19.めいきゅうめーかーのかんがえ。
「ときに、抱き枕よ。
今日もまた、特殊なタイプが出たようだが……」
「ああ、あれな。
さすがは迷宮ってか、次から次へと変わり種が出てくるものだなあ、って呆れるところだけど……今日のは、アレだ。対処にあたった連中が慌てただけで、特に強いってわけでもなし、むしろ対処はしやすい方だったな。
ただ、足が速いのと攻撃が通りにくいの見て、対処にあたった連中が無駄にビビってただけで。無駄に怪我人が出る前に白旗揚げてこっち委せにしてくれたのは、賢明な判断だったとは思うけど……」
「そういうことではなくてな、そいつは、足ではなく車輪のように転がって移動していた聞いたが?」
「車輪、というよりも、もっとずっと横幅があったから、ローラーだな、あれは。
確かに、ごろごろーっと転がって移動してはいたけど……それがなにか?」
「ふむ。
いやな。
逆に問うが、こっちの世界の動物のほとんどが、車輪ではなく足を使って移動するのはなぜだと思う?」
「そりゃ……そっちの方が便利がいいからだろ。
足下が平坦な場所ばかりでもないし……」
「そうだ。
不整地や起伏の激しい場所では、四本であれ二本であれ、車輪を使用するよりも足を使う方が効率的に移動できる。
では、そうした高低差がほとんどないことが前提の世界ではぐくまれた生命体なら、どういう形態で移動するようになると思う?
例えば、だな。
迷宮の隘路みたいな、多少の傾斜はあるものの極端な凹凸や段差がほとんどない場所で、何億とか何百億世代も育まれ、そうした環境に最適化した生物なら、どのような……」
「ちょ……ちょっと待て。
……今日のあいつが……迷宮内の環境に適応した生物だと……そういいたいのか?」
「ほかに、あんな形態の生物が誕生する理由が考えられるのか?」
「いや……そもそも、あれは生物なのか?」
「生物という概念を厳密に定義づけるのは意外と難しいのだが……生物である公算の方が大きい」
「それはまた、なぜ?」
「何者かの手による非造物であると仮定すると、その機能が予想つかないからだ」
「機能?」
「ヒト族だって、他の異族だって、道具を作るのは、利用するための目的があるからだ。
刀剣は戦いの道具だし、包丁や鍋釜は調理に使うために作る。
では、ただごろごろ転がるだけのやたら頑丈なローラーなど、いったい誰がなんを目的として欲するのか?」
「……そう、いわれてみると……」
「その点、生物が存在すること自体には目的はない。
一部の宗教では、生物所か世界自体をデザインし想像した上位存在を仮定しているが、それの実在を証明することに成功した例は、今のところ皆無だ。
なぜ、ヒト族はヒト族の形で、猿は猿の形で、犬は犬の形で生まれてくるのか?
生来的にそのように出来ているからだ、としか、いいようがない。
おのおのの生物がどうしてそのような形態になったのかといえば、世代を重ねる内に住んでいる環境に適応していった結果だ……としか、いえない。
では、ローラー型の生物が発生するような環境といえば、どのようなものであるのかを想像すると……」
「……ちょうど、この迷宮のようなものになる、っていうのか……」
「別の可能性もあるから、断定は出来ないがな。
どこかの世界には、どこまでいっても平坦で起伏のない大地が広がっている……ことが当然な世界も、あるのかもしれないが……地質学的な条件を考慮すると、そのような人工的な世界が存在する可能性はかなり低い。
どこかにそんな世界があるとすれば……超越的な知性体が存在し、未知の知識と技術を使用して無理矢理そうした環境を整え、しかも生物がそのような環境に適応するほど長い期間、そうした環境を維持し続けたことになる。
そんな世界が存在する可能性はまったく無い……とは断言できないが、実際に限りなく小さい。
冷静に条件を考慮してみれば、ほとんど無視していいくらいの可能性だ。
道具説は、使途不明で却下。
別の世界の生物説は、そのような生物が発生する環境要件が整う可能性を考慮すると、考えにくい。
残るは……」
「迷宮で何代も世代を経るうちに、自然とああいう形態になった生物、ってわけか……」
「今のところ、その可能性が高いな」
「なあ……生物の形が環境に適応するのって……かなり長い間、同じ環境が維持されていないと……」
「難しいな。
おそらく、今お前さんが漠然と想像している以上に、長い長い年月になる」
「それだけ長い年月に渡って、存在を維持してきた迷宮があるってことか?」
「迷宮を攻略しよう、なんて考えるのは、知性がある生物にしか出来ない。
それ以外の生物にとっては、この迷宮も単なる外的な環境条件に過ぎん」
「そりゃあ、別にいいけど……あれが生物だったとして、いったいなにを食べればあんな図体に育つんだ?」
「実物を見ていないし、なんともいえんな。
おそらく、迷宮内にふんだんにあるもの……を、食べていたのに違いないのだが……」
「モンスター同士が争ったり、補食したりといった説いた事例は、今のところ目撃例が報告されていませんね」
「それも、大きな謎だよな。
その割にはやつらは好戦的で冒険者の姿をみつけると、まず例外なく襲いかかってくるし……」
「モンスターについての疑問点を並べますと、まず、なにを食べているのかがわかっていない。
次に、なぜ迷宮にはいった我々にだけ襲いかかってくるのかわからない」
「どこから来たのかもわかっていないよね!
別の世界からっていう説は、まだ実証されていないし!」
「別の世界との出入り口が目に見えるようになるのは、大量発生の時くらいだもんな」
「あれこれ疑問は尽きない訳だが、総じていえることは、この迷宮は自然に発生したものにしては、あまりにも不自然に過ぎるということだな。
この不自然さは、何者かが意図してそのような条件を設定したと考えなければ説明がつかないと思われる」
「いったい誰が……と考えるは……無駄でしょうね」
「迷宮が現在の姿に成るようにデザインした者が実際にいると仮定しても……その者が存在したのは、遙か太古のことになるだろう。
その正体を突き止めようとするよりは、動機を予想する方がいくらかは生産的ではあろうな」
「動機、ですか?」
「このような迷宮を発生させることによって、なにをしたかったのか? その目的だ。
それがはっきりすれば、迷宮攻略の糸口になるのかもしれない」
「迷宮を作ったやつが、なにを考えていたのか……か」
「それについては、リリス博士が面白いことをいっていた。
迷宮の通路の形に、なにか意味はあるのではないかと……」
「そういやあの人、言語学の先生だったな。
それで、通路の形からなにか読めたのか?」
「今のところ、なにも」
「なんだ」
「でも……次にリリス博士は、迷宮は大規模な魔術回路なのではないか、と、いいだした」
「……あ。
あの人、魔法を使えるとかもいっていたな。
実際に使ったところは、見たことないけど……」
「でも、迷宮内に魔力が蓄積されていく理由も、その説で説明がつきますよ」
「で……この迷宮が巨大な魔術回路だったとして……結局、いったいなんのための魔術回路なんだ?」
「そこまでは、わからない。
だけと、部分的には、解析が進んでいる」
「……マジで?」
「マジで」
「ちょっと、ルリーカさん。
そのおはなし、ギルドには報告が上がってきていないんですけど……」
「あくまで、未完成の仮説。
もう少しまとまってから報告すると、リリス博士はいっていた」