5.すいりゅうとは?
「狙撃銃を装備した冒険者は千人を数える。
つまり、一人につき一発を当てれば、そのたびに千の浮きなり帆なりが水竜の体に括り付けられる勘定になる。水竜がいくら強力な存在であろうとも、千とか万単位の邪魔者をひきずって泳ぎ続ければ、どうしたって動きは鈍る。こうしたお邪魔アイテムの周囲には水流の乱れも発生するはずであり、それもまた水竜に負荷をかける原因となる。
これにより、水竜の動きを制限し、転移魔法を展開するための時間を稼ごうという算段だ。
さて、ここまででなにか質問はないか?」
「はい」
「おう、そこのごついの。いってみろ」
「理屈としてはわかるんだが……どうやって水竜を、狙撃銃の射程範囲内まで追い込むんだ?」
「……なんだ、まだ説明していなかったのか。
わたしはてっきり、自分が開発に関与したアイテム類の説明だけをすればいいものと思っていたのだが……。
まあ、いい。
水竜はな、この作戦を立案する前の段階で長期間、観察対象となっていた。なにせ、現在では迷宮の重要な水源となっている鍾乳洞が発見されたときにはすでにその存在が確認されていたのだからな。生態を観察する時間は、これまでいくらでもあった」
「……そんなに前から……」
「すると……まだまだ、攻略事業がはじまって間もない時期になるな」
「存在が確認されていた、といっても、最初に確認されてたのは鳴き声だけ。鍾乳洞の発見者であるそこの抱き枕が鳴き声を聞いて、なんか剣呑なのがいそうだな、と思っただけだ」
「こんなところで抱き枕とかいうな!」
「それが、記録された中では一番古い接触記録となる。
次に、水中の探索作業を担当していたギルマンたちにその姿が度々目撃されることになり、後からギルマンと同じように鍾乳洞内に居住区を設けたリザードマンっからも同じように目撃例が報告させる。
そして、そうした報告を受けたギルドが本格的にそのデカ物の調査に乗り出すわけだが……なにしろ、あの巨体だ。滅多なことで手を出せる代物でもない。行動様態を遠目に観察する以上のことは、しばらく控えられることになった。
長期間の観察によりわかったことは、水竜には、ほぼ一定の巡回ルートが存在し、不定期に悠然とそのルートを回航する性質があるということ。それに、よほどのことがなければ、そこいらの小物には目もくれいないということ。
無謀なことに観察期間中、水竜に挑んだ水棲モンスターの例が何度か確認されているが、その結果はどれも瞬殺で返り討ちになっている。
そのときの様子で判明したことといえば、水竜は倒した相手を補食しないということ、それに、水流と電流を操作する魔法のような力を使いこなすということ、この二点のみだ。
ま、あの巨体を維持するために通常の食事をしていたのでは、あの鍾乳洞の中の生態系は丸ごと何度もあいつの腹の中に収まっていなければならない勘定になる。このことから、あの水竜は通常の生物とは違った方法で生命活動に必要な物質やエネルギーを補充しているとの推論が成り立つ。これらは、迷宮内に出没する多くのモンスターにも共通する性質でもあるのだが……やつらは、その巨体や特殊な能力を行使するために必要なエネルギーを、迷宮内に充満する魔力を吸収することによって補うよう、迷宮という環境に適合した形で進化してきた生物なのだろう。食物を消化、代謝して自分の体を形作る……という通常の生物の生態よりも、迷宮の内部で活動し続けることが前提なら、その方が効率がいいからだ。
また、そのような生物であるからこそ、知性がなくても魔法のような効果を持つ攻撃も可能である」
「……本当に、あの水竜には知性がないのか?」
「いい質問だ。その質問に関しては、知性とはなにか、というもっと根源的な問いに答えておく必要があるな。
例えば鯨や海豚など、一部の水棲哺乳類は、ことによるとヒト族以上に複雑な情報処理を可能とする機構をその脳内に備えている。これは、水中を生活の場とするため、広範囲な空間把握能力や水の動きなどを直感的に感じ取るための処理系が長い進化の過程で自然と身についた結果でもある。
同じように水中で活動することが多いギルマンやリザードマンについても、この傾向は見られる。
しかし、だからといって、やつらが一般的にいう、知的種族である断じることは出来ない。
それは何故か?
鯨や海豚と、ギルマンやリザードマンの違いは、いったいどこにある?」
「……言葉、だな。
大陸法に規定される知的種族の定義とは、つまるところ、ヒト族と交渉が可能であるかどうかということで判断される。
ヒト族が作った法だ。自分たちに都合よく出来ているのは当然だ」
「その通り。
いわゆる大陸法というのは……つまるところ、交易称揚を目的とした経済政策だ。国境や種族を超えて荷が動けば、それだけ税収が多くなる。各所の国も潤い、帝国にも利がある。だから、遵守されている。現にこちらのギルドなども、大いにその恩恵を受けている訳だが……。
異族保護とか人道的な見地などは、こういってはなんだが表面的な建前であるにすぎん。
ひるがえって、あの水竜。あれに、他の種族とコミュニュケートをする能力があるのか?
先に結果をいってしまおう。
ない。
あれは、少なくとも水中で活動している限りは、絶対的な強者でありすぎるんだ。
敵がいない。味方も必要としない。
だから、他者と交渉するための処理系が、これまでに育たなかった。
このわたしなども、この迷宮に頻繁に出入りするようになってからこの方、あの水竜を何度か観察し、コミュニュケーションをとろうとする実験も何度か試みてみたのだが、ことごとく徒労に終わった。
生物である以上、生殖の際になんらかの方法で同族との交渉はあるはずなのだが……すくなくともやつらの頭脳は、他の種族と交渉するようには出来ていない。
あれは実質、やたらとデカくてやたらと強いだけの、野生動物であるといっていい。
だからこそギルドも、十分な準備が整うこの時期まで、やつを討伐するのを待たなければならなかったのだが……」
「そのまま放置……そっとしておく、という選択肢はなかったのか?
そんな物騒なモンスター……触らぬ神に祟りなし、っていうやつじゃあ……」
「それも、いい質問だ。
ただし、その質問にたいする返答はわたしより……」
「ギルド事務方の筆頭として、わたしがお答えするのが適任、なのでしょうね……」
「……ギリスさん……」
「休憩前におはなしした通り、水竜を討伐しなければならない第一の理由は、迷宮内の水源である鍾乳洞内の安全性の確保にあります。
現状では、水竜は鍾乳洞の水場を回遊するだけであり、比較的無害なモンスターです。しかし、将来的にもそうであり続けるという保証はどこにもありません。
なんらかの理由で水質を汚染する存在になる可能性もありますし、水竜が死亡した場合、その体がどのように変質するのかも予測出来ません」
「つまり……ギルドは、水竜が将来害悪をもたらす存在になるかも知れない……というあるかないかの可能性を潰すために、巨大なリソースを割きリスクを取り、今回の討伐作戦を実行する……という理解で、よろしいのか?」
「端的にいってしまえば、そういうことになります。
そして、第二の理由。
こちらは……たぶんに、政治的なおはなしになります」




