26.きょじんたち。
迷宮内、某所。
「……あれか?
見えるような、見えないような……」
「狙撃銃、具現化。
照準用遠視覚幕、起動。暗視機能、起動。
拡大、拡大、拡大……停止。
……なんじゃ、こりゃ……」
「どうした?」
「いや、あのヒト型なんだがな。
どうみても、縮尺がおかしい。
この距離と倍率であの大きさに見えるってことは……ざっと換算しても、体の大きさはおれたちの十倍以上。
しかも、地の民みたいに全身を金属鎧で覆った重武装で……」
「ギルドへ! 管制へ連絡だ、馬鹿!
やり合うことになったら応援が必要だし、ヒト型で武装しているんなら、交渉可能なやつらかもしれないし……とにかく、ここにいるおれたちの独断で動かない方がいいことは確かだ!」
迷宮内、鍾乳洞。
『ということで、ご足労ですがちょっといってきて欲しいのですが……』
「もう一人の交渉人、シナクはまだ手が放せないようだからな」
『そういうことです。
お願いできますか?』
「他に代わりがいないのだらば、おれがいくより他、しかたがないじゃないか。
そろそろギルドも、おれたち以外の交渉人を養成する必要があると思う」
『ごもっとも。
ですが、未知の種族とぶつけ本番で交渉を成功させることが可能な人材の育成を実際にやろうと思ったら、かなりの困難を伴うことでしょう』
「塔の魔女にでも頼んで便利な翻訳機でも仕込んで貰え。
それでは、これよりワイバーンを召還してそちらの転移陣まで移動する」
『魔女さんんへのお願いは、代償がひどく高くつきそうですがね。
管制には、こらからゼグスさんが向かうと伝えます』
迷宮前広場。
「今回は対巨大生物用装備だとよ!」
「車輪つきのバリスタを二十機、用意しろ!」
「今回の出動は、とりあえず二百名!」
「転移先ではしばらく待機のこと!
まずは交渉を試みるらしい!
相手は知的生命の可能性あり!」
「……ずいぶんと騒がしいな。
ここは、いつもこんな具合なのか?」
「バリスタを使うのか? 迷宮の中で?
迷宮の中に出現するモンスターは、バリスタを必要とするほど巨大なものがいるのか?」
「われらの目的である水竜も、まさしくその巨大なモンスターの端くれであろう。
それよりも、この活気にこそ注視すべきだろう。
これから死地に向かうというのに、怖気に萎縮している者がほとんどいない」
「ああ。
冒険者とかいう輩も、少なくともふぬけではないらしいな」
迷宮内、管制所。
「それで、相手の情報は?」
「まだ遠目に見かけただけであり、交戦や接触などが行われているわけではありません。
ただ、常人の十倍以上の大きさを持つ巨人たちの姿を遠目に確認しただけで……」
「事前にわかっている情報は、無きに等しい訳か……。
いつも通り、まずははなしかければいいのだな?」
「ええ。
巨人たちは全員、武装しているそうで、知能が高いことは確実かと思われますが、友好的な種族かどうかまでは確認出来ておりません。
まずはそこの確認からお願いします」
「交戦になったときに備えて、おれと一緒に待機組を出すようにしてくれ。対巨大生物用装備一式も揃えて。
すぐにおれのユニークスキルを使うと、相手が降伏する気になったときには手遅れになりかねん」
「順当な判断かと思われます。
すでに大型バリスタ二十機と二百名の待機組を現地に転移させています」
「いつものことながら、用意周到なことだ」
「いつものことですから」
迷宮内、某所。
「……あれか。
この距離だと、小さくしか見えないが……」
「機銃用の照準用遠視覚幕を使用すると、大きさがよくわかります。
それに、この部屋の大きさを考えると……」
「部屋の大きさは、待ちかまえているモンスターの大きさや移動力に大きく左右されるというしな。
まずおれが先行してみるつもりだが、この部屋に入ったところでバリスタを布陣、出入り口の防備を固めて置いてくれ。
あの図体だと、この隘路を通れるかどうか、微妙なところだが……。
とにかく、あまり部屋の奥深くまでは入らないよう徹底し、いつでも退却できる体制で待機してくれ」
「用心に越したことはありませんからね」
「さて、距離は空いているし、はったりは必要だし……。
いでよ! ワイバーン!」
ざっ。
「では、交渉してくるが……おれが合図をするまでこの場で待機していてくれ!」
「……ひと跳びでワイバーンの背に乗って、か……。
あいつも、たいがいに尋常じゃないな」
「……十二体、か。
多いのか少ないのか、微妙なところだな。
おーい!
そこの巨人たちよ!
おれの呼びかけが理解できるか?」
うがぁー! ぎぃー! うきぃー!
「歯を剥き出し、手足を振り回して威嚇するだけ……か。
金属製の鎧を着込んでいるからてっきり知能が高いのかと思ったが、そうでもなさそうだな。
しかし……と、いうことは知能が低いこいつらの武装や武器をわざわざ用意して与えたやつが別にいるってことか……。
念のため、もう何回かは呼びかけてはみるが……」
迷宮内、管制所。
「ゼグスさんの呼びかけに対し、意味のある返答は確認出来ず……ですか?」
『ああ。
呼びかけに対する反応や挙動からいっても、あれらは野蛮人というよりも猿や類人猿……とにかく、ヒト以下の知能しか持たない獣に近い知性体だと思う。
金属製の武具や武装を持ち、それなりに使いこなせるようだから、それなりに頭は回るのだろうが……少なくとも言葉による交渉は、不首尾に終わった。
どうする?
このまま攻撃を行い、この場でやつらを殲滅するか?』
「……入り口を完全閉鎖の上、何名かの見張りを残していったん引き上げてください。
攻撃を開始するのは、もう少し様子を見てからにしましょう」
『しばらくは封印扱い、か。
賢明な判断だ。大きさはともかく、ヒト型が相手だと、実際に戦うやつらの腰も引けてくるしな。
先ほどもいったように、言葉での交渉は不可能だと思うが、調教することが可能でうまく利用できれば、それなりに有用な種族だと思う。
というより、あいつらはすでに別種の知性体に使われてたのではないか?』
「ゼグスさんがそのように思われる根拠をお聞かせ願いますか?」
『やつらは、明らかに加工された金属の鎧や武器を持っているが、やつら自身にそういった道具が製造できたとも思えない。
やつらとは別に、そういった道具を与え使い方を教えた者が別にいる……と考えた方が妥当だろう』
「推論としては妥当なところですね。
報告書にも記載しておきましょう」
『頼む。
では、こっちは出入り口に陣地を作成して見張りを置き、不必要な人員はすべて撤収……で、いいのだな?』
「それでお願いします。
巨人たちの処遇については、もう少しギルド内でも検討してみることにします」
『では、こちらの冒険者たちにはそのように伝える。
陣地作成に必要な資材と人員は……』
「すぐに手配してそちら送ります。
見張りで残る人たち以外とゼグスさんは引き上げてください」
迷宮前広場。
「担架だ! 担架を持ってこい!」
「……痛い……痛い……」
「血だぁ! おれの血がぁ!」
「ええい!
騒ぐやつは麻痺札で黙らせろ!
痙攣してる者の口には布でもつっこんで自分の舌を噛まないようにしておけ!
静かになったやつから医局にかつぎ込むぞ!」
「……なんの騒ぎだ?」
「モンスターに、返り討ちになった連中らしい」
「なんと……惨い……」
「ここのギルドは、冒険者の被害をかなり抑制しているそうなのだがな。
それでも、日に何度かは、ああいう犠牲者を見ることが出来るそうだ……」