173.さわぎのあと。
……わが卵管より出る眷属を大きく損ない、もはや次代を遺す望みも絶たれた無念、口惜しさを理解できるか? 想像できぬか?
所詮、共存などというのは強者が語る空言よ。
もてる力をすべて注ぎ込み準備した分封を台無しにされ、自らの寿命を待つだけとなったこの我の絶望を推しはれるか?
言葉が通じたからどうだというのだ。こちらの都合を想像もせぬままわが眷属をいいように鏖殺した者と意志を通じ合ったとしても、なんの意味がある。
こうして、恨み言、繰り言を交換するのが関の山ではないか。
『適当なところで和睦……は、出来ないということだな?』
……くどい!
『ならば……せめて、お前の眷属とやらで相手をしてやろう。
いでよ、巨大芋虫! 小人虫の軍勢! 熱線虫! 雷撃虫! 氷結虫! 銃撃虫! 爆弾虫! 雲のごとき羽虫の群! 巨人虫!』
……それは……わが、眷属……。
『ああ。
大好きな眷属とやらに、引導を渡してもらえ!』
迷宮内、管制所。
(ゼグスー)(みつけたー)
「ようやくですか。
それで……無事、だったんでしょうか?」
(無事ー)(でも、泣いてたー)
「……泣いてた?」
(見つけたときー)(周りは炎に包まれててー)(ゼグスとドラゴニュートだけが立っていたー)(ゼグスは、立ったままー)(炎を見つめて涙を流していたー)
迷宮内、少学舎。
「……これは……すべて、誠か?」
(まことー)(本当ー)
「この情報に間違いがないとすると……。
ふむ。
単独でのモンスター討伐数において、過去最高の記録となるな。
最終的な集計結果次第では、ともすれば、ぼっち王の非公式記録を抜いているかも知れぬ。
当然、その賞金額もかなり多額のものとなろう。
……記事の用意は!」
「今、書いてます!」
「せいぜい派手に煽り立てよ!
発行部数も、当初の倍……いや、五倍以上を用意せよ!
新たな賞金王の誕生だ!
発行初日にこれだけの特ダネが揃うとは、新聞事業の幸先はよさそうだぞ!」
「これも、無料で配布するんですか?」
「馬鹿者!
こんな、誰もが興味を持ち買い求める記事をタダで配るつもりか!
そうさな、予定価格の半値で売りさばけ!
それでも売れる。
売れすぎるほどに、売れる!」
迷宮内、某所。
「……ゼグスよ」
『ティリ……様』
「ふふん。
らしくもない。
おぬしもそもそも、あまり自分の内面を外には出さぬ性質であったろうに……」
『おれは……おれは……』
「もういい。なにもいうな。
詳しいことは……そうさな。
邪魔が入らないところで、ゆっくりと聞くことにしよう。
ギルドへの報告は……わらわからはなしを通して、少し待ってくれるように頼んでみる。
なに、これだけ働いた後だ。今日一日休んでも構わぬであろう。
まずは……静かなところにいって、休もう」
迷宮前広場。
しゅん。しゅん。しゅん。しゅん。
「……続々と、帰ってくるな」
「ああ。
今回の騒ぎも、これで収まったようだ」
「後始末も大変そうだけどな」
「いつものことさ。
待機していた修練所の連中がかり出されるんだろうよ」
「今回は……いつもの大量発生よりも規模が小さかったこともあって、短時間で収束。
ロストどころか怪我人らしい怪我人も出ていない」
「ゼリュッシュと吸血鬼がだいぶ、暴れたらしいな」
「例の新聞ってやつか? 確かに前半ではそいつらが主力だったようだが、それ以上に後半、たった一人でモンスターを制圧したやつがいたそうだ」
「……たった一人で?
そいつ、魔法使いか?」
「詳しいことは聞いてないが、この間までなんでも魔王軍の兵士だったとか……」
「マジかよ。
あいつら、まだ教練もはじめてないってはなしじゃ……」
「例外がいたんだろ。即戦力になるって判断すれば、ギルドだっていいように使うさ」
「ああ!
誰か、もっと詳しい事情を知っているやつはいないか!」
「ナビズ族に聞けよ。
ギルドに口止めされてなけりゃあ、なにかしゃべってくれるだろうさ」
「その新人をパーティに誘うつもりか?
やめとけ。
そいつはもう、あのぼっち王のパーティに入っている」
「本当か?」
「ああ、本当だ。
やつは灰色の髪をして、右手にだけ銀色の籠手をはめているから目立つんだ」
「……人の多いところ……ですよね。
でも……この騒ぎはなんなんでしょう?
一気に人が増えましたが……」
「そこおおねーちゃん、知らないのかい?
詳しいことはこの号外を読みなよ!
大量動員がかかったこの騒ぎが終わって、迷宮に入っていた人たちがいっぺんに帰ってきたんだ!」
「号外……ですか。
迷宮日報? ……準大量発生案件……。
いまひとつ、ピンと来ませんが……冒険者のみなさんも、お仕事が大変だったようですね。
あら? あれは……ティリ様?」
「ああ、猫耳か。
悪いが今は、おぬしの相手をしている余裕がない」
「それはいいですけど……そこにいるのは、ゼグスさんですか?」
「ああ、これからこいつのフォローをしなければならなくてな」
「彼……どうしたんですか?」
「病気だ」
「病気?」
「心の方のな。
強いて名づけるならば、厭戦病。
実戦経験が浅い新兵がかかりやすい病だ」
ギルド本部。
「ゼグスさんが大活躍。しかし、その反動で精神的にダメージを受けた模様……ですか?」
(直接見たわけではないけどー)(ティリ様が、そう判断ー)
「なら、ほぼ間違いはないかと。
しかし……その、ゼグスさんの戦果がすべて本当だとすると……」
(目撃者、ドラゴニュートのギダルー)(ゼグスの特殊能力についても教えてくれたよー)
「遭遇したモンスターの特性戦闘能力を複製して使役できるユニークスキル……魔王の権能、とかいいましたか。
確かに便利で強力なユニークスキルですが、それだけに、安易に外で使用すると大変なことになりそうな……。
元魔王軍兵士というゼウグさんの出自も含めて考え合わせると、扱いが難しいことになりそうな案件です。
……あとで色々な方に意見を聞いてから、ギルドの方針も決定することにしましょう。
それで、そのゼグスさんは、今……」
(ティリ様に連れられてー)(試射場にー)
迷宮内、試射場予定地。
「はい、どうぞ」
「すまぬな」
「いえいえ。
こういうときは、暖かい飲み物でも口にして、気を落ち着けないと……」
「心の前に体をほぐすか。
順当な手当ではあるな」
「というか……なんでおぬしまでここにおるのだ、デカブツよ」
「なんでとは、扱いが酷いな。
これでもおれは、今回の一件を最初から最後まで目撃していた、唯一の知性体だぞ」
「なにが起こったなぞ、ゼグスが魔王の権能を濫用して今回の一件を収めた。
その一行で説明が足りる。
今切実に知りたいのは、なぜゼグスがここまで落ち込んでいるのかということだ」
「いや……それは、皆目わからぬが……」
「肝心なところで、役立たずが」
「……お前、態度がデカくないか?」
「ふふん。
わらわは帝国皇女なるぞ。よその世界の者にはわからぬであろうが、こちらの世界では随一の県政を誇る家柄じゃ。
実際に偉い血族の者が偉そうな態度をしてなにが悪い」
「いや……そういう問題でもないと思うのだが……」
「とにかく……おぬしはゼグスと巣の会話を聞き取ることができなかった。それは確かなのであろう」
「ああ……確かに。
この小僧は、なにやらわめいて対話をしていたようだが……向こうの声は、おれの耳には途中からとんと聞こえなんだ」
「……やはり、役立たずじゃな」