177.こうりゃくじぎょう、なんこうちゅう。
ギルド本部。
「頭脳種族が、ピス族の知性機械に興味を示しているのですか?」
「どうも、そのようです。
彼らはピス族居住区の見学を希望しています」
「……ピス族に打診して、差し障りのない範囲内で許可してください。その際には、魔法剣のリンナさんを含めた護衛数名を同行させること」
「なにかあったら即座に制圧できるように、ですか?」
「そういうことです。
先ほど到着したリンナさんの報告書をみた限りでは、まず間違いはないものと思いますが、万が一という事もあります」
「昨日の今日で信頼をしすぎるのも、それはそれで問題ですしね」
「セキュリティの基本ですよね。
その件は、ピス族側の返答を待ってこちら側の対応を準備してください。
次の件は……モンスター肉の調理法、ですか?」
「加工食品ではなく、冷凍食肉の販売をはじめてからかなりになりますが、その間、硬かったり臭かったりする肉のうまい調理法が、各地から寄せられてくるようになりました。
蒸したり煮込んだり香辛料をうまく利用したりお酒につけ込んでから調理したり……などと方法は様々ですが……」
「それを編纂して、出版したいと……」
「出版部からも、せっかく作った活版印刷機をもっと活用したいとの要望がありまして……大部数印刷に適した内容となると、このような実用的なものになるかと……。
あとから内容を追加した続刊の企画もすでに提出されています」
「そんなに大部数を刷って、捌けるもの名のですか?」
「冷凍肉を卸している地域は現時点で百余国八百カ所以上。最初のうちこそ得体の知れない食材と敬遠されていましたが、とくかく安定的に量が確保されていることとが決定打となっていまでは都市部庶民の食卓に欠かせない食材となっています」
「最初のうちは、好事家向けの珍味とか精力剤みたいな扱いでしたものね」
「冷凍肉は値段を安く設定していたので、救護院の炊き出しや貧民向けの屋台などが率先して使いはじめ、そこから徐々に普及していていきました。
なにより常に大量に供給されるので、多くの地区を飢餓から救ったと評価されています。もう少し時間がたたないとはっきりはしませんが、大陸全体の人口動態にも影響を与えはじめているのではないか……とのはなしも各地の専門家から寄せられています」
「なにしろ、無尽蔵に後から後から沸いてきますからね。それで飢餓から救われる方々がいるのなら、それも幸いでしょう。
その調理法の本は、認可の方向で」
「次は、先日提出された、例のシナクさんの企画書の件ですが……」
「……結論を先延ばしにしていた、例の件ですか。
基本的には、認める……というよりも、将来のことを考えるとそれ以外に方法はないと思えるのですが……こちら側の処理能力の問題が……」
「万人単位の冒険者をきめ細かく、一人一人の能力や成績を記録して、必要なアドバイスを送れるようにセッティングする……となると……」
「膨大な情報量を、即時に処理しなければなりません。
当然、ギルドの事務方だけでは手不足もいいところで、頼りになるのは、ピス族の知性機械とかナビズ族の処理系になるわけですが……」
「ナビズ族には、モンスター肉の売り物にならない部位を優先的にまわしております。そのおかげで、現在爆発的に繁殖中。いわゆる、ネズミ算ですからね。食べ物と住空間さえ確保すれば、やつらはいくらでも増えます」
「仮に処理能力が追いついたとしても、処理された情報をわれわれヒト族や異族にも理解できる形に出力できなければ宝の持ち腐れです」
「例の、ピス族の情報端末を術式化、ですか?」
「ええ。
そちらの件は、どうなっていますか?」
「モデルとなる情報端末が多機能である分、そこからどういった機能を残すかでかなり揉めていたようですが……どうやらようやく、基本となる仕様が決定したようです」
「……では?」
「目下、術式コーティング作業を急ピッチで進めているとのこと。数日……遅くても数十日後には、試作品を手渡せるということで」
「それから使用試験を重ねて……実際に現行の冒険者カードを刷新しはじめられるのは、二月後か三月後か……」
「おおく見積もっても、半年はかからないかと。
そうなると……」
「リアルタイムで情報が更新される、通信圏内なら相互通信も可能な冒険者カード、ですか……」
「モンスターの討伐数も即時に集計、成績によるランク変動通知はもとより、助言や各種警報機能も搭載した情報端末兼用の冒険者カード……」
「もちろん、こちらの世界では前例がありませんし、例によって魔力を消費して作動するので、迷宮の外ではただの金属板でしかありませんが……」
「それが、冒険者たちにどういった影響を与えるのか……予測がつきません。
いえ、迷宮攻略がさらに効率化されることは間違いないのでしょうが……それ以外の部分の、波及効果がどうなるのか……」
「先日、王子様から企画書を提示された、冒険者の討伐成績を当てる賭博の件も……こうしたリアルタイム処理があって当然の環境下になれば、俄然、現実味を帯びてくるわけですし……。
まああの件は、法務的な問題がないとはっきりわかるまでは、ギルドとしては許可できませんが……」
「王子様といえば、例の日報についてですが……」
「大好評のようですね」
「今日のところは。
ちょうど発行準備が整ったところで、例の準大量発生案件がありましたから、時期に恵まれたという面もあるでしょうが……」
「毎日、今日のような話題性のある事件ばかり起こるわけでもありませんしね。そうなったとしたら、われわれが困るわけですが」
「今日の件の後始末も、まだまだこれからですもんね。
モンスターの死骸の整理とか……お肉は大半、焼け焦げていたり食用に適さなかったりして破棄かナビズ族に与えることになるようえすが、一部の外皮は軽量な防具に加工出来るそうです」
「防具や武具は、これから不足することが予測されます。特に体力面で不安がある少学舎組などは、いきなり重い金属製の防具で身を固めることはできないでしょうから、ちょうどよかったのではないですか?」
「そうともいえますね。その材料が、かなり大量に確保できたということで、それはそれで結構なことではあるんですが……」
「例によって、人手の問題ですか?」
「ええ。
例によって、職人さんの手が足りないそうで、加工前の下処理をする助手さんなども大量に求人がかかっています。
修練所や少学舎にも、能力的気質的に冒険者には向かない人たちには早めに引導を渡して別の進路を提示するよう、声はかけているのですが……。
それと、最近増えてきた負傷者にも、現場に復帰できるまで時間がかかる場合には、その間、別の仕事をするように斡旋も行っています」
「それでも、強制は出来ませんからね。難しいところです」
「単純肉体労働などの力仕事に関しては、教習生全般に修練の一環として従事させる案も出ていますが……」
「それ、採用してください。
ここまで来たらなりふり構っていられません。
賃金も発生する上、体力や筋力も養えるわけですから、うってつけだと思うのですが……」
「労働の量や質的にはともかく、働く場所が汚かったり、臭かったり、汚れたりするので、なかなか喜んで従事して貰う……というわけにはいかず……一言でいって、実際に従事するであろう人たちの間では不評です」
「そんなことを斟酌していたら、いつまでたっても手不足は解消しません。いっそのこと、義務化してもいいくらいです」
「では、ギルドの意向としては、そのように。
それから、ギリスさん。
例の彼はどうでしたか? 様子を見に行ったんでしょ?」
「ああ、ゼグスさんの件は……問題ははっきりしているのですが、わたしでは解決策が思いつきません。
あの件は、冒険者の皆さんに預けることにします」