22.しょうたいちょうのけつい。
郊外。王国迷宮派遣軍司令部。
「で……われわれの小隊が中心となって、多国籍軍に参加する部隊を構成せよと、そのようにおっしゃるわけで?」
「あな方たグリハム小隊は、実によくやってくれていますよ。
あなた方軍籍冒険者のおかげで、われら王国派遣軍も大いに面目を保てています。今や軍籍冒険者の功績は誰に否定できません」
「……お言葉ですが、参謀総長閣下。
われらは、あくまで迷宮内という特殊な環境に対処できるよう、これまでに兵を育成してきておりました。
今回の水竜作戦、でありますか? その作戦は、聞いた限りでは野戦に近いものであるように思われます。
わずか数日という短時間で野戦に適応するように兵を育成な直そうとするのは、おおよそ現実的な構想とは思えません」
「いや、そのご意見は、実にもっともだと思います。
ですがね。
こちらはなにも、真面目にいくさに参加をしろといっているわけではないんですよ」
「では……不真面目に、いくさに参加せよと?」
「不真面目といいますか……可能な限り損耗を避け、しかし、地元の国家軍としての体面を保てる程度の存在感を示して頂ければ、こちらとしては万々歳なわけです。
具体的な戦果などは、決して期待をしていません。
極めて好都合なことに、グリハムくんは野党狩りの異名を持って近隣諸国の関係者に広く名を知られております。
そのグリハムくんが、数千から数百の部隊を率いて作戦に参加してくだされば、それだけでもう、こちらとしては大満足なわけです。
それと、こちらにね。
有志の魔法兵たちから今回の作戦に参加をしたいという嘆願書が届いているのですよ。
彼らもともに、グリハムくんに率いていただければと……」
「つまり……多国籍軍の中に入って王国軍ここにありと存在感を示せ。それ以外のことはやる必要がない……と、総参謀総長閣下は、このようにおおせなわけでありますか?
小官に、見てくれだけのお飾りの軍を率いて外見だけを取り繕え、と……」
「そこまで直截的な物言いをするつもりはありませんが……大意としては、おおむねそんなところですね。
正直にいってしまえば、こちらとしては、せっかくこれまで順調に作業工程を消化しているのに、今になって無駄に欠員を増やして建造計画を遅らせたくはないのですよ。
幸いなことに、グリハムくん。
貴君が育成した軍籍冒険者たちは当初の予想以上の実績を積み、結果として国庫も大いに潤し、加えて、負傷者も今までわずか数十名に押さえています。戦死者においては、いまだに皆無。これは、奇跡的といってもいい戦績ですよ。
次の議会で予算が通れば、派遣軍の増員もありえるようです。いえ、このままいけば、きっとそうなるでしょう。
これまでのところ、わが王国派遣軍は順調に任務を全うしております。最大の功労者といえるグリハムくんだって、遠からず昇進の知らせが届くことでしょう。
将来のことを考えても、ここまで順調に推移してきたのに、ここでつまらぬケチをつけたくはないのですよ」
「確認いたしますが……小官が集められる人員は、軍籍冒険者のみに限定されないわけでありますね?」
「先ほどもいいましたように、魔法兵の方々の面倒も見ていただきたいものでして……それ以外にも、人手が必要でしょうか?」
「……調整してみませんとわかりませんが……場合によっては、いくばかの人員をお借りする事になるかも知れません」
「いいでしょう。
どのみち、作戦当日までわずか数日のことですからね。
それまでの間くらいなら、グリハムくんに采配のすべてをお預けします。
それ以外に、必要な物資などがあったらどうぞ遠慮なく、輜重部隊に要求してください。最優先で調達するよう、通達しておきます」
「そのような条件であるならば、お引き受けしましょう」
郊外。町と王国派遣軍城塞外部。
「本当に、本気でやるおつもりですか? 小隊長」
「ああ。
まずは、魔法兵の詰め所と輜重部隊に寄って挨拶をしてくる。
その後は……」
「その後は?」
「軍籍冒険者を召集。
やつらを、作戦当日までに即席の衛生兵に育成し直す!」
「衛生兵……ですか?」
「ああ。
今回の作戦は、かなりやばいぞ。
ギルドが発表した資料をざっと見ただけでも、一目瞭然だ。
相手の戦力が推し量れないのに勝てる算段なんてたつわけがねーだろっ!
勝てるかどうかはやってみなければわからないが、苦戦するってことは簡単に予想できる。
大勢の怪我人、それにきっと、戦死者も、決して少なくてはないだろう。
なにしろ……どんな手を使ってくるのか、それどころか正体さえろくにわかっていない超巨大なモンスターが相手だ!
負け戦が大嫌いなおれとしては、出来れば参加したくはなかったんだが……総参謀総長直々のご命令とあれば、はは、こいつが宮仕えの悲しさってやつだな。
断れるわけがない。
だから、まあ、ご命令通りに。
多国籍軍の中で異彩を放ち、何よりも当日になって絶対に必要、必須とされる、なおかつ地味で普段は誰からも注目されない作業を負担してやろうじゃないか!
苦戦するっておれの予想が当たれば……すべてのことが終わった後、各国のお偉いさん方は王国軍の存在が忘れられなくなるだろうよ!」
ギルド本部。事務方筆頭執務室。
「それで、当ギルドへも協力を要請なさる……という訳ですか?」
「えへへ。
どうも。そのような次第でして」
「具体的には、医局へおはなしを通して人員を割いて貰ったり、大量の重傷者を受け入れる準備をしたり……といったところでしょうか?
どれも、いわれるまでもなく、作戦に備えて準備を進めている最中な訳ですが、時間と予算の制限があります関係上、決して万全とはいいがたく……」
「重々、承知しております。
作戦当日、王国軍が担当できるのは現場で出来る負傷者の手当と移送。これは、必要な患者はうちの魔法兵を総動員して迷宮に送り込みます。
迷宮内に送り込めば、麻痺札や止血用の凍結札を使用できますので、そこでまた新たな手当も可能となる」
「今回のように大量の負傷者が発生することが予測される場合に有効なのは、まずは負傷の度合いによって等級を判断し、手首に色違いの布を巻くなどして治療の緊急を要する順番を決定することだそうです。
……ピス族の知識の受け売りなのですが」
「なるほど。
その場で治療をしただけでも問題のない者は青、迷宮内に送り込んで治療すればなんとかなりそうな者は黄色、すぐにでも手術を施さなければ命に関わるような重傷者は赤、すでに手の施しようがない者は黒……といった具合にですか」
「それ以外にも、止血して生理食塩水というものを輸液すれば、即座に失血死することはかなり防げるようです。
多くの人手が動員できるようでしたら、点滴のやり方も可能な限り多くの人たちに修得して頂ければ……」
「わずか数日でどこまでやれるのかはわかりませんが……やりましょう」
「それ以上に詳しいことは、医局におたずねください。
生理食塩水の増産や、ようやく生産が軌道に乗ったばかりの抗生物質のことなどを教えてくださるでしょう」
「抗生物質……ですか?」
「体内に入った病魔を駆逐したり、化膿止めの効能があるそうです。
ある種のカビを集めて、高濃度に精製して、注射をして使用する薬物です。
ようやく安定して生産できるようになったばかりで、量的なことを考えると今回の計画に使用する分も、十分には行き渡らない可能性の方が大きいようですが……」