいいんだ。
だがな、すでに日報などで公表されているんでお前らも知っていることと思うが、今回の相手となる水竜というのが曲者でな。
おれは、どーにも敵の実力を見極められないうちにおっぱじめる喧嘩というのが好きになれない。犬死にと負けいくさが嫌いだから。
今回は、どうも……おれの勘に寄れば、そのどちらかになりそうでな。
お前らだって、普段からモンスターを相手に手こずっているからよくわかるだろう?
今回の水竜は、迷宮内に出現するモンスターの百倍とか千倍以上の図体をして、その上、今の時点でわかっているだけでも、水と雷を操ることが確認されている。
今集結しつつある多国籍軍だって、大陸中から選りすぐりの精鋭だ。最新の兵器や強力な魔法兵だって大勢集まってきているから、まったく勝算がないとは思えないが……どうし考えたって、無傷の勝利ってことは考えられない。どれほど出るのかはそのときになってみないとわからないが、被害は必ず出る。
それで、おれとしては、地元の王国軍として、対処法もはっきりとしてはいない水竜を直接相手をするよりも、絶対に出るであろう負傷者を一人でも多く救うことを選択することにした。
多国籍軍のやつらは、こういってはなんだが各国首脳部の思惑ではるばるこんな辺境まで飛ばされてきた兵隊たちだ。やつらにしたって、こんな場所で戦死してもいいことなんざ一つもありゃしねー。
幸い、この迷宮の中には、ピス族の知識とそれを研究している帝国大学のお歴々による成果でもある、先進医療の研究所が存在する。賢いお医者さんたちが指示する通りに応急手当をして短時間のうちに迷宮内に運び込めば、別の場所ならまず死んでしまうような大怪我でも九死に一生を拾う可能性がある。
勝てるかどうかわからないモンスターを相手に勇猛さを空回りさせるよりも、何万と来ている多国籍軍の兵士を一人でも多く出身国に生還させる仕事の方が、確実で現実的、生産的な作業になると思うし……それに、すべてが終わった後に、確実に感謝される。
そんなわけで、今回の水竜作戦におけるわが王国軍の役割は、一人でも多くの敵を倒すことではなくて一人でも多くの味方を救うこととする。普通の軍隊とはまるっきり逆の行為を行うことになるわけだが、これが、これからの国際社会の中で王国軍引いては王国の威信を高めるための最善の選択であるとおれは信じている。
具体的な方法について、これから詳細に説明しよう……」
王国軍総司令部。
「……こうきましたか」
「いいんですか? このままにしておいても?」
「いいと思います。
どのみち、当日になれば衛生兵が必要となることは確かなわけですし、誰もやりたがらない地味な役回りを王国軍が率先して拾うというのも、選択としてはアリでしょう。
それに彼は、わが国でも一、二を争う前線指揮官です。
その判断力も、確かなものであるはずです。
彼が最善だと判断するのであれば、その決断を妨げてはいけません。妨げたとしても、かえって味方全体の不利益を呼び込むだけの結果となるでしょう」
「では、予定通りに?」
「ええ。
彼の方針にそって、全面協力でお願いします。
なに、作戦予定日までわずかに数日、後始末が多少長引いたとしてもせいぜい数十日だけのことです。
派遣軍としては王都の命に従っているだけですから、工程が多少遅延しても文句をいわれる筋合いでもありませんしね」
迷宮内、第五食堂。
「ブラズウェルのパーティがやられたって?」
「ああ、全滅。
不意打ちにあって、随行していたナビズ族に脱出札を貼られてようやく生き延びたってはなしだ」
「最近、多いな」
「モンスター、どんどん強くなっているからな。
大型が増えてきたし……」
「最初に、距離があるうちにこっちが相手を発見できれば、どうにかなるんだがな」
「向こうが先にこっちを見つけたとしたら、たまったもんじゃない。
そもそも、真正面からやりあって勝てる相手じゃないんだ」
「こうなってくると、もう運だよな。
無事なままで、いつまでこの稼業を続けられるのかってのも……」
「あんまり迷宮に潜ってばかりだと、負傷するよりも先に心の方がいかれちまうからな」
「この間壊れた、ムスロフとかバダクがそうだったな。
緊張感に耐えられず、あの不眠粉に手を出しちっまったってはなしだ」
「不眠粉、最近、出回っているらしいな。
何度も手入れがあって流通ルートが潰されているはずだが……」
「しょせん、鼬ごっこだろ。
冒険者は金を持っているし、薬に手を出す、いや、出さずにいられないストレスを常時抱えている。
となれば、どこからでも売人が入り込んで来るさ」
「あれは……一度手を出せば、それで終わりだからな。
あの薬に手を出して無事に済んだやつを、おれは知らない」
「おれもだ。
でも……それがわかっていても、手を出さずにはいられないやつも、多いんだろうな……」
「あんなものに手を出すくらいなら、冒険者からすっぱり足を洗っちまえばよかったのに……」
「まったくだ。
だが……こんなに実入りがいい商売は他にはない、ってことも事実だからな。
どうしても……まとまった金が欲しかったんだろうよ」
「馬鹿だな、やつら」
「ああ。
馬鹿だ。
馬鹿といえば……ここ数日、やけに実入りがよい連中が迷宮に出入りしているようだが……やつら、例の……」
「水竜作戦に参加してきた、各国の正規軍兵士たちらしいな。
通りすがりの者を捕まえては、とんちんかんな質問ばかりをぶつけてくるそうだ。
対応に出た者はたいてい、すぐに手近にいるナビズ族に押しつけるそうだが」
「異族や商人、冒険者がいきかっているこの迷宮も、外からきたやつらにとってはかなり物珍しいそうだからな」
「見慣れると、なんということもないんだがな。
やつら、迷宮広場の待機組にまず驚くらしい。
あんだけの人数がいて、待機している間はてんでバラバラに行動しているのに、召集があれば即座に隊列を組んで転移陣に向かっていく……って光景は、かなり珍しいみたいだな」
「最近、大人数が動員される頻度が上がってきているから、待機組の動きも早いしな」
「それから、脱出札を使う負傷者の多さな。
おれたちにとっては見慣れた光景だが……」
「迷宮に来ていきなりあれに出くわしたら、それなりに驚くだろうな。
血塗れだったりひどい火傷を負っていたりする訳だし……」
「あれもなー。
なんで、直接医局に転移させないのか、いつも疑問に思うんだけど……」
「脱出札を使うのは、怪我をしたときばかりでもないしな。
同じような機能を持つ札が何種類もあっても、それはそれで混乱の元だろうし、いつか、誰かがなんかのはずみ迷宮の攻略に成功したときとか、迷宮の内部に脱出しても無事では済まないだろうし、それに……」
「それに? まだあるのか?」
「怪我人をあえて外部に晒すことで、迷宮の危険性と冒険者が抱えるリスクをアピールするためではないか、ってはなしも、前に小耳に挟んだな。
本当かどうかまでは知らないし、なんともいえんけど……」