11.こおるさんにん。
迷宮内、第二十八修練所。
「ここは、終わり、っと。
さて、お次は……」
(第十七修練所ー)
「はいはい。
しかしまあ、いつの間にか教官のお仕事の方がメインになっちゃってぇ……。
こっちはこっちで、それなりの面白味があるからいいんですけどねぇ。
さて、移動、移動、っと……」
しゅん。
迷宮内、第十七修練所。
「あ、ククリル教官。
教官はもう、お聞きになられましたか?」
「例の、大規模討伐計画のことぉ?」
「それもありますけど……あのぼっち王が、北方自由騎士団の団長さんとやりあったって。
あ、かの有名な*ではなくて、その後を継いだズデルサレート卿って人が相手だったそうですけど……」
「……へぇ。
あの人もまあ、次から次へと……」
「とにかくもう、修練所は、今、その話題で持ちきりですよ!
北方自由騎士団の団長さん相手に一歩も引けを取られない、互角以上の戦いをしたって……」
「……当のご本人はさぞかし、苦い顔をしていたことでしょうねぇ……」
迷宮内、羊蹄亭支店。
「あ。
いらっしゃませー」
ぱら。
『どうも』
「三名様ですね?
お好きな席にお座りください」
『……妙にウェイトレスの衣装が板についてきた猫耳ってどう思う?』
『別に、どうも思わん』
「はい、お冷やどうぞ。
ご注文はお決まりでしょうか?
ただいまミートパイとアップルパイが焼きあがったばかりですが……」
さらさらさら。
『ミートパイとアップルパイ、三切れづつ。
ホットミルク三つ』
「はい。
今お持ちしますー」
『……あの子、結構隠れファンが多いんだって』
『男って、ああいうふにゃふにゃしたのがいいのかしら?』
『さあな』
『オラスはあの子、気にならない?』
『ああいう鈍くさいのに、うしろは任せたくはないな』
『……そういうことではなくて……』
「よう。
一緒にいいか?」
『ゼグス!』
「そんなに驚くなよ、ラキル。
邪魔なら、別の席にするが……」
『いいよ別に、一緒でも』
『おれも構わない』
『オラス! ニクル!
勝手に……』
「ラキルはいやなのか?」
『……別に、いいけど……』
「では、いいな」
『それでなに?
ゼグスは、今日も絶好調?』
「モンスターの討伐数のことか?
絶好調かどうかは知らないが、今日はこれまでに二度出撃して倒したモンスターは確認されただけで二千三百体以上。
まあ、いつもの通りだ」
『……嫌みないい方』
「おれ自身の実力というよりも、ほとんど特性のおかげだからな。
誇る気にもならん。
便利だから使ってはいるが、なんか他人事っていうか……」
『そんなもんなのか?』
「そんなもんだ。
この仕事を全うすることが、果たして正しいのかどうかってのもときおり、疑問に思うくらいだし……」
『迷宮から出てくるモンスターを放置していたら、この世界なんかあっという間に滅んじゃうじゃない』
「おれはもともと、この世界の住人ではないしな。
それに、放置していれば滅んでしまうのなら、そのまま滅ぶままにまかせるのが自然なことではないのか……とも、ときおりは思う。
ここには世話になった人も多いので、すぐに廃業する予定もないがな」
『勝手ないいぐさ。強いやつのいい分ね』
「否定はしない。
おれだって、自分の意志でこうなったわけではないが」
『相変わらず、嫌味なことで』
「おれのような立場に立たされれば、誰だって皮肉屋になるだろうさ」
「あら、ゼグスくんもいらっしゃい」
「リルレイか。
おれにも、こいつらと同じものを」
「はい。
今、お持ちしまーす」
『ゼグスってさ、あの子、どう思う?』
「よく働いているようだな。
この店と射撃場を行き来して、一日中働きづめではないのか?」
『いや、そういうことではなく……』
『それよりも、ゼグス。
もう聞いた?
例の、水竜作戦とかいう大規模討伐作戦のこと……』
「ああ。今日が情報解禁日だったか。
会議には出席出来なかったが、おれもその討伐作戦に参加することになっているからな。概要くらいは前から聞かされている。
とはいえ、おれの役割はいざというときに備える後詰めなのだが……」
『あ。
そうなんだ』
「そうなのだ」
「はい。
ホットミルクとミートパイ、アップルパイお待ちどー」
「ホットミルクは人数分でいいとして……パイが、ずいぶん多いような……」
「え?
ゼグスくん、彼らと同じものをご注文でしたよね?
だから、ミートパイとアップルパイが三つづつの、計六つづつをお持ちしたのですけど……」
『余ったらあなたが責任を持って処分しなさいよね、ゼグス』
「……わかった。
水竜作戦のことはまだ少し先のはなしだから置いておくとして……それよりも、今日の出来事だ」
『……まだなんかあったの?』
「迷宮では変事なぞ、それこそ日常茶飯事だろう。
で、今日、今さっきの変事は、だな。
例のぼっち王と新参の冒険者が修練所で模擬戦をしたとかで……」
『別に珍しいことではない』
『ときたまいるよね。
手っ取り早く名をあげようと高位の冒険者に食ってかかるやつ。
たいがい、返り討ちになって終わりだけど……』
「今回に限り、そうはならなかった。
完全に互角かそれ以上の勝負だったそうだ」
『……だれ? その相手は』
「確か、北方自由騎士団の団長、とかいっていたか。
お前らにも、それなりに縁のある名前だと思ってな。
日報に報じられるまでにはまだ間があるし、なるべく早く知らせておこうと思ったんだ。
彼ら、例の水竜作戦に合わせたのかどうか、二十名ほどの団体でこっちに来て、早速冒険者として登録していったらしい」
『……』
『……』
『……』
「……どうした?」
「ラキル! ニクル! それに、オラスよ!」
「「……うわぁっ!」」
「……ラキルとニクルの声、おれ、初めて聞いた気がする」
『だ、団長!』
『……ズデルサレート卿……』
『抱きつくの、駄目。
喉に入っている。喉に』
「……なんじゃ、三人とも。
久方ぶりの再会だというのに、ずいぶんと冷淡な反応をして……」
「それで……こちらのがっしりとしたご老人は、お前たちのお知り合いなのか?
先ほど、団長とかいってたようだが……まさか……」
「ふむ。
わが名はズデルサレート・ザウルスレジナ、ここにいるのは配下の北方騎士団が精鋭二十名。
当地の危地を聞きつけ、水竜作戦に参加せんとこうして馳せ参じた。
それで、その方が……銀腕のゼグス殿で相違ないか?
ふむ。
報告に書かれていた通りの風貌であるな」
「あ……ああ。
確かに、おれの名はゼグスで間違いはないのだが。
失礼ながら、団長さんとやら。
あなたは、偉い方なのか?
子細があって、おれは、こちらの世情にはかなり疎いのだ。もし失礼があるようであったら、先に謝罪しておく」
「偉い?
いやいや、今でこそお情けで爵位を戴いてはおるものの、われら北方騎士団は、実質、食い詰め者の集まりよ。しかしわれらは、よくあるように無頼、不法の群れとなる前に、それらを狩る側に回った。
不毛に近い領地を貰い受けてほそぼそとそれを耕してはいるが、基本、貧乏人の集まりでな」
「つまり、傭兵、ということか?」
「困窮する民に乞われればどこなりとも参上するが、雇われてということではない。
われらが動く先は、われら自身の意志で決する」
「だが、それでは……生計が立たないのではないか?」
「さよう。
で、あるからして、われらは常に困窮しておる。
北方自由騎士団の自由とは、すなわち自らの意志で貧困にあえぐ自由ということよ」
「よく理解できる。
自由と貧困が直結するのは、どこの世界でもありがちな現象だ。
しかし、その志は気高いとも思う」