34.たたかうめいどふく、はしる。
「あの、こちらのすらりと背が高い方は……」
「おれの知り合いです。
長いこと引きこもりやっていた者でひどい人見知りでして、あまり注目しないで貰えるとありがたいです。
こいつも一緒に案内してやっても構わないっすか?」
「そ、そうですか……同行に関しては、わたしとしても異論はありませんが……」
「ほら、あんたも。おれより背が高い癖して無理に背を丸めておれの背中に隠れようとしない。
挨拶くらいしろよ」
「……どうも」
「……このとおりの挙動不審者ですが、ご迷惑をかけないように心がけますのでできるだけ無視して、いないものとして扱ってやってください。その方が、こいつも気が楽だと思います」
「わ……わかりました」
「んじゃまあ、迷宮の中をざっと見て回りましょうかね。
レニーとバッカスも来るのか?」
「ええ、もちろん。
そもそも、ぼくがここまでご案内してきた方ですので」
「わははははは。
無論だ」
「ではでは、さっそくいきましょうかね。
まずここは、迷宮前の広場。ここが鉱山だった頃はここで鉱石を積み上げたり砕いていたりなんだりしていたそうで、ごらんの通り、かなりの広さとなっております。
今では迷宮から出てきたモンスターを引き出して解体したり、バリケード用資材の一時置き場になっていますね。
町外れですからつい先頃までかなり寂しい風情だったんですが、最近では妙に人出が多くなって、それ目当ての物売りが来たりしていますね。見ての通り、端の方では子どもたちが雪合戦をしたりしていますね」
「あそこに積み重なっているのは?」
「骨、ですね。
加工して利用できるものはとことん利用されるはずですから、引き取り手が取りに来るまで放置されているのでしょう。
モンスターの肉なんかも、毒性の有無をチェックされた後、競りにかけられて売られています。直接口にできないものは細かくして肥溜めの中につっこんで肥料の材料になるそうです」
「はぁ……無駄がないものですな」
「迷宮から出てきたものに関してはギルドが一手に引き受けて売り払い、その後税や手数料を天引きされておれたち冒険者の報奨金になります。アイテムによっては、まれに冒険者自身がギルドを経由せずに自分の物にすることもありますが、たいていの冒険者は迷宮から出てくる多種多様な産物を売り払う伝手など持っていませんから、だいたいはギルドに丸投げしています。
で、こちらが迷宮の入り口ですね。
冒険者をサポートする人夫たちが、冒険者が狩った獲物を搬出していますね。数人がかりでも持ち上がらないような大物なんかの場合は内部で適当な大きさに切り分けることもあるようです。
人夫たちの仕事は大きくわけて三種類。
バリケード用の資材の搬入、バリケードの設置、それに迷宮産出品の搬出になります。バリケードは、迷宮内のモンスターが外部に出て行かないよう、迷宮のそこここに設置されています」
「人里に出たら大変ですからな」
「ギルドもそれを一番警戒しているみたいですね。
迷宮内での移動手段は、ほとんどが徒歩になります。ここが鉱山だったときの名残でトロッコを使える場所もありますが、そいつが使える場所も迷宮全体からみるとごくごく一部。ごく最近、ギルド所属の魔法使いが転移陣を設置してくれたんで、多少、便利にはなっているはずなんですが……」
「転移陣……これ、ですね。
ふむ。基本に忠実で無駄のない術式だ。迷宮内部に充満している余剰魔力を寄せ集めて、それで駆動させているわけですか……」
「お役人さん、魔法の知識がおありになるんで?」
「ええ、まあ。あくまで教養程度の知識しかありませんが」
「で……こっからずうっと奥に進んでいくと、どんどん道が分かれていって複雑なことになっているわけです。
われわれ冒険者が日夜ほっつき歩いて地図書いたりしているわけですが、詳細は今のところぜんぜんはっきりしておりません。様子がわかっている場所よりもわかっていない場所のが圧倒的に広くて大きい。ギルドの最終目標はこの迷宮が発生した原因を究明し、迷宮自体をなくして元の鉱山に戻すことなんですが、そいつも実現するのはいったいいつになることやら。
今日のところはあくまで雰囲気を知る程度というおはなしで、あまり深いところまでいく必要もないでしょうが……」
「いや、ここまで結構です。
ここがどのような状況になっているのか、よくわかりました。もっと詳しいことは、また明日以降ということで……。
ところで、どうも奥の方が騒がしくなっているようですが……」
「ん?
……よく気づきましたね。そういやなんか、奥の方で……。
おれ、ちょっとひとっ走りいって、様子をみてきますね」
ひゅん。
「え?
……早い……」
「人夫どもがどんどん出口に向かっているなあ……。
おーい、どうしたぁー!
誰か説明してくれねーかー……。
……だめだ。パニクってやがる。
誰も逃げるのに夢中でおれの声なんか耳に入っていやしねえ……。
っとぉ!」
ズシャアッ!
「反射的に喉笛斬り伏せちまったけど……なんじゃこりゃあ?
でっかい、極彩色ニワトリ? いや、嘴はないし、全身に羽毛が生えているけど羽はなくて、細長い手に鋭い鉤爪が生えているな。骨格は、犬? いや、前足が貧弱で後ろ足が発達しているから、兎に近いのか……な? 身長は人よりも少し小さいくらい。
まあ、今までに見たことがない動物……いや、モンスターだ」
シュン。
「原始的な竜脚類だな。
鳥類と爬虫類の共通の祖先、といったところだ」
「とか解説されたところで、おれにはさっぱり理解できねーよ。
ってか……なんだ、来たのか」
「一言でいうと、この世界、この時代にはいないはずの動物だ。
それよりいいのか、抱き枕。
まだまだ奥から、こいつの同類どもが外に向かって駆けてくるようだが……」
「マジかよ……。
今日は休みのつもりだったから、装備はあらかたおいて来ちまってるぞ。今持っている武器らしいもんっていえば、あんたに貰った例のやたら斬れるナイフくらいなもんだ……。
とか、いっている時間も惜しいかっ!」
ひゅん。
「……いったか。
ふむ。一応、世話にはなっているからな。外の冒険者たちにも詳細を伝えておいてやるか……」
「塔の魔女さん!」
「レニーとかいったか」
「ええ、シナクくんは……」
「こいつの同類がわらわら迷宮の外に向かっていると教えたら、奥に走っていった」
「これは……見たことのない、モンスターですね。
いったい、どこから……」
「詮索はあとだ。
抱き枕ほどの速度があれば対応できるが、こいつらは俊敏で走るのも速いし、力はさほど強くはないが鋭い鉤爪と細かい牙を持っている」
「冒険者意外では、相手にならないみたいですね」
「今、外にいる魔法使いに状況を伝えた。
連絡がつく冒険者を引き連れてこちらに向かうそうだ」
「バッカスさんは帝国官吏を外まで案内した後、こっちに引き返してくるそうですから……ぼくはこのまま、シナクくんの後を追うことにします」
「ではわたしは、抱き枕がいる場所まで転移しておこう。そこの位置までなら、案内ができると思う」
シュン。
「とはいっても、旅先から帰ったばかりで護身用の短剣くらいしか持っていませんねえ、ぼく。
途中でなにか武器になりそうなものを見繕いますか」