12.すいじょうしゅうれん。
迷宮内、鍾乳洞。
「しばらくこない間に、ずいぶんとまあ、賑やかになっちゃって……」
「今では、ギルマンやリザードマンの居留地も兼ねていますからね。
雪解けのあとからこっち、外からやってくる人たちも多く、彼らの迷宮内人口は増える一方です」
「今は景気いいからな、この迷宮。
それと……遠くでちょこまか動いているのが、演習中の船か。
遠目にもずいぶんと小さいみたいだけど、あれで間に合うのか?」
「ここでは強い風も吹きようがありませんからね。
帆はなし、手漕ぎで小回りが利き……となると、ああした小型のカヌーになります。
今回の作戦に備えてもう半年も水練を行っているので、参加する冒険者たちも狙撃銃ともども、あれの扱いにはかなり習熟していますよ」
「直接作戦に参加するのだけでも千人を超える、とかいってたか。
用意周到なことは誠に結構なことではあるんだけど……そんな中に、なんの準備もしていないおれなんかがぱっと入っていっても、問題ないのか?」
「シナクさんは、ギダルさんやゼグスさんと同じく、非常事態が起こったときのための予備戦力ですし、こういってはなんですが水上戦での習熟をあまり期待されていません。
それよりも、むしろ……他のみなが何事かを見落としてはいないのか、逸はやく悪い兆候を発見し、警告してくれることを期待されています。
その手の勘働きというのは、誰もに期待できることでもありませんから……」
「はいはい。
でも、なあ。
こーんな薄暗くてだだっ広いところで、この陸地からあーんな遠くまで見通せってのも……たいがいに、無理難題ってものだぞ」
「なにをいっているのかなあ、シナクくん!
シナクくんはこれに乗って大暴れして貰う予定なんだからね!」
「……おい、コニス。
これ、船どころか、板じゃないか。
一応、帆はついているようだが……」
「シナクくんの体重と装備品を水の上に浮かせるくらいの浮力はあるから大丈夫だよ!
それに、シナクくんはグリフォンの羽根を持っているから、それで風を起こせば帆も有効に活用できるね!」
「……本当に人を乗せても浮くのか? これ……」
「シナクさん。
確か、泳げましたよね」
「まあ、一応。
川でも溺れない程度には、泳げるつもりだけど……。
でも、そんなに達者ってわけでもないぞ。もともと、内陸部の育ちだし……」
「それはどうでもいいんですけどね。
一応、水の上に出るときはこの胴着を身につけるようにしてください。装備の上からでも結構ですのね」
「なんだこりゃ?」
「救命胴着だね!
浮き袋も兼ねていて、これを着ていれば水に落ちても滅多なことでは溺れないように出来ているんだよ!」
「今回の作戦に参加する人たち全員に配布されています」
「そりゃまた、至れり尽くせりで。
でもまあ、こういう作戦ならこれくらいの準備はするか。
……と、こんな感じでいいのか?」
「ええっと……。
ええ。これで、大丈夫ですね」
「それでは、シナクくん!
これからがんばってこの板を乗りこなしてみようか!」
「ちょ……押すなよ。
これ……本当に沈まないのか?
そおっと……お。
浮いた」
「水平に延びた棒を手に取ってうまくバランスを取らないと、横転しますよ」
「お。お。お」
「風を起こさないと、ちっとも前に進まないんだね!」
「……そんなにごちゃごちゃいわれても、いっぺんに出来るかぁー!」
「案ずるよりも産むがやすしというが、実際にやってみるとなんとかなるもんだなあ。
風とこの船と、同時に両方、気を配らないとうまく進まないから、慣れは必要になるが……。
いきなり転進とかはまだ無理だが、大ざっぱに動くだけなら、もう、どうと出来るわ。
お。
あれが、演習中の船か。
二人から三人乗りのカヌーで、ほほう、全員で一斉に同じ水中の標的に狙いをつけて……」
ダダダーン……。
「なかなか、様になっているじゃないか。
連中、ここでかなり、修練を積んでいるみたいだな。
あの狙撃銃で水中を狙った際の有効射程距離とかも、当然検証済みなんだろうな。
水竜は、何通りかの巡回路を持っていて、だいたいの通り道はわかっているようだけど、待ち伏せしてそこを狙うわけか……。
もう少しこの板に慣れたら、その巡回路もこの目で実際に確かめておかなけりゃあな。
水上から見ても、どこまで確認できるもんかわかったもんじゃないが……」
ざばーん。
「おわっ!」
ぱか。
「何だったら今から、その巡回路を案内するかねシナクくん!」
「……おい、コニス。
なんだ、そりゃ?」
「コニスの秘密アイテムのひとつ、一人乗り用の水中船だよ!
かなり古い時代のものらしくて、中の空気が少しかび臭いけど、速度も乗り心地も申し分ないよ!」
「なんでもありだな、お前のコレクション。
ま、いいや。
案内してくれるっていうんなら、先導して案内してくれや。
案内して貰ったとしても、なんの目印もなこの水上では場所をおぼえきれないと思うけど、念のため、な」
「はいはい、おやすいご用だよシナクくん!
水上ではともあく、水中では下から石筍が生えていたりするから目印には事欠かないのだね!」
「水中も遠くまで見通せるのか、その船」
「見通せるというか、音の反響でなにがあるのかみてとれる、という感じだよ! 操船席では直感的にわかりやすい形に表示してくれるけど!」
「……ほおー。
音の反響で、見るのか……」
「水中では、空中の三倍の早さで音が伝わるからね!」
「……そうすると、あの演習中の銃声とかも、かなり五月蠅く響かないのか?」
「発砲音がするの、水面から上のこっちだからね!
水中までにはあまり響いてこないよ!
弾丸が水中を進む音は、どこか間が抜けた感じがするしね!」
迷宮内、某所。
ダダーン……。
「ほう。ほう。
あの距離でも、穿つのか。
その狙撃銃というやつも、なかなかの威力よの」
『術式で出来ているから、迷宮の外では使えないけど』
「で、あろうの。
元はといえば、炸薬を使用して弾丸を撃ち出す異族武器。
帝国の支配が安泰な間は普及はせぬか」
『こんなのが普及したら、いくさの様相が一変します』
『こいつを揃えれば、騎兵も甲冑も穴だらけに出来ますからね』
『勇気ある戦士が名乗りを上げる代わりに、怯懦なる匹夫が地べたをはいずり、隠れ回り、物陰から敵を狙う。
勝利を確たるものにするためには、そんな戦い方をするより他なくなります』
「それは、困るな。
そうなれば、われらのような騎士は、軒並み行き場を失ってしまう。
やはり帝国には、もう少しがんばって貰わねばならん」
『いわれずとも、帝国の屋台骨は今のところ安泰。
あと何百年かは大陸を牛耳っていることでしょうよ。
なにより各地の通商を巧みに握り込んで放しませんからね、帝国は。
金を持った兵隊には、どんな国の軍隊も適いませんよ』
「そこへいくと、われら北方自由騎士団は、常々金にだけは不自由をしているからのう」
『それで、出向いた先のいくさとなれば常勝しているから始末が悪い』
『周りからみたら、さぞかし、不気味な存在でしょうね』
「いくさをするのは騎士団の勤め。
そのいくさ場で後れをとるわけにはいかんだろう」
『……普通、そのいくさは金食い虫です。
常識に照らしても貧しい軍が常に勝っているのは、極めて異常な状況です』
「なに、金はなくとも志は高いぞ、わが騎士団は。
それに、金がなくともいくさ場で飢えずに済む方法はいくらもある」
『今回は、他の軍の輜重を襲うのはやめておいてくださいよ。
敵は水竜。
他の軍は、あくまで味方ですからね』