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180.しなくのみらいと、ねこみみのはんげき。

 迷宮内、試射場予定地。

「お仕事に復帰……ですか?」

「子育て生活も名残惜しいのだが、近場に幾つかきな臭い場所があってな。

 そろそろ始末をつけにいかないと、後からいったのでは大事になりそうな塩梅でな」

「わはははははは。

 当然、そのときはおれも一緒だ。

 冒険者家業の方はしばらく休業ということになるな」

「そっか。

 例の山荘も、ひょっとしてその区切りで……」

「そういうことだ。

 なにぶん、正義の味方なんてやっておると、いくら気をつけてもいざという事がある。

 帰ってこられなくなる前に、しっかりと身内の顔を焼きつけておこうと思っての」

「……剣聖様も、ああみえて大変なお仕事ですもんね」

「ああみえてとはなんだ! ああみえてとは!

 徹頭徹尾、大変なお仕事だよ剣聖は!

 誰ぞに替わって貰うわけにはいかぬし、常に危険に晒されておるし……」

「わははははははは。

 ま、かーちゃんの背中はおれが守るから、問題はない」

「いやいや、たいしたものでござます。

 それで、いつから正業にお戻りになりますので?」

「ああ。

 明日には旅立つ。

 それから……十日か二十日か。

 一月はかからぬとは思うが、それくらいはここを留守にする。

 家の者にもそう伝えてある」

「それはまた、急なおはなしで」

「そこで、だな……シナクよ」

「はい?」

「いく先々で行き場のない孤児や職にあぶれた若者がおったら、次々とこの迷宮に送り込もうと思うておる。

 そのつもりで、ギルドやあの馬鹿王子に伝えておけ」

「……え?

 あ、あの……それが悪いとはいいませんが……なんで剣聖様が直々にお伝えにならないので?」

「剣聖の名で正式にそのようなことをすると、色々と障りがあってな。

 具体的にいうと、出先でここぞとばかりにつまらぬ嫌がらせを仕掛けてくる輩も少なくはない。

 有名税というやつだな。

 これでも、敵もそれなりに多いのだ」

「ははぁ……だから、あまり目立たずに……」

「少なくとも、こちらでは表だって称号を名乗る働きをしたくない。

 それと、剣聖の称号を背負っている以上、必要以上に地方の一冒険者ギルドに肩入れするのも、立場上、まずくてな。

 ほれ、この称号は、中立的な立場をとることが前提になっておるから……」

「特定の団体をひいきには出来ない、か。

 色々、おかしな制約があるもんなんでございますねえ」

「正義の味方なんぞ、そういうもんよ。

 世論の目は厳しいし、なにかと窮屈でかなわん……と、思うことも多い。

 しかし、この称号も、人助けのときには役に立たないこともない。

 ま、損益相半ばといったところかの。

 特定の誰かにだけ肩入れをせず、しかし、より多くの民は救っていかねばならないというこの矛盾。

 いつものことながら、やれやれだ」

「色々と複雑なご様子で」

「他人事にいうな、シナクよ」

「……いえ、他人事ですよ、おれにとっては」

「そうつれないことをいうな、シナクよ。

 後何年かして、わたしが引退するときが来たらだな、この聖剣の次の持ち主に、おぬしを指名しようかと思うっておるのだが……」

「……え?」

「まだ未熟な部分も多いとはいえ、現時点の実力もそこそこ。なにより、気質や価値観がこの家業に向いておる。

 おまけに、皇統との私的な繋がりもある。

 事実上、大陸内の九割り以上の地域が帝国の影響下にある今の治世では、この要因が多い。

 他にも候補は何名かおるが、今のところは、おぬしがダントツの最有力候補になるな」

「……ちょ……剣聖様!

 それは、いくらなんでも……」

「なに、今すぐにどうこういうはなしでもない。

 当面はこの迷宮の攻略に掛かり切りになろうし、また別の逸材がこのわたしの視野に入ることも考えられるので、確としたことはいえぬがな。

 それでも……なあ、シナクよ。

 おぬしは、この迷宮の攻略事業がすべて終わった後、その身をどう振り分けるつもりだ?

 また、ただの冒険者に戻れると思うか?

 周囲がそれを許すとでも思っているのか?

 それとも、危険を伴う処世からきっぱりと足を洗って、姿勢の堅気として余生を過ごすのか?

 それがおぬしに出来ると……本当に思うておるのか?」

「あ……いや……。

 いくらなんでも……いきなり、寝耳に水だったもので……」

「だから、心の準備をする暇を与えようと、今のうちからおぬしの耳に入れておくのではないか」


 迷宮内、某所。

「あなた……大商人の一人娘だそうだけど……損得勘定だけでは動かない類の人間でしょう?

 損得勘定で動く人間は、買収すればいい。

 それが出来ない類の人間なら、恐怖と畏怖を植えつけ、脅して動かすという手もある。

 それも出来ない場合は……もっと確実に口を封じる必要がある。

 個人的には、処置をするのが面倒だから、あなたが脅迫に弱い類の人間であることを望むけど……」

「……あ……あ……」

「こうみえても、ね。

 あの塔の魔女ほどではないにせよ、そこそこ強力な魔法使いなのよ、わたし。特に、壊したり殺したりするのは得意中の得意。

 一人でこの迷宮に潜っても、なんの不安も感じないですむ程度には、強いの。

 転移能力だけしか能がないあなたが相手なら、ただ殺すだけなら一秒も要さない。

 すぐに始末をつけないのは、今の迷宮は誰かがロストしたら大騒ぎになるから。

 ただそれだけの理由。

 今はまだ、わたし、目立ちたくはないの」


 しゅん。


「……どこに逃げても無駄よ」

「ひっ!」

「あなたはすでに、呪的なマーキングが施されている。

 あなたが転移すれば、このわたしの身もあなたに引きづれてほぼ同じ場所に転移する」

「……あ、あの……」

「なに?」

「それでは……あなたの存在自体をこの世界から抹消します!」


 しゅん。


「……はぁ、はぁ。

 出来……た。

 はは。

 半信半疑で思いつきで試してみたけど……ふ。

 なんとか、成功……。

 で……でででで、でも!

 これって、わたくしも、誰かを殺したことになるんでしょうか!

 ええっと……でもこれ、正当防衛ですよね! 立派な!

 いや。

 いやいやいやいや。

 そうじゃなくって!

 今考えなければならないことは……これで今の脅威が本当に取り除けたのか、ということ。

 呪的なマーキング、っていいましたっけ?

 それって、まだわたくしの身に残っているもんですかね?

 それから、さっきの人がたまたま単独行動をしていたからといっても、他に仲間がいないとも断言できませんよ!

 ええっと……ああ! もう!

 こうして一人で考え込んでいても、なにも解決しない!

 そう、自分の知識や経験で判断出来ないことがあったときは……専門家を頼るしかない!

 塔の魔女さん……が捕まれば一番いいんでしょうけど、あいにくとわたくしは彼女へ連絡を取る方法を存じておりません。

 次善の策として、あのちっこい魔法使いさんとか、魔法剣士さん。

 彼女たちに相談する……のが、一番いいようですね、うん。

 彼女たちは……魔法関連の統括所、でしたっけ?

 そおういうのがあるというおはなしでしたから、そこを訪ねれば、どちらか……さもなくば、別の魔法使いもいい!

 とにかく!

 誰かしら、相談相手がいることでしょう!」


 しゅん。


「……いったか……。

 世間知らずの箱入り娘とは聞いていたが……まさか、とっさにこんな反撃をしてくるとは……。 なかなかどうして、たいした度胸じゃないか。

 さっきはこちらの優位を信じ込ませるためにいろいろ口上を述べたててみたが……あんな、存在と非存の間を往還する化け物を確実に殺す術など、こちらが知る由もない。

 脅して口止めが出来れば幸い、と思っていたが……かえって、逆効果になってしまったな。

 こうなってしまえば、是非もない。

 この化身アバターを破棄するより他に、途はなさそうだ。

 あの猫耳の背後には、あの魔女がいる。

 あんなやつらを相手にどこまで騙し通せるものか、はなはだ心許ない限りだが……今さら、中断するわけにはいかない。

 しかし、われながら……業が深いことだ」

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