23.ほねのきょじゅう。
迷宮内、鍾乳洞。
「俊敏性を増す術式とは、微妙に違うんだよな。
なんていうか、使い勝手が」
「外部から見た結果は、ほぼ同じ。
ただし、高速化呪歌の効果の方がずっと大きい。
主観的に見れば、俊敏性加増術式は体に負担がかかることが実感できる。
高速化呪歌は、自分の体が高速化したという実感は、あまり伴わない。むしろ、自分以外がひどくのろくなったように感じる」
「そうそう。
水飛沫が体に当たると、ひどく重く感じるし……それ以外に、空気も全体にもっさりして重く感じる。
グリフォンの羽根で風を起こしたら、ありゃ、風というよりはもっと重い固まりで全身をごばーんと横から叩かれたような衝撃を感じて……」
「それで、帆の制御を誤って、水面に自分の身を放り出した、と……」
「いや、実際、かなり練習しなけりゃ乗りこなせないな、こりゃ……。
ということで、ルリーカ。
しばらく、テオ族を何人か借りられないか?」
「魔法関連統括所としては、構わない。
この作戦には全面的に協力するよう、ギルドからいわれているし、ほかに火急の仕事があるわけでもない。
ただし、拘束する分の報酬は、テオ族の人に支払って欲しい」
「当然の要求ですね。
今回の作戦は潤沢に予算を割り振られているので、そちらから出すことにしましょう」
「いいのか? レニー。
今回の作戦に関して、おれはあくまで後詰めで重要な役割を果たしているわけではないんだが……」
「別に構いませんよ、これくらい。
確かに今回、シナクさんはあくまで予備戦力扱いな訳ですが……それでも、いざというとき、自由に動けないようでは困りますしね」
「まあ……実際には来ないでくれるといいんだがな、その、いざってときは」
「確かに本番で来てくれると困るんですけどね。その、いざってときは。
それにシナクさんだけではなく、他にも高速化環境での演習を行いたい方は多いので、どのみちテオ族の方には依頼をするつもりでしたし」
「……それもそうか。
本番まで、時間がないもんな」
「狙撃班はもとより、北方自由騎士団の方々もあの環境に慣れておきいたいとの申し出がありましたもので……」
「……よしっ!
それじゃあ、いってみようかっ!」
「おい、シナクよ。
着替えないでもいいのか?」
「なに、どのみち、またすぐに濡れますからね、剣聖様。
この分だと、まだまだ何度も水の中に放り込まれそうだし……」
迷宮内、某所。
「本日これより、リリス博士発案による特殊クエストを行うものとする。
これよりこの壁面の爆砕作業を行う。
われら冒険者の仕事は、この作業に従事する人員の安全を確保することとじゃ。
なにか質問があるものはおるか?」
「ティリ様、一つ、よろしいでしょうか?
爆砕を伴うとはいえ、このような工事に護衛が必要なのでしょうか?
迷宮内とはいっても、この周辺はかなり以前に探索作業が終了し、それ以降、モンスターの出没も認められていない地域だと思っていましたが……」
「いい質問じゃ。
確かに、なにもなければそれに越したことはないのだがな。
リリス博士の言によると、ここを破壊しようとすると、迷宮が抵抗活動を行う可能性があるということでな」
「迷宮が……ですか?」
「ふふん。
迷宮に意志があるかのようないいようが、気に食わぬか?
とはいえ、生物ではない迷宮とて、己の存在を全うするために抵抗することもある……というのが、リリス博士の予測でな。
それが的を射ているかどうかは、ここでしばらく待機しておれば、おのずと答えが出る。
たかが護衛とはいえ、決して気を緩めることがないように!」
迷宮内、鍾乳洞。
「少し、いいか?」
「なに?」
「召還した魔獣、モンスターには、あの高速化の呪歌が効かなかった」
「彼らは、呪歌を耳にしていなかったから」
「そうらしいな。
具体的な対策は、なにかあるか?
このままだとおれは、本番の肝心なときに役立たずになってしまう」
「……小型の音響装置を用意して、そこに呪歌を中継すれば……その音が聞こえる範囲内なら、高速化の効果が得られる。
音響装置については、ピス族に相談する以外に用意する方法がない」
「だが、それだと……おれの魔獣だけではなく、その呪歌が聞こえる範囲内のものはすべて、高速化するのではないのか?
場合によっては、水竜とやらを利する状況にもなりうると思うのだが……」
「召還したモンスターにイヤホンを使用することは出来ませんか?」
「……種類によっては、それも可能だとは思うが……耳腔内にイヤホンを放り込み、脱脂綿かなにかを詰めてそれが外に出ないようにすれば……。
しかしそれだと、魔獣の使役において柔軟性が欠けると思うし、なにより、使用可能な魔獣が限定される。
総司令がそのように対策せよというのなら、その言葉に従うが……」
「……判断が難しいところですね。
ですが……今回は、小回りよりも確実性を重視しましょう。
その方法でも使役可能なモンスターをリストアップしておいて、それらを優先的に召還して使役するように心がけてください」
「了解した、レニー司令官」
迷宮内、某所。
「……はーい!
下がって下がって。もっと遠ざかって。
耳をふさいで口を開け、姿勢を低くして。
出来れば、地面にべったりと身を伏せてください。
これより、発破の導火線に火をつけます。
下手に姿勢を高くすると、まともに飛来した岩のかけらがぶつかりますよ!
はい。火をつけました。
……三、二、一」
……どどーん……。
「……耳をふさいでいても……来るな」
「キンキンしますね。
でも、これで……」
「ああ。
このようにして何度か発破をかければ、併走する隘路との間に抜け道が出来て、通路の形が変わる。
その前に、なんらかの妨害が行われる可能性があると、リリス博士がいっておったのだが……」
「……あっ!
ティリ様、あれを!
巨大な、骨だけのモンスターが……」
「来おったか!
作業員はさがれ。
いや、脱出札を使用して、一時、この場から退却せよ!
それ以外は総員、機銃を具現化!
全作業員の脱出を確認し次第、戦闘を開始するものとする!
……よし。
作業員は完全に姿を消したな。
総員、射撃開始!」
……ダダダダダダダダダダダダダダダ……。
チュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュン……。
「ティリ様!
ほとんどの弾丸が、跳ね返っている模様!」
「総員、近接戦闘準備!
各自の武器に対死霊用の銀鍍金を具現化!
ナビズ族! 管制に増援の要求を! 前衛適正がある者を何名か回して欲しい!
準備は出来たか?
それでは……総員、突撃!」
迷宮内、鍾乳洞。
「……ほう……」
「どうした、レニー」
「ティリ様が、管制に増員の要請を出したようです。
珍しいなと、思いまして」
「いつもは自分が増員に応じることが多いようだからな、あれは」
「どうにも、機銃が効かなくて、近接戦闘でしか対応できないモンスターらしく」
「それで、人海戦術で叩こうという訳か」
「数はさほど多くないようですが、相手がひどく大きいようで。
なんでも、骨だけになった巨獣タイプのモンスターらしいです」
「なるほど。
それは、骨が折れそうだな」
「………………剣聖様」
「いうな。
それよりも、あれが今、忙しくなっているということは……」
「どうやら、リリス博士の予想が図星を突いたようですね」
「となると……水竜作戦が無事に済んだとしても、また忙しいことになりそうだな。
この迷宮も」