7.じゆうのきしたち。
「ところで王子。
郊外に集結しつつある多国籍軍への対応は、いかがなさいますか?」
「対応……で、あるか?」
「その……取材とか……」
「ああ。
やりたい者がいるのであれば、自由に取材に行かせてもよいぞ。首尾よく記事に出来れば、日報の紙面も割くことにしよう。
ただ……行くだけ無駄であるとは思うがな」
「無駄……ですか?」
「此度の多国籍軍は、各国選りすぐりの精鋭たちであると聞く。
つまり、その構成員のほとんどが王家や貴族など、上流階級の人間によって占められていることとなる」
「は……はぁ……」
「そんな場所に、平民ずれが聞き込みにいったとして、果たしてまともに相手にされるかどうか……」
「相手に……されませんか?」
「王族や上級貴族の大半はな、平民と接する機会すら希であることだし、そもそも、下々のことなぞ口をきく珍獣くらいにしか思っておらん。
面識もない下々の者が面会を求めたところで、無視をされるのが関の山であろう。
それに、郊外とはいえ、実際にはあの城塞からでさえ、馬でもたっぷり一日はかかる距離を置いて野営をしているというではないか。
移動に必要な手間や時間を考慮すると……」
「わざわざ出向いても、無駄に終わると……」
「たぶんに、そうなる公算が大きいな。
こちらの取材にまともに応じてくれそうなものは、馬丁や荷の運搬に従事する人足など、下働きの者くらいか。
これらの者たちは、当然のことながら作戦の根幹部分には関与せず、まともな取材になりようもない。
そもそも、日報のような報道機関の意義や意味を理解している者が、この世界にはまだまだ少なく……」
「あ、王子。
世界がどうたらいうおはなしは、もう結構でございます」
迷宮内、攻略状況表示板前。
「今日は、ゼグスのやつの一強だな。
討伐数も、もう三桁に達していやがる」
「今日は、シナクもギダルも出てないからな。
ゼグスとギダルが来てからこっち、討伐数でシナクが一人勝ちする日も、めっきり少なくなったしな」
「ドラゴニュートや反則なユニークスキル持ちと生身の人間を比較しようってのが、そもそも無理がある」
「ゼグスのユニークスキルは、強力で使い勝手がいいしな。
いっそ、卑怯に思えるくらいだ」
「探索距離とかを考慮して総合成績を見てみると、シナクのパーティだって決して悪くはないんだが……」
「それどころか、他のパーティと比べれば、やっぱり群を抜いている。
今さらいうまでもないことだが、ゼグスやギダルが特別すぎるんだよ、やはり」
「ま、そんくらい強力な競争相手がいて、はじめて釣り合いが取れるってもんじゃないのか?
やつらが現れなかったら、いつまでもぼっち王が一人勝ちしていたまんまだったろう?
それじゃあ……」
「それじゃあ、賭場が静かすぎて、賭ける側にしてみれば張り合いがない」
「そういうこと。
ようやく対抗馬が揃ってきたんだ。
まだまだ場を荒らして、こちらを楽しませて欲しいもんだぜ」
「まったく、自分で迷宮に入れる状態ならいうことはないんだが、怪我が治りきらない以上、こうして他の冒険者に金を賭けるくらいしか楽しみがないからな」
建設途中城塞、外部。
「……高いな」
「これで……まだまだ、未完成だというのか?」
「なんでも……普請をはじめてから、これでまだまだ半年も経たないとか……」
「なんと!
それで、この大きさか……」
「下手をすると、石造りよりも堅牢。
それでいて、形状も自由に出来るとか……そんな、新式の工法によるものらしい」
「……はぁぁ……。
世の中とは、知らぬ間に進歩しているものなのだな」
「……その工法も、迷宮よりもたらされた知識によるものであろうか?」
「いや。
聞いたはなしでは、古来よりある工法に工夫をつけて、改良したものであるらしい。
この王国の技師が考案して、この城塞建築にも採用されたそうだ。
その技師にしてみれば、ちょうどよい実験の機会と金主を首尾よくせしめた、ということになるのだろうな」
「新しきものすべてが、迷宮より発するわけでもない……か」
「ああ。
おれたちだってまだまだ、捨てたものではないさ」
「それよりも……多国籍軍の野営地からここまで、もうかなり歩きましたが……まだまだ迷宮には、到着しませんので?」
「この周辺では馬という馬がみな出払っていて、港町からこっち、ずっと借り受けることが出来なかったからなあ……」
「普段から迷宮へ運び込む物資だけを見ても、相当の量があると聞いている。
それに加えてあの多国籍軍に必要な荷や食料を運び込むとなると、そりゃ、周辺の馬という馬は軒並み引っ張られるだろうさ」
「そんな……他人ごとのように……」
「嘆くな、嘆くな。
われら民を守る北方の騎士。
弱音を吐かず、前進あるのみ」
「よし、団長に続くぞ!」
「「「「「おお!」」」」」
迷宮内、某所。
「……ふう。
終わった終わった。
いやはや、内容のある説明会だった……」
「どう思った、シナクよ。
あの作戦については?」
「どうもこうも……強いていうのなら、肝心のあの水竜について、結局はわかっていることが少ないのがなぁ……」
「一定以上の距離に近寄ると、まず例外なく水流か雷で攻撃を受けますので、詳細な生態については、なかなか……」
「それで、こっちもやつを遠巻きに見守ってはかる範囲のことしか知りようがない、ってわけか……。
うーん。
そこで躓かなけりゃ、いいけどな」
「躓く……ですか?」
「だって、そうだろ?
なにせ、あんだけの大者だ。相手について知っていることが多いほど、不安要素は削ぎ落とせる寸法だ」
「不安要素……か」
「ああ。
大きいだけのモンスターじゃなさそうだ、ってことは、おおむね全員の意見が一致しているんだ。
相手にとっての情報が多ければ多いほど、より詳細な対策も立てようがある」
「なんなら……ギルドに提案して、威力偵察にあたる作戦を立案してみますか?」
「そんなこと、できるのか? レニー」
「やってやれないこともない……と、思いますが。
ただ、それには……」
「それには?」
「塔の魔女さんの協力が不可欠となります」
「ああ。
おれに、あいつのご機嫌を取っておけ、ってことな。
まあ……どうせ今夜もセーフハウスの最上階に集合するだろうし、そのときにでもそれとなく打診してみるさ」
迷宮内、入り口付近。
「ほう……これまでの道程で通りがかったあまたの都市、そのどれにも負けず劣らずのなかなかの賑わいぶりではないか。
ここが、かの迷宮であるか」
「団長。
田舎者だと思われますから、あまち大仰な身振りはよしておきましょう」
「そうか、そうか。
どれ、まずは……」
「迷宮でわからないことがあったら、服を着たネズミに声をかけろって報告書には書いてありましたね」
「それもいいのだが、まずは、あそこであるな?」
「……旅装を解く前に、ここで冒険者の登録をするおつもりで?」
「報告書によれば、冒険者の登録をすればもれなく無料の食事と寝台の使用権がついてくるというはなしではないか。
これを利用せぬ手はなかろう。
それ以前に、わしもあの迷宮とやらに一刻もはやく入ってみたいと思うておったところであるし……」
「……到着したその日から、ですかい?」
「到着したその日からで、なにが悪い?」
「はぁ……。
では、まず最初に、あそこの受付に問い合わせて、登録作業ってやつを済ませちまいましょう」
「それがよい。それがよい。
ものども、いくぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」