176.しょるいしごとでひがくれる。
「……事務員さん」
「はい」
「今度メッセンジャーが巡回してきたとき、これらも渡して」
「ギルド本部と……それに、軍籍教練所宛ですね?」
「そ。
お願い」
「渡しておきます」
「……武術師範を紹介してくれだあ?」
「ええ。
どうも、その……うちらのパーティは、そっちの方面には疎いのが揃っていまして……」
「それでも、これまで曲がりなりにも現役で冒険者やってきたんだ。
まるっきりどうにもならないってことはないだろう」
「自分でやるのと他人様に教えるのは違いますよ。
今の修練所で一緒に面倒を見て貰う、ってのは、駄目なんでしょ?」
「駄目。
人数の問題だ。二万人だぞ二万人。
いっぺんにそんなに増えたら教官だって面倒見切れないし、場所だって足りない。
だからおれたちが頑張っているんだ。
しかし……うーん……武術師範、か……」
「難しいですか?」
「いや……二、三、心当たりがないことも……なんだが……それぞれに問題があってな。
その件については新たに発生する人件費を含めてギルドとも相談しなけりゃならないから、ここで即答はできないな。
明日か明後日には返答するから、それまで少し待っていてくれるか?
前向きには検討しておくから」
「えへへ。
よろしくお願いします」
「ちょっと待った!」
「……リンナさん?」
「ちょうど体がなまっておったところだ!
当面は、この拙者が面倒を見ることにしよう!」
「ああ、はい。
お願いします」
「ひっ! よりにもよって……リンナ……かよ」
「なにか文句があるのか?」
「ど……どうか、お手柔らかに」
「お手柔らかにやったら修練にならん。
本番ではモンスターが相手だぞ。拙者ごときで及び腰になってどうする?
そらそら、向こうで本格的に鍛えないしてやろうではないか」
「……あ、あの……」
「そのリンナさんも、こっちの教官ってことになっているわけだから、しっかり面倒を見て貰ってね」
「そう……ですか……。
この人、本当に手加減抜き出来るからなぁ……」
「寝込まない程度に頑張ってね。
リンナさんも、くれぐれも怪我人を作らないように。
さて……雑用とか頼まれごととかやっていると、事務仕事がなかなか進まないな、っと」
カリカリカリカリカリ……。
「シナクさん。
昨日の分の実習報告書、こちらに置きます」
どさどさどさ。
「……はい、どうも。
んー……全体に、モンスターとの遭遇回数が目に見えて増えているなあ。ざっと見、魔王軍依然と比べても二倍以上ってところか……。
先頭の回数が増えればそれだけ時間食われて、探索作業の方ははかどらないかもしれないが……こ迷宮には入っているやつらの実入りにはなるし、やり甲斐があるだろう。
今日の準大量発生案件とその後始末でまたしばらく人手を取られるはずだけど……。
なんだかんだで、一万や二万人分くらいの増員はあっという間に吸収しちまいそうだ。
改めてそう考えてみると……迷宮ってすげえな……と」
カリカリカリカリカリ……。
「シナクさん。
こっちに出来ている分、複写と整理に回してもいいですか?」
「ん?
ああ、お願い」
「お茶、ここに置いておきます」
「ありがと」
カリカリカリカリカリ……。
「……ええっと……。
こいつの成績表と、実習報告書を併せて見て……っと……」
「何名か、こちらの補助にまわしますか?」
「余裕あるの? その、人数的に」
「人数的に、というか……書記として少々頼りなくて、書類整理くらいしか出来ない子たちが余っているので……」
「そっか。
少学舎で文字を習ったばかり子がどんどんこっちに来ているわけね……」
「仕事をやらせながら徐々に慣らしていこうかと……」
「そういうことなら、お願いします」
「成績表とか実習報告書を、人別に分類して見やすいようにすればいいんですね?」
「ええ。
そうして、こちらに渡してもらえれば、あとはこっちでやります」
「わかりました。
そのように指示します」
「あ、それから」
「なにか?」
「その手伝いの子に、まず食堂いってパンと煮込みかなんか持ってきて貰っていいかな?」
「……え?
シナクさん、まだお昼済んでいなかったんですか?
もうこんな時間なのに……」
「ああ。
なんか、今日はバタバタしていて、食うの忘れてたわ」
「……わかりました」
「あ」
「まだなにか?」
「簡単な、片手で食べられるような料理を持ってくるように」
「……今日もまた、書類仕事をしながら食べるわけですか?
お行儀が悪いですよ」
「ごめん。ちょっと、時間が惜しい」
「謝られましても……。
はぁ。
では、片手で食べられる食べ物、ですね?」
「うん。
軽いものでいいから、お願い」
カリカリカリカリカリ……。
「シナクさん、お食事をお持ちしましたが……どこに、置きましょう?」
「あ、どうも。
ええっと……そーだな……」
「こちらの書類、もう出来ているんですか?
でしたら、引き取りますけど……」
「ああ、お願いします。
そんでもって、この山を、いったんどかして……」
「この未分類の書類も、いったん向こうに持っていきますね」
「あ、どうも。
さて、これでなんとか場所が出来たかな……」
「では、ここに置きます」
「ありがとう」
「書類整理にかかる前に、この机の上、もう少し整理してもいいですか?
少し埃がたつかもしれませんけど……」
「あ、ああ。
そうだな。その方が、いいのか……。
お願いします。埃は、別に気にしなくてもいい」
「お食事中にすいませんね」
「いえいえ。
もとはといえば、おれが書類をため込んだせいですし……」
ぱらぱらぱら。
「……模擬戦の相手をしたとき、事務員さんたちに思い当たったことを口述筆記させておいてよかった……。
流石にこの人数になってくると、一人一人の顔と名前をおぼえきれないもんな。多少、面識がある冒険者たちはともかく、元魔王軍の人たちとかになるとお手上げだ。
こうして資料をみても、名前と顔が一致しないし……。
おれあその場でしゃべったことをナビズ族がおぼえて、それを事務員さんが筆記する。
そういう連携がないとこの人数は、流石に面倒見切れないわ。
やつらもこれから、百名の研修生を一人前に仕上げればならないわけだが……事務方との連携をうまくとれるかどうかも、意外に大きな要因になってくるかもなあ。
そんなこと心配するまでもなく、しばらく実地に一緒に仕事をやっていけば、自然とうまいやり方を学ぶか。
習うよりも慣れろというしな」
カリカリカリカリカリ……。
「これ、出来た分ですか?」
「ん。そう」
「持って行きます」
「お願い」
「これ、人別に整理した書類になります」
「ありがと。
そこにでも積み上げておいて。
すぐに使うから」
「ここに置きます」
どさどさどさ。
「食器、下げてもよろしいでしょうか?」
「あ。お願いできる?」
「はい」
カリカリカリカリカリ……。
「あ、そうだ。
忘れるところだった。
おーい、ナビズ族」
(なにかなー)
「ククリルに伝言。
今日でも明日でもいいから、時間が取れるときにこっちに来て欲しい、って伝えて。
あまり多くはないけど、謝礼も出せる」
(ククリルから返信ー)(お仕事ですかー?)
「お仕事といえば、お仕事。
自身がない半熟教官を仕上げるだけの簡単なお仕事です。
あいつの特性ならうってつけ、ちょうどいいお仕事だろう」
「あの、シナクさん。
その、ククリルという方は……」
「知らない? 武神の加護という特性持ちの冒険者。
武術関係の師範なら、あいつに任せておけばまず間違いない。
細かいところまで実に的確なアドバイスをくれるはず」




