15.ていこくはけんぐん。
「帝国の補助金以外にも、少学舎が初期の運転資金を貸しつけているようだけどね!
帳簿状の貸付を増やして黒字を減らそうって魂胆だろうけど!
税金対策でもあるね!」
「まったくつてがない土地に移っての創業、ってことになれば、それなりに金はかかるからな。
昨日今日、少学舎を出たばかりのやつらでは、現実問題としてまかなえる額ではないと思うけど……」
「引退した冒険者が、ある程度の出資する場合もあるそうです。
負傷や、最近のモンスターに対応できず引退する人も最近では増えてきましたし……」
「問題なのは、そうした外部の少学舎の系列会社でも迷宮日報をそのまま発行しようとしているところだね!」
「……あー。
ニーズ、あるのか?
迷宮の外で、迷宮日報って……」
「あるよ!
賭博のタネとして!
そうして最近増えてきた日報系列会社は、場外賭札売場も併設しているんだね!
これで迷宮の内部だけではなく、広く外からも掛け金が流れこんっで来るようになるわけだよ!」
「ああ……そっちか……」
「その手の賭事好きは、どこにでもいますからね。
すでにこの迷宮で大きな賭場となっていることに加え、王国の首脳部も公式にその存在を認めている賭場でもあります」
「ましてや、名目上の主催者が次代の王様、だもんな……誰も文句がいえねー……」
「それに王子も、ここまで展開するまでにそれなりの下準備は怠っていないでしょうし……」
「……すべては金集めのために、か」
「すべては金集めのために、ですよ。
この分だと、あの王子様……何年か後には、本当に、義務教育とかいう制度をこの王国に行き渡らせてしまうかもしれません。
肝心の教育についても、異族や外の世界から来た人たちも含めて、簡単な読み書きや日常会話を短期間のうちに教えるための方法も、徐々に蓄えているようですし……。
もっとも、こちらについては帝国大学の先生方の協力があってこそ、なのでしょうけれども……」
「おれのが見ていないところで、色々と進んでいるもんだなあ……」
迷宮内、迷宮日報編集部。
「王子」
「なにか?」
「ナビズ族の一団が帝都に送られる件の、記事の扱いはいかがいたしましょうか?」
「邪魔にならないよう、紙面の一番隅っこにでもそっと載せておけ」
「では、ビリデリルにて発生した赤咳熱が迷宮発の医療技術と消毒行為の推奨により最小限の被害で鎮火した様子については?」
「それも、必要最低限の文章量に留めておくこと」
「各国における機織機の受容状況のレポートなどは……」
「そのようなもの、水竜作戦が終わって記事に困ってからでも遅くはないであろう」
「では、当面はやはり、メインの記事は迷宮攻略と水竜作戦で固めるおつもりですか?」
「それ以外になにがある?
そもそも大衆は、高所から説かれるもったいぶった言説や遠い外国の出来事にはあまり興味を持たぬ。
もっと卑近で読者が求める情報を最重視せよ。
より具体的にいうのなら、内向けには冒険者の仕事に役立つ実用的な情報、外向けには賭博に役立ちそうな情報をもっと熱心に集めて掲載すべきであるな。
まだまだ日報は黎明期、まずは対象が求めるものを与え、掲載する記事が正確であることを強く印象づけていかねばならぬ記事だ。
もっと多くの機能を負わせるのは、日報という媒体に対する世間の信頼が高くなってからにしておいた方がいい。今の時点では、読者数を増やして日報の売り上げを上げることを最優先にせよ。それが、日報の影響力を増すための早道でもある。
そのときが来るまで、よい記者を養成するなり記事を書き留めておくなりしてせいぜい準備に勤めるがよい」
迷宮内、射撃場付属合宿所最上階、秘密の会談部屋。
しゅん。
「……こんばんはぁ。
こちら、マスターからの差し入れになります。みなさんで召し上がってください」
「ああ、リルレイさん、どうも」
「来たか、猫耳。
どうだ? そっちでの例の、水竜作戦の影響は?」
「どう……なんでしょうね?
身内のギルド関係者とか冒険者の方々は、なんとなく、近い内に大きな動きがあるということは雰囲気的に察知していましたし……」
「作戦の準備に参加していた人数は、最終的には万人単位のオーダーになりましたしね。
一応、箝口令を布いてとはいっても、この手のはなしはどこからともなく漏れ伝わるものが常ですから……」
「羊蹄亭のお客さんも、最近、特に昼間なんかは外から来たお客さんの割合が増えているわけですけど、ここ数日は身分が高そうな人たちが多いような気がします。
お金には困っていなさそうですが、かといって商人という風情でもなく……」
「町の外に集結しつつある、多国籍軍の人たちかな?」
「でしょうね。
作戦実施日までまだ時間がありますし、その余暇を利用して迷宮見物に来ている人がいてもおかしくはありません」
「そうした人たちは当然のことながら迷宮の事情には暗く、副業でガイドをしている少学舎の子たちのいいカモになっているようです」
「何か知りたいことがあったらナビズ族あたりに聞けば一発なのにな」
「彼ら、ナビズ族がしゃべれるかも知れないとか、想像したこともないと思います」
「それもそうか。
確か、多国籍軍ってのは、ほとんどが各国の王侯貴族で構成されているってはなしだし、そうすると、異族とのつきあいってのも……」
「ほとんど、ないでしょうね。
異族どころか、ヒト族の平民とだって、交渉をする機会すら、ほとんどないはずです。
上流階級というのは、そこに属する人たちだけで完結している社会ですから、直接召しかかえている使用人以外には、平民と接する機会がありません。
強いていえば、軍隊では将校として一方的に命令をする立場になりますが……」
「同じ貴族とはいっても、ククリルたちみたいな小貴族とはまた、微妙に違うわけか。
今回の多国籍軍って、そんなに各国のお偉いさんばかりが来ているわけ?」
「来ていますね。
こちらに今の時点で判明している多国籍軍参加者のリストがあるんですが……王家やその分家、そこまでいかない場合でも、それぞれの郷里に帰ればかなりの権勢を誇る名家の子弟ばかりです」
「わからねーなー。お偉いさんの考えることは。
そんなに偉い人たちなら、わざわざこんなことろまで出向いてきて危険な真似をする必要もないだろうに……」
「名声が欲しいんでしょうね。
このご時世では、軍功を立てる機会もそうはありませんし……」
「こんな平和な時代に、お偉いさんがわざわざ腕っ節を競う必要もないだろうに。
いくさ場ではなく、まつりごととかさ。
名家の出だったら、もっとこう、名を売るのにふさわしい舞台はいくらでもあると思うけど……」
「内政、ですか?
確かにそれも重要なことですけど……そうした方面の功績は結果が出て評価されるまでの期間をかなり長くなりますし……彼らにとっては、決定的に地味なんでしょう」
「地味……ねえ。
斬った張ったの巧妙さと、普段の生活を向上させる施策、下々の者にとってはどちらが重要に思えるのか、ちょいと想像すりゃわかりそうなものなんだが……」
「その想像力を欠いているのが、上流階級の人々なんですよ。
それよりも、この多国籍軍について、少し気になる噂を耳に挟んだんですが……」
「なんだよ?」
「これまでに判明している限りでは、各国軍の人数は、最大で五千人編成でした。転移魔法を使用するにせよ、他の方法で移動するにせよ、遠い外国まで軍隊を派遣するとなれば、国力にもよりますが、一国あたり数百人からせいぜい数千名を派遣してくるのが限界です。
ところが帝国軍は、一万人を越える大軍を当地に派遣してくるそうです。
宗主国の面目如実、といったところですかね。
帝国にとっては、今回の件も自国の権勢を他国に見せつける場でしかないのかも知れません。ここまでは、まあ、いいのですが……。
気になるのは、今回、帝国派遣軍の指揮を皇帝自らお執りになるとの噂が流れていることでして……」