6.せいぞんせんりゃく。
「政治、的……ですか?」
「ええ。
ギルドの影響力も、特に経済的な方面は、これだけ大きくなってしまえば……周りが放置しておいてくれません。
取り入って潜り込んで、ギルドの権益のいくばかでも食い込み、奪取しようとする動きは、常にあります。ギルドは、王国はもとより、諸外国や商会からの有形無形の攻撃を常に受けていると思ってください。
みなさんが迷宮の中で体験するような、わかりやすい戦いではありません。
法律や契約の隙をかいくぐるり、どうにかしてこちらの利権を奪おうとする人たちとの、目に見えない、文章と数字、交渉と威嚇と説得と妥協による戦いです。
今回の場合、水竜の存在を知りながら放置する、という選択肢はあり得ません。
そのような選択をすれば、対外的には水源の安全性をギルド単独で保持できなかった、ということを意味します。
そして、その事実が周知されるようになれば……ギルドの経営権は、外部の勢力に奪われてしまうでしょう。
現在、ギルドがあげている収益は莫大なものとなっています。それを快く思っていない勢力は、いくらでも存在します。なんらかの口実や名聞あたえれば、すぐにでも公的な権力を持つ諸勢力がギルドの運営に介入してくるものと予測されます。
現状、そうなっていないのは、一つは早くからギルドが大陸随一の権力を持つ帝国との結びつきを得たこと、もう一つはギルドが集めた富を、常時景気よくばらまいてご機嫌取りにつとめてきたおかげです。
つまり、わたしたちギルドは、自分の独立性を保つために、この水竜を討伐しなければなりません。
とても自分本位で、身勝手な理由ですね」
「それでは、あえて多国籍軍を呼び込んだのも……」
「ええ。
一番の理由は、やはりギルド内だけの戦力ではあれほど強大なモンスターは相手に出来ないとの判断があったから、なのですが……。
もう一つの理由は、多くの国に手柄を分け与えて、恩を売りこみ相互依存の度合いを強めるため、でもあります。
どこか一カ所だけのパイプを太くするとこちらが食われてしまいかねませんが、何本ものパイプを同時に太くすれば相手同士で勝手に牽制しあってくれて、結果としてギルドの負担が軽減します」
「つまり……今回の作戦は、ギルドが国家などの勢力に取り込まれないための……」
「そういうことになりますね。
王国にせよ、他の勢力にせよ、現在のギルド以上に迷宮攻略をうまく遂行出来るとは思いませんし……みなさんの生活を守るためにも、この迷宮を攻略し終えるまでは、ギルドはその独立性を保ち続けなければなりません。
誠に勝手な言いぐさであるとは重々承知しておりますが、ギルドの現状の運営体制を保全するために、みなさまのご助力を仰ぎたいところでございます」
荒野、多国籍軍野営地。
「お。あの長刀を担いだ一団は、トレズスレ教国の僧兵どもだな。
あっちには、ボバリス王家の親衛隊旗。それに、ドグズル、メジャズリ、バラス、ハリティ、ダメル、ヌクライニ……。
……はは。
すごいっすね、団長。
東西南北大小取り揃え、大陸中から軍隊が集まってきている。それも、王家直属の親衛隊とか近衛兵とか、由緒正しい血統書つきばかりだ。
虎の子の魔法兵も、ずいぶんと多い。
今ここに集まった兵力を指揮できれば、大陸制服だって出来そうな勢いですよ」
「なに、こういった機会でもなければ、大規模な実戦を経験することも適わぬご時世だからな。
各国も、ここぞとばかりに有能な若手を送り込んでいるのであろう。
それに、作戦実行日にはまだまだ間がある。
それまで、まだまだ集まってくるものと思っておけ」
「しかしまあ、皆さん、具足を綺麗に磨き込んで、きらびやかな出で立ちで」
「さもあろう、さもあろう。
やつら血統書つきにとって、戦場とは自分らの器量を見せびらかす場でもある」
「それにひきかえ、おれらと来たら……」
「ほとんど野良着に近いボロを着て……」
「どうにかこうにか懇願して、適当な荷馬車に便乗させてもらって……」
「ああ。
長い、ながーい旅路であった」
「嘆くな、嘆くな。
われら、国家には属さず独立不羈を旨とする北方の雄。
その清貧をも、誇りと思え。
何者にも侍さず、自らの意志を持って民を守るわれらこそ、誠の騎士」
がたん。がたん。がたん。がたん。
「……ん?」
「……すいませーん」
「何用であるか?」
「えっと……メジャズリ軍の野営地、わかりますか?」
「メジャズリ王家の旗印は、ほれ、あそこの虎の紋章が描かれた……」
「あれ、ですか。
ありがとう、ございます」
がたん。がたん。がたん。がたん。
「……変わった車であるな。
あれも、迷宮の産物か?」
「いや、車、よりも……あれ、先頭の一両だけで、十以上の荷車を牽いていたみたいっすけど……。
その馬力の方にこそ、驚くべきなのではありませんか?」
「さっきの男、はなしぶりも妙にたどたどしかったし……」
「どんな不可思議を目前としても驚きには値せず。
ここは、すでに迷宮近くである。
先ほどの奇怪な車に乗っていた男も、一見するとごく普通の風体ではあったが、ともすると別世界からの旅人であったかも知れん」
「はは。
まさか」
「それはともかく。
ここまで来たら、迷宮まではあと少しだ。
急ぐぞ、先の団長の忘れ形見の元へ!」
迷宮内、某所。
「……くしゅっ!」
「なんだ? オラスくん。
風邪か?」
ぱら。
『問題ない』
「そっか。
ならいいけど……」
『オラス、本当に大丈夫?』
『一瞬、寒気を感じただけだ』
「口がきけない人でも、くしゃみはするんだな」
「そんなことをいうなよ。
あれでも頼りになるおれたちの先輩だぜ」
『こいつら……全員、撃ち殺したい』
『ニクルも、手話だからって物騒なこといわない。
あれでもお客さんなんだから、少なくとも狙撃銃の扱いをおぼえるまではエスコートしてあげなけりゃ』
『気に入らなくても、金にはなる相手だ』
『はいはい』
『お』
すっ。
「あ、また一番最初に見つけたか。
みなさん、オラスくんの指さす方に銃口を向け、望遠仮想巻物を展開してください」
『ハイネスも、客あしらいが巧くなったものだ』
『誰がしとめたとしても、こうしてパーティを組んでいる以上、賞金は均等割りだしね』
「望遠仮想巻物の中にモンスターの姿は確認できましたか?
今日は探知能力に優れたオラスくんがいますが、本番では自分たちだけでモンスターを発見しなければなりません。発見が早ければ早いほど、モンスターとの距離が空いて安全になります。
それでは、慎重に狙いを定めて、引き金を引いてください」
迷宮内、迷宮日報編集部。
「王子。
水竜作戦関連の投票券売り上げ、絶好調です。
とても初日とは思えない。
だけど……こいつの売り上げの半分を、本当に作戦参加者の医療費に当てるおつもりですか?」
「節税対策だ」
「……は?」
「王国にがっぽり持って行かれるぐらいなら、自分で用途を限定する。
現行の税法によれば、福祉や慈善関係への寄付行為には、税がかからぬからな。
無論、普段からこちらの儲けの種にしている冒険者たちへのご機嫌取りという側面もあるわけだが……」
「いずれにせよ、国に取られるよりは迷宮の中でお金を廻した方がよい、とのお考えで……」
「そういうことになるな」
「相変わらず……王族らしからぬお考えで」
「富とはな、つまるところ、うまく分配してなんぼのものだ。
ため込む一方では、なんの役にも立たん」




