178.ぜぐすのしまつ。
迷宮内、増設少学舎。
「……むむ」
「どうしました、王子。
難しいを顔をして……」
「王都に、例の教育基金資金源確保の件を問い合わせてみてのだがな……」
「ああ、例の、冒険者の成績をネタにした賭博の件ですか?
やはり、芳しくない返答でしたか?」
「芳しくない……というか……。
税率を、こちらの儲けの七割も取られることになりそうだ。
そういう条件を飲めれば、認可しても構わないと……」
「門前払いにされないだけ、マシというもんじゃありませんか。
王国としてもこの迷宮から出てくる富を、可能な限り吸い上げるだけ吸い上げておきたいんでしょうし……。
ことに富籤とか賭博関連は、本来なら宗教奉行の管轄です。例外を認めてくれるだけでももっけの幸いと考えなくちゃ」
「まあ、そうであるのだがな。
既存の権力とか、既得権益とか……ただそこにいるだけで上前をハネることが出来る連中には、どうにも腹が立ってしまってな……」
「……この王国の王子であるあなたがそれをいいますか?」
迷宮内、某所。
「おし、これで、本日六十体目。無事討伐完了、と。
どうする? ククリル。
もういい時間だけど、まだやっていくか?」
「そうねぇ。
ぼっち王先輩からお呼ばれがかかっているし、今日はもういいかなぁ」
「ま、雑魚敵がいない割りには、いい成績だもんな。
今日は十分、稼がせて貰ったし……」
「試射場の準備をしているマルサスに対しても、十分申し訳が出来る程度には稼いでいるしねぇ。
今日は、これであがりにしましょう。
ここを出たら、わたしはぼっち王先輩のところに直行するつもりだけど……」
「ああ。
はなしの行きようによっては、明日からしばらくククリルが抜けるかも知れないんだよな。
そのへんも、マルサスと相談してみるわ。
おそらく、新人をさらに何人か勧誘することになるかと思うけど……」
「オラスたち三人も、十分に戦力になってくれているし、多少不慣れな子を入れてもフォローできるでしょう。
ギルドも、どんどん新人を既存のパーティで使ってくださいねぇ、って、いってきているしぃ」
「ま、誰もあてがつかなかったら、またマスターにでも相談してみるわ」
迷宮内、臨時修練所。
「おお、来たか。
大ざっぱな用件は、ナビズ族に伝えさせた通りなんだが……。
ん? どうした?」
「……書類の山……」
「ああ、ご覧の通り、こっちはこっちで戦争だわ。血の代わりにインク、剣の代わりにペンをとる戦場だけんどな。
ってなわけで、おれ自身はあまり身動きが取れない。
そんなおれに代わって、半熟教官どもの腕を磨くお仕事をする人が欲しいんだけど……」
「リンナ先輩はぁ?」
「ああ、あの人は今、これまでのフラストレーションを発散させるように暴れ回っている最中だよ。
……無用な怪我人、増やさなければいいけどな……。
あ、ギルドから十分な予算は出ているし、補助の人員はある程度こちらの裁量で採用できるそうだから、日当はそれなりの待遇を保証出来る。
少なくとも、そちらに損はさせないよ。
ナビズ族、ククリルたちの今日の報酬予想金額は……ああ。
頑張ったなあ。
まあ、これに少し上乗せしたくらいは、保証しよう」
「お金はのことはともかくぅ……教えられる側が、納得してくれますかねぇ。
その、わたしのような小娘にぃ……」
「最初に実力を見せれば、いやもおうもないだろ」
「例によって、最初にガツン、ですかぁ?」
「最初にガツン、だ。
ククリルは……体力面では不安があるだろうから、長期戦は難しいだろうが……それでも一人で十人以下のパーティくらいは、軽く撃破出来るだろう?」
「まあ、対人戦ならぁ……例によって武神の加護のお導きがありますからぁ……なんとかぁ」
「相手のパーティの半分くらいは、重い装甲で全身を固めた前衛タイプだ。ククリルの敵ではない。いや、装甲をはずしたとしても、お前の動きについてこれるやつがどれくらいいることか……」
「ぼっち王先輩がそう見立てるのならぁ、大丈夫……なのかなぁ?」
「心配するな。実力面に関しては、おれが保証する。
冒険者とかいったところで、半分は力まかせの解体屋で、もう半分はアイテムの使い方が巧いだけの小器用なタイプだ。
武術関係に関しては、素人が断然多い。今までの現場でならそれでもなんとか通用したのだろうが、これからは……」
「適応するのが難しい……と、お考えですかぁ」
「人による……かな。
いずれにしろ、確固たる技術を身につけておけば、それが自信になって、いざというときに直面しても慌てずにすむ。
それに……お前さんの特性についても、自分一人だけで独占しているよりは、より多くの人に技を伝えて活用した方が、断然お得だろう」
「お得……ですかぁ?
これまでそう考えたことは、ありませんでしたがぁ……」
「なら、これからたっぷり考えてくれ。
返事はいつでもいいぞ。そっちにも都合ってもんがあるだろうからな。こっちとしては、断られるにしろ受けてくれるにせよ、早い方が嬉しいんだけど……」
「それではぁ、承諾ということでぇ」
「……え? もう?
同じパーティの連中とかと、相談しなくてもいいの?」
「あの中でわたしのいうことに逆らえるやつなんていません。
それに、野郎どもは野郎どもで、最近では好き勝手に動いていますのでぇ」
「ああ……そう。
助かるっていえば、助かるんだが……で、いつからこっちに来れる?」
「明日からでもぉ」
「では、そのように手配しておくわ。
これからもよろしく頼む」
「はぁい。
こちらこそぉ」
迷宮内、試射場予定地。
『新人がよくかかる病気?』
『厭戦群とかなんとか……。
ようするに、実戦を目の当たりにして戦意がなくなった状態だ。
こっちの人たちがいっていることをつなぎ合わせると、どうにもゼグスはそういう状態にあるらしい』
『オラスすごい。
彼らの会話を盗みみただけで、そこまで理解できるなんて……』
『……おれはくちびるを読むだけのお前らと違って、会話は聞こえるからな』
『……ムカつく……』
『……ラキル?』
『なによ、あれ。ゼグスのやつ。
あんだけ至れり尽くせりの特性と、魔女とか周囲のお膳立て、協力があって……今だって、やつ一人のためにこれだけの人が心配して集まっているっていうのに……』
『ちょっと、ラキル……』
『あんだけ恵まれているやつが、よりによって戦意喪失ですって?
あいつ……こっちとは違って、なんら欠けたところがない癖に、贅沢な!』
『いや、ちょっと待て、ラキル。
やつにはやつで、過去にいろいろあったということだし……それに、おれたちの境遇と今のやつの状況とは、直接的な関連はなにもない』
『冷静で役に立たない助言をどうもありがとう!
オラス!』
『……ちょ、ラキル。
落ち着いて、落ち着いて……』
『放して、ニクル!』
『放したらラキルがなにるすのかわからない!』
『みんなで腫れ物に触れるような扱いばっかしていれるから、あいつもいつまでもうだうだするのよ!
頬の一つ二つも張り飛ばしてやれば……』
『……ラキル!
それではなんの解決にもならないよー!』
『……珍しいな、あのラキルがここまで感情的になるのも……』
『オラスも、ラキルを止めるの手伝って!』
「……ふむ」
「ギダルとやら。
今、笑ったのか?
どうも、ドラゴニュートであるおぬしの表情は読みにくいのであるが……」
「ああ、よくわかったな。
どうも、ヒト族とは予想していたよりもどうしてなかなか、複雑で味わい深い種族であるらしいな」
「なにを指してそういうのか、よくわからんが」