21.ごけんまのかげ。
「シナクさんの方は、そのまま本番までにあの板の扱いに慣れていただくことにして……ですね。
どう思いましたか、シナクさん。
実物の水竜を目の当たりしたご感想は?」
「想像していたよりも、ずっとずぅーっと、大きかったな。
それに、動きが速かった。
本当に大丈夫なのか?
こんな杜撰な作戦で……」
「本番のときには、作戦を説明のときに触れられていましたが、射撃とタイミングを同期して島の魔女さんが用意してくださったアイテム類が十万以上、ばら撒かれます。
これらは、すでに湖底に何十となく沈められていて、合図を送れば水中に展開するようになっています」
「例の、浮子とか水中帆になるとかいっていたやつか?」
「それに、広範囲に大量の水を凍らせる魔法陣も、今、用意している。
防水布に描いて、ブイで水面上に浮かべるタイプ。
減速用途のアイテムと併用することで、水竜の動きをかなり制限できる。はず」
「そのとき、魔法を発動するルリーカは魔法陣の近くにいなくてもいいのか?」
「術式を作動させる呪文を送り届けることが出来るから、必ずしも近くにいる必要はない」
「そっか。
ま、水上で護衛対象が増えるよりは、その方が安全だな。
それで……正直なところ、大丈夫なのか?
その、ルリーカの魔法であんなに巨大なモンスターをどうこう出来るもんかなー、って……」
「問題はない。
必要な魔力は、このあたりに満ちている。
それに転移魔法についても、転移元と転移先の座標はだいたい特定できているし、転移する対象の周辺ごと、余裕をもっておおざっぱに指定をすればいいだけ。
遠くからでも魔法を発動することは可能。
通常の転移魔法と違って、転移する対象の無事を確保する必要がないだけ、気が楽」
「……そっか。
それじゃあ、ルリーカの負担は、そんなに大きくはないんだな?」
「ルリーカの負担は、得られる効果と比較して、さほど大きくはない。
魔力は外部から供給すればいいだけだし、この程度なら、余裕」
「毎度のことながら……魔法使い、すげーな……」
「この世の摂理や基本法則をねじ曲げ、改竄するのが魔法の本質。
基本的には、魔法は、どれもすごい。
決して、魔法使いが凄いわけではない」
「でも……その凄い魔法を、あの水竜も使ってくるわけだ……」
「こちらから不用意に近づいていかない限りは、実におとなしいものなんですがね……。
調査のため、何度か接触を試みようとしましたが、一定の距離より近くにいきますと、いきなり、バンと……」
「雷と、水流操作だったっけ?」
「ええ。
現在のところ、その二種類の攻撃方法が判明しています。それで、強引に追い払われるんですよ。
そのおかげで、水竜の形状や正体については今になってもまるでわかっていません。
あれがわれわれが知る魔法と同質のものであるのかどうかもはっきりしていませんし、今のところ確認されていないだけで、その二種類以外の攻撃法を持っている可能性も否定できません」
「なんともまあ、実に頼りないはなしだなあ、おい……。
そんなんであの水竜、本当に討伐できるもんかね……」
「外に集結しつつある多国籍軍にお任せするしか、ないでしょうね。
彼らは、大陸中から集まって来た精鋭たちです。
彼ら多国籍軍の手にも余るとしたら、それは水竜がもはやわれわれの手には負えないほど強大な相手であること意味します」
建設中の王国軍城塞、魔法兵詰め所。
「それでは、お二人は多国籍軍には参加なされないと?」
「そういうことになります。
機密に触れるのでこの場で詳らかにすることは出来ませんが、われわれ姉弟はその間、別名に従事せねばなりません」
「それは……何日か前、基底部に運び込まれたとかいう怪しげな荷物と、なにか関わりが……」
「お答えできません」
「膨大な攻撃魔法の触媒となる物品が、この城塞のいずこかに存在するとの噂が流れはじめておりますが……」
「お答えできません。
総参謀長の命により、口外を禁じられています」
「では、どうあっても、お二人はこの城塞に残ると?」
「そのような、命令です。
みなさんはそのまま、ご自由に。
幸いなことに、この城塞建造も佳境に入った今、われら魔法兵の手は余っています。
参謀本部も、みなさんが多国籍軍へ参加することを、止めたやしないでしょう」
「今となっては、われら王国軍魔法兵は完全に遊軍と化しておりますからな」
「まったくだ。
あまりにも暇なんで、いっそのこと一般兵に混じって工兵の真似事でもしたくなってくる」
「そうですね……。
それなら、水竜の件が無事決着したら、交代で迷宮の魔法関連統括所にお邪魔してみますか?」
「迷宮の……で、ございますか?」
「おや、知りませんでしたか?
最近、なんでも異世界の魔法が発見されたそうで、あそこではその研究を行っている最中だそうですよ。
どうせ時間を持て余しているのであれば、その間に見聞を広めてみるのも一興でしょう」
荒野。多国籍軍野営地。
「……なんだ、あれは?」
「はっ!
避雷針だそうであります!
水竜は、水を操り雷を使うようですので……」
「それに備えて、か。
では、水への備えについては、なんとする?」
「はっ!
土塁を積み上げることも提案されましたが、なにぶん、時間も人手も不足していますので、却下されました!」
「時間……はともかく、人手もか?
今、この場にいるきらびやかな具足に身を固めたおびただしい将兵は、人手のうちにはいらぬのか?」
「はっ!
みなさま、由緒正しい家柄の騎士や兵士にございますっ!
下賤な工兵の真似事など断じて出来ぬとおおせられましてっ!」
「……なんともまあ、頼もしいことだ。
ほう。
一番きびきびと動いているのは、砲兵どもか?」
「はっ!
弾数に制限なく撃ちまくれる機会は滅多にないとかで、新型兵器の実験も兼ねて張り切っている部隊が多いようですっ!」
「炸薬使用兵器は、使用制限がきついからな。
しかし、新型か」
「はっ!
なんでも、砲弾の形状を工夫して、飛距離と命中率を格段に高めているとか聞いておりますっ!」
「砲兵どもにとっては、貴重な実験場となるわけか……」
「はっ!
砲兵以外にも、魔法兵なども、これだけ多くの国々から同じ兵種が集まる機会もあまりありませんので、これを幸いと情報交換が活発に行われているようですっ!」
「一応、今回に限り、この場にいる全員が味方であるわけだからな。
確かにこれほど多くの魔法兵が一堂に会する機会も、そうはあるまい。
とはいっても……おのおの、最後の切り札までは容易に明かさないのであろうが……」
「はっ!
それはいいのですが……」
「なにか懸念があるのか?」
「はっ!
懸念といいましょうか、魔法兵の間で少々判断に困る噂が流れているようでありますっ!」
「……噂?」
「はっ!
どうやら、五賢魔の一人が迷宮に出入りし、当地の冒険者ギルドに協力しているという噂が流れておりまして、魔法兵たちは若干、浮き足だっておりますっ!
数名ほど、噂の真偽を確かめようと町や迷宮に入った者がいるようでありますっ!」
「五賢魔……だと?
あれは、子ども騙しの御伽噺ではなかったのか?」
「はっ!
諸説あるようですが、彼らの事跡や創造物のいくつかは現在にも残存しておりますっ!
少なくとも、伝説級の超越的な能力を持った魔法使いが何名か実在したことは確かな事実のようでありますっ!」
「その伝説級の魔法使いが、当地にいるようだ……という訳か。
しかも、ギルドに協力している、と……」