33.ていこくかんりはしょたいめんでこんらんする。
「鉱山は基本、性別年齢に関係なく、働きたい者は誰でも働ける場所だったからなあ。むしろ、体が小さい女子どもは狭いところまで入り込めるので、それなりに重用される。それでいて、危険手当込みで大人と同じだけの賃金が支払われるんで、そういうのもあってこの町は人が集まってかなり栄えていたわけだ。
わはははははは」
「そんなもんか」
「そんなもん、と簡単にはいうがな。鉱山の危険は落盤や窒息死みたいな目に見えやすいものばかりでもない。粉塵や有毒ガスなどの被害も長期的に蓄積していくはずで……そのあたりも考慮した上での社会保障などの概念は、さすがにまだできてはいないのだろうな」
「しゃ……しゃかい、ほしょう……ってのは、なんだ?」
「いや、いい。忘れてくれ。今ここで説明しても理解されるとも思わん。
ひとつ質問させて貰うが、長いこと鉱山で働いていた人たちに共通する職業病、みたいなのは見受けられなかっただろうか?」
「大昔はそうでもなかったが、閉山する前の十年ぐらいから鉱山病というのが流行ったな。もともと鉱夫というのは長生きをしないもんだが、この鉱山病は精製に関わっている人間がよくかかったから、ちょうどその頃から使うようになった水銀が原因ではないかといわれている」
「アマルガム法か。まさしく、その水銀が原因だと思われるな。あれは中毒になると肝臓と神経系に悪影響を与える」
「とかいうはなしも、今は昔だ。今となっては山が枯れて鉱山は閉鎖されているし、鉱夫たちもそれぞれ別の土地に移ったり別の職に就いたりしている。
この土地に残っていたやつらの大半は今でも迷宮で人夫として働いているわけだが、おれたち冒険者はやつらが負わなくてはならない危険をいくばかりか肩代わりして、その分の報酬を得ている。
やつらにとっても、当時と今、どちらの方がよいのかは、正直、よくわからん」
「さっきのダウドロ一家のように冒険者として働いているのもいるが、ああいうのは少数派だな。迷宮のお助け人夫は、冒険者ほどとはいかないまでも、周囲の平均から考えればあれでなかなかの高給取りだ。冒険者は歩合制だから日によって当たり外れがあるし、なにより常にロストする危険と隣り合わせになっている。
安全確実に稼げる手段があるのにも関わらず、あえてリスクをとって冒険者を選ぶのは身の程知らずの馬鹿かなにか理由があって金を必要としている者だけ」
「あの一家も、そのような理由があるというのか?」
「知らんよ。そんな事情をわざわざ聞く気もないし。
たいがいに、冒険者になろうなんてのは無謀な馬鹿かなんらかの訳ありだ。当の本人が自分ではなしたがっているっていうんならともかく、周囲の人間がわざわざ詮索するのも無粋ってもんだ」
「わははははは。
シナクのいうとおりだな。他人の事情に首を突っ込みたがる冒険者は、たいがいが長生きしない」
「基本、冒険者同士ってあまり仲良くないんだよ。仕事によってはいつ敵同士になるかわからないし」
「その割には……お前さん、たとえばあの酒場の常連たちとかとは、ずいぶんと仲が良さそうじゃないか」
「そりゃ、仲は悪くはないんだろうけど……。
やつらのことだって、おれ、わざわざ詮索とかしたことはないぞ。やつらのこと、せいぜい、噂話ていどのことしか知らないし。現にこのバッカスの嫁さんが剣聖様だってのも、いわれるまで気づかなかったわけで。
で、どうする。このあとは。
せっかくここまで来たんだから、迷宮の中まではいってみるか?」
「シナクくん!」
「……なんだ、レニーか。
今、王都から帰ったところか?」
「ええ。王都の魔法使いに転移魔法で送ってもらったところです。
それよりも、ちょうどいいところで会いました。これから迷宮に入るのでしたら、この方もご一緒に同伴させては貰えませんでしょうか?
もちろん、ぼくも同道します」
「お初にお目にかかります。見目麗しいお嬢さん」
「……手の甲に接吻されたのは、生まれて初めてだな。
おい、レニー! この気障ったらしいあんちゃんはいったい誰なんだ!」
「ええっと……この方は、ですね……。
その……帝国折衝官であらせられる、レキハナ・ルリラシス様です。
この迷宮で発見された人型知性体との接触工作のため、この地に赴任されたところです。他のスタッフの方も何人か来る予定ですが、ぼくに便乗する形で一足先に様子見に来られたわけで……。
それに、シナクくん。
きみがその格好をしている以上、女性だと思われても不可抗力ではないのかと思うわけですが……」
「ああ。この人が、いつだったかいっていた、帝国から派遣されるとかいうお偉いさんかぁ!
ええっと、おれは、ケチな冒険者のシナクってもんです」
「……冒険者の、シナクさん……。
書類でみた、人型知性体の発見者と同名の方ですな」
「いや、だから、それ、おれ本人」
「…………冒険者としての能力と性癖とは別ですからねえ。うん。わかってます。わかっておりますとも。これでもわたしはその手のことには理解がある方で……」
「シナクくん、シナクくん。
メイド服なんて着ているからすっかり混乱しているじゃあないですか。なんとか落ち着かせてください」
「おれだって、好きでこんな格好しているんじゃねーっての」
「なんでもいいですから、とにかく彼を落ち着かせてください」
「わかったよ。もー、面倒くせえなあ……」
「ええっと、帝国のお役人様、レキハル様、とおっしゃいましたっけ? 今日はいわば座興でこのような戯けた格好をしておりますが、おれの性癖はきわめてノーマルなんでございます。その手の心配はご無用に願います」
「そ……そうなのですか?
それはそれで少々残念な気もしますが……」
「……え?」
「……え?」
「深く詮索するとさらにややこしいことになりそうなので軽く聞き流すことにします。
おれがこんな格好している理由というのは、ここにいる冒険者仲間のバッカスの嫁さん、かの有名な剣聖様が酔狂に任せて直々にこの服を着用せよお命じなられたおかげなわけです。
絶対に、おれ個人の趣味なんかではございいませんので、どうか誤解のないように……」
「剣聖様!
ああ、どこかで聞き覚えのある地名だとは思いましたが、そうか、こちらには当代の剣聖様が居を構えていらっしゃるのでしたね!
そしてこちらが冒険者のバッカス様! あの、剣聖様の生ける楯でいらっしゃる!
なるほど、当代の剣聖様はその手の座興をことのほかお好みなられると聞いています。そういうことでしたか!」
「……なんか、複雑な気持ちになる納得のされ方だ。
なあなあ、レニー。
ひょっとして、バッカスって、そこそこ有名だったりする?」
「剣聖様ご本人ほどではありませんが、そこそこには」
「へー。まあいっか。
ということで、得心がいったところでお役人様、この後はいかがいたしましょう。
とはいえ本日はこのような格好でありますゆえ、あまり深い部分にまでいけないものの、比較的安全な地帯までならば迷宮の中もご案内できますが……」
「そうですね。本格的な調査はどのみち後日になりますから……今日のところは、迷宮内の雰囲気をざっと掴む程度の散策にとどめておきましょう」