174.はんのうとたいおう。
迷宮内、臨時修練所。
「ゼグスくんが、大変なことに……か」
「いいのか、行かなくても?」
「行っても、なにも出来ないでしょう。
この手のことは、人数がいればいいってわけでもないし……。
なにより、本人の問題です」
「思ったよりも冷たいの」
「行って、なんらかの助けになれることならいいんですけどね。
こいつばかりは……。
そもそも、能力と気質的な向き不向きは別問題なわけですし……。
ま、あっちはティリ様がついているそうですから、間違いはないでしょう。
ティリ様なら、ケアというかフォローというか……なんにせよ、おれなんかよりもよっぽどうまくやってくれるはずです。
それよりもおれは、これからいよいよ修練を介した半熟教官どもを視察しにいってくるつもりですが……。
いや、ともかくはじめの方は、従来の教本に沿って教えていくだけなので、そんなに間違いはないと思いますけど……」
迷宮内、試射場予定地。
「少しは落ち着きましたか?
おなか減っていないですか?
お鍋ごと石窯にいれていた煮込みが、ちょうどいい具合に味が染みている頃合いですけど……」
「すまんな。世話になる」
「いえいいえ。
もともと、ここの目玉料理にするために試作していたところで、お仕事をたくさんしてきた後ですし、試食会としてちょうどいいかと」
「ほれ、ゼグスよ。
今はなにもいわずとも構わぬが、とりあえずは食え」
(ギルドのギリスがこっちに来るよー)
「……ギリスが、直々に、か?」
(詳しい事情を聞きたいってー)(ここにはドラゴニュートのギダルもいるからー)
「おれか?」
「ふふん。
今回の件の、唯一の目撃者らしいからな、おぬしは」
「はなすのは、別に構わぬのだが……その、煮込みというのか? それをおれにも分けてくれぬか?」
「ギダル、おぬし……ヒト族と同じものを食らうのか?」
「食えぬ事はないな。熱量が希薄なので、滅多には食わぬが」
「熱量?」
「ドラゴニュートは生存し続けるだけでも膨大なエネルギーを必要とするのだ。この体を維持するためには、通常の生物のように、食べる、という行為だけに頼るのは効率が悪い」
「……食べずに、生きるための糧を体内に取り込む方法が、あるのか?」
「われら、ドラゴニュートをはじめとするドラゴンの眷属にはな。
具体的にいうと……あー……ヒト族の言葉の中に該当する言葉でいうなら……存在そのものを、まとめて取り込む」
「……存在そのものを?」
「この食べる、という行為は、食物を体内で分解して再構成する。その課程でどうしたって廃棄する分が出るし、熱量の摂取法としては効率が悪い。第一、物質しか自分のものには出来ない」
「物質以外に、なにを体内に取り込むというのか?」
「色々あるであろう。
例えば……ああ、そうそう、ヒト族の言葉では、こういえばいいのか。
霊体とか精神とか、経験とか情報とか意味とか……そういう、無形のモノまで含んで、取り込む事が出来る。
生物だろうが無生物だろうが、有機物も無機物も、そいつが今そこに在る、そうなった来歴や由来まで含めて自分のものとする。
逆にいうなら、そこまでしゃぶり尽くさなければ、ドラゴンの眷属は、その強靱な肉体を維持することが出来ない」
「……どうやらおのれらは、こちらでいう生物の範疇には収まらない種族のようじゃの」
「で、あろうなあ。
こうして言葉こそ通じ合おうが……根本的な部分でわれらはおぬしらと異なる存在なのであろう」
しゅん。
「失礼します」
「おお、来たか。ギリスよ」
「ええ。
ゼグスさんは……」
「まだ、煮込みに口もつけていない、か。
この通りの有様じゃ。しばらくはまともな問答も出来ぬと思うが……」
「あ、はい。
では、まずギダルさんに、今回の件につてのあらましを……」
「おお、いいぞ。
あれは……」
迷宮内、某所。
「準大量発生案件が収束したのはいいが……なんか、妙なことになっているようだな」
「ゼグスくんのことぉ?
ティリ様たちがなんとかしようとしているのなら、そっちに任せていればいいのよぉ。
こっちはこっちで、大変なんだからぁ」
「確かに。
これで、ええっと……」
「四十八体目。
準大量発生案件なんかなくとも、迷宮は大忙しだしぃ。
それでもこれからは、これが常態になるのかしらぁ。
これから冒険者も何万人か、増えていくんでしょうけど……それでも、この溢れかえるモンスターの群れを、討伐しきれるものかしらねぇ」
「やりきれなくちゃあ、外の、おれたちの世界がむざむざと食い合わされるだけだろう」
「それがわかっているんならぁ、つべこべいわずにお仕事に励みなさいなぁ。
ほら、またオラスくんが新しい獲物を見つけたみたいだしぃ……。
他の人の心配をする前に……」
「目の前のお仕事、ね。
へいへい」
迷宮内、増設修練所。
「……身体能力測定からやり直しているのか?」
「前に、ギルド職員が一通り測定しているというはなしだったが、念のためにな。
こっちも賞金がかかっているし、これから鍛えなけりゃならない連中の真価は把握しておきたい。
どちらかというと、おれたちがやつらの顔と名前と、それに大ざっぱな能力をおぼえるためにやっているようなもんだ」
「なるほどな。
それくらいの慎重さはあった方がいいか……」
「ギルドの方で同じ言語を話す人間でグループ分けし、その中から選抜して送り込んできたそうだから、言葉に関しても今のところは問題ない。
やつらの中でも要領がいいのはこちらの言葉をおぼえはじめているしな。
それに、細かい部分はナビズ族が通訳してくれる。
やつら、思っていたよりもずっと便利だな」
「そう思ったのなら、なんか食い物でも差し入れてやれ。
やつらにはそれが一番の報酬のようだ」
「そうさな。もう少ししたら春物の野菜とか果物が出回りはじめるから、そいつでも買い込んでやるか。
で、この後は測定の結果に応じて何段階かにわけ、それぞれに必要な修練をさせる予定になっている。
このあたりは、修練所で行われている既存の方法をなぞる感じになるが……」
「そんなところで独自性を主張してもいいことなんかひとつもないしな」
「おうよ。
だからまあ、一度に百人といっても、一人が面倒を見るのはせいぜいその何文の一になる。それだって数十名になるから、大変っていえば大変ではあるのだが……同じようなレベルにある数十名と、玉石混合の数十名を相手にするのとでは、大変さが違ってくる。
しばらく様子をみて飲み込みが早いやつがでるようなら、気軽に高いレベルの組に移籍もさせる。
それでまあ、うまく仕上がったやつからどんどん放免させていく……という方法を、考えている」
「ま、順当といえば順当だな。
そのまま無理をせず、気長にやってみろや」
「おうよ。
おれたちのパーティが真っ先に報奨金をせしめてやるぜ」
「どうであった?」
「ああ。
先発組は、どこも似たり寄ったりの方針のようで……」
「無駄に凝ってもしかたがないからな、この手の仕事は」
「特に基礎段階だと、結局は反復作業を強いる事が多いですからね。
机上の計画よりも、研修を受けるやつらの志気をうまく長く保つコツをつかんだ組が有利になると思いますが……」
「先発組の様子を見てあせりはじめる組もあれば、今になっても長々とミーティングを行って、一向に研修生を受け入れる気配がない組もあるな」
「今回の場合、案外、拙速よりも遅効のが有利かも知れませんよ。
生きている人間が相手の場合、型にはまった方法に頼るよりは、相手の状態に応じて柔軟な対応をする方がいい結果を出しそうだし……」
「先発組は、駄目と思うか?」
「駄目とまではいいませんが……少々、頭が固くて仲間内での話し合いが足りないかな、と……。
やつら、途中で仲間割れとかしなければいいけどな」