20.そうごうえんしゅう。
迷宮内、鍾乳洞。
「ほれ、この通り」
「若干……水に沈むのが、遅くなるのか?」
「この水神の恩寵護符のおかげでの。
水の上を歩けるようになるわけではないが、慣れさえすれば、早足で五十歩や百歩くらいは、進むことが出来る。
それに、乗った船の速度を上げたり、逆に別の船の妨害をしたりも可能じゃ」
「大ざっぱに、水を操るわけか?」
「操るといっても、そんなにたいそうな影響力があるわけでもないがの。
北方の水神神官が何年も祈りを捧げて一枚の護符に込めた成果と考えれば、これでも尊い。
それに、水上船ともなれば、この程度の威力でもなかなかに重宝する」
「で、その恩寵護符とやらを、北方自由騎士団のみなさんは全員、お持ちになっている、と……」
「今、ここに来ている連中に関しては、すべて」
「そいつは、心強いことで。
ということでだ、レニー。
後の手配の方は総司令官に委せた」
「はい。
では、こちらの船に分乗なさってください。
みなさんは、このような小型船の扱いには……」
「カヌーか?」
「まかせろ」
「おれたちは、陸の上にいるよりもずっと長い時間を水の上で過ごしているんだ」
「あちらはあれでいいとして……剣聖様。それにバッカス。
あなた方まで、なんでここに?」
「そのようなつれないことをいうな、シナクよ。
貴様とわれらとの仲ではないか」
「わはははははははは。
おれはまあ、おまけだ」
「おまけなのかよ。
あー……レニー。
余分の船は、あるかな?」
「予備の船くらいは用意していますが……大丈夫ですか?
この手のタイプの船は、慣れていない人が扱うと、簡単に転覆したりするんですけど……」
「………………慣れれば、なんとかなるだろう」
「なんなすか、剣聖様。
その意味ありげな間は?」
「わははははははははは。
こうみえて、かーちゃんは金槌だからな」
「バラすな、馬鹿!」
「……まあ、今日はまだ演習だし、邪魔にならない隅っこで操船の練習でもして貰った方が無難でしょう」
「そうですね。
救命胴衣もしっかりつけていただければ、問題はないかと」
「そんで、レニー。
今日は……いよいよ、例の水竜ってやつを拝めるわけなんだな?」
「拝む、といっても、水上からは、影が動いているようにしか見えないはずですけど……ですが、ええ、運が良ければ拝むことが出来ますよ」
「運が良ければ?」
「水竜の回遊コースは四パターンほどになります。
そのうちどのコースを選ぶのかは、それこそ水竜自身にしかわからないことでしょうね」
「すると……水上に待機している射者たちは、四カ所に散って待ちかまえているわけか?」
「そういうことになります。
水竜が水深の比較的浅い部分を通る場所も特定出来ていますので、どのコースを選んでもいいよう、分散してそこで待ちかまえているわけです」
「……はぁ。
ずいぶんと、不確定要素が多い作戦だなぁ」
「こういってはなんですが、今回の作戦における射撃班は、ルリーカさん率いる魔法班が水竜を外に転移させるまでの補助的な役割しかしていませんので……」
「さほど重要ではない、ってか?」
「そういうことです。
今回の主役は、あくまで、魔法班ですよ」
「シナク。レニー」
「おお、ルリーカか。
なんだ?」
「これ。ようやく完成した」
「……耳栓か?」
「イヤホンという。
遠くの音声をこれに送り届ける。
これを耳に入れていると、こちらから送信した音が聞こえてくる」
「作戦に必要な指示とかを伝えるってのか?
確かに、帆だの櫂だのを操っていると手がふさがってしまうけど……」
「指示以外にも、魔法を伝える」
「……魔法?」
「テオ族の、魔法。
音が届く範囲内の時間に、緩急をつけることが可能となる。
水竜は、水中を高速で移動する。
それに対抗するためには、聞いた者の体内時間を高速化する必要がある。
その魔法を聞いた者は、周囲の世界がいきなりゆっくりするようになった、と、体感するはず」
「……その、音楽だか魔法だかの効果が効いている場所と効いていない場所とで、時間の流れ方が違って来るということか?」
「そうなりますね。
われわれはすでに何度か経験していますが、その魔法の効果が及んでいる間はすべてがゆっくりになります。自分自身が早く動きすぎているせいでしょうが、空気でさえもなんだかねっとりと重たく感じます」
「そんな状況で、水竜にちゃんと狙いをつけられるのかよ?」
「さきほどもいったように、もう何度か経験していますからね。
そもそも、狙いをつけるべき場所はだいたい固定されているわけですし……」
「おおざっぱな狙いをつけた状態で待ちかまえて、タイミングを合わせてズドン、か?」
「そういう手はずになってます」
「だいたいの手順は了解した。
だけど、おれは……その間、なにをしていればいいんだ?」
「そうですね、シナクさんと、ゼグスさん、ギラルさんの予備戦力組は……適当にそこいらをぶらるいて、現場の雰囲気に慣れておいてください」
「……と、いわれましても……この帆を張った板、その構造上、一カ所に留まっておくことが出来ないんだよなあ」
『一カ所に留まりたい場合は、ぐるぐると近辺に円を描いて貰うしかないですね』
「はいはい。
……ギダルの旦那は悠々と空を飛んでいるし、ゼグスのやつは召還した大蛙の背に乗っているし……」
『なんならもう一体、大蛙を出して貸してやるか?』
「いや、いい。
そうして貰っても、いざというときに小回りが利かなくなるもんな」
『そのいざというときが本当に来たとしたも、お主らヒト族ではなににするにせよ間に合わぬぞ。
現場に駆けつけたときには、とうに姿を消した後だ』
「そうなんですか、ギダルさん」
『ああ。
こうした何度か空からその水竜とかいうやつの挙動を確認してみたのだが、あれは、とても大きくて、速い。
そしておそらくは、強い』
「はぁー……。
ドラゴニュートのギダルさんがそこまでいうのなら、相当なもんなんでしょうねー……」
『相当なものなのだな、あれは』
『そろそろ時間です。
初日から運がいいですね、シナクさん。
今日の水竜は、そちらに向かっているそうです』
「……え?
おい、レニー……」
『これより高速化効果のある呪歌を開始する』
「……おれは、どうすれば……」
『シナクさんは、その場で待っていてください。
狙撃班の人たちが銃を構えている先に目を凝らしてればぁぁぁぁ……』
「おい!
どうした、レニー!
……あっ。魔法の影響か!
音の聞こえか方まで影響してくるなんて……そうか。
音を運ぶ空気は、魔法の影響下にはないから……。
すると、この魔法の効果が持続している間は、まともな連絡が出来なくなると思っていた方がよさそうだな。
とはいえ、肝心の水竜は……狙撃班が狙っている先の、水面下……。
え?
おい!
こりゃ……想像以上に速いし……デカい!」
『……てぇぇぇぇぇ……』
「このタイミングで、撃ったつもり、と……。
的があんなに大きけりゃ、そりゃ、外しようもないか……。
さて、と。
おれは……グリフォンの羽根!
ちょっと、水竜を追いかけて見ましょうかね……と。
……どわぁーっ!」
「……それで呼んだ風の勢いが強すぎて、帆で受け止め損ね、板の上から放り出された、と……。
なんとも、締まらない顛末だったな」
「……へくしゅっ!
いや、そうはいいますけどね。
あの板を扱いはじめたのは昨日からだし、高速魔法の影響下で本格的にグリフォンの羽根で風を起こしたのは今回がはじめてだ。
加減がわからなくても仕方がないですよ、剣聖様」